10-3.好きにならないはず、ないじゃないですか



 顔を上げた先にあったのはスマホを差し出す結衣だ。



「私、伏見くんの番号知ってるかねー」



「......知ってますけど、なんかちょっと悔しいです」



 反射的に癖で頬をふくらませてしまうと、意地悪そうに目を細めた結衣がポケットにスマホを仕舞ってしまう。



「そんな顔する子には貸してあげないよー」



「ああっすいません! 電話させて下さい!」



 再び差し出してくれた結衣からスマホを受け取り、ディスプレイの電話マークを押して耳に当てる。


 聞き慣れたアプリの呼出音のはずなのに、心臓がバクバクと音を立てて今にも飛び出しそうになって辛い。


 出てくれたら何を話そう。


 元気? ごめんね? 怒ってる? あの時はびっくりさせたよね。私の事、変なやつだと思ったよね......


 様々なワードがぐるぐる頭を廻るが、どれもしっくり来ない。


 そうこう悩んでいる内に呼出音が鳴り止んだ。



『もしもし。会長?』


 

 ずっと聞きたかった彼の声が胸を熱くする。


 あれからまだ数日しか経っていないのに、長い間聞いていなかった気がして、スマホ越しに聞こえた大好きな人の声にまた涙が溢れてしまう。


 自分自身、本当にダメダメだと思う。


 私は彼が、伏見正臣が本当に大好きだ。



『おーい。なんかありましたか?』



「正臣くん......」



『......美姫か?』



「はい」



『あの後、大丈夫だったか? 家の人とかに怒られなかったか?』



「はい」



『そっか。ならよかった。なんかオレのせいで連れ戻されたみたいだったから、その......なんていうか、心配でさ』



「......はい」



『ごめんな、オレのせいで迷惑かけちゃって』



「そんな事、ないです」



『......本当はこうやってオレと電話するのもよくないんだろ? 普通に考えて、これ以上お前とは関わらない方がいいんだよな』



「え......」



 心臓が嫌な跳ね方をした。


 スピーカーから聞こえた正臣の声が身体を小刻みに震わせる。



『やっぱり、そうなんだろ?』



「そんなこと......ないですよ」



 絞り出た声が震える。これ以上先の言葉は聞きたくなかった。


 耳に当てていたスマホを下ろして、通話終了ボタンに指を伸ばす。


 早く、消さないと。


 さよなら。


 その言葉を正臣の口からその聞いてしまったら、もう二度と彼と会えなくなってしまう。



『でもさ』



 微かに聞こえた正臣の声に伸ばしていた指が止まる。



『......ごめん。完全にオレのワガママなんだけど、それでもお前と会って話がしたい。......ダメ、かな?』



 ダメだ。


 一度溢れてしまったせいか、涙腺が緩すぎて涙が溢れるのを抑えられない。


 でもこの涙はさっきまでとは別物だ。


 自分でもびっくりするくらい強張こわばっていた顔がまるで氷が溶けたみたいに緩んで、胸が温かくなっていく。


 正臣が会ってくれる。また会いたいと言ってくれる。


 ただただそれが嬉しくて、涙でぐしゃぐしゃになった顔を拭って咳払いする。

 


『あれ? おーい。無視はやめてくれ。さすがに恥ずかしいんだが』



 お願い。いつもみたいに声、出て。



「えー。どうしましょうね。そんなに私に会いたくて仕方ないんですか?」



『は、はあっ!?』



 慌てる正臣が可笑しくて思わず頬が弛む。


 スマホの向こうできっと照れているんだろう、正臣の顔が頭に浮かんだ。



『まあよかったよ、元気そうで。最初声聞いた時心配だったけど』



「全然元気ですよ。ちょっと閉じ込められちゃって不便ですけど。結衣さんも来てくれてますから」



『そうか』



「きっとしばらくすれば、ほとぼりも冷めてまた会えると思います」



 夏が明ける頃には、と自分でつぶやいて少しだけ寂しくなるが、それでもいいと美姫は思う。


 ちょっと期間は空いても、また正臣に会えるならそれでもいい。


 だが、スマホの向こうの正臣は低い声でうなっている。



『そんなに待たなきゃダメが?』








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