10-1.好きにならないはず、ないじゃないですか





「先日は大変失礼しました」



 早乙女家。美姫の自室。


 紅緒に連れられ、訪ねてきてくれた結衣に美姫は深々と頭を下げた。



「私のせいで二日目の地引網のボランティア、参加できなかったんですよね?」



 生徒会の毎年恒例イベントである海のボランティア。


 それを完遂できなかった事がずっと引っかかっていた。



「いいのいいの! そんな気にしないで。なんか結構、地元の人集まったみたいで人手足りてたみたいだから」



 笑って手を振ってくれる結衣の明るさに、あの日以降、屋敷から一歩も出れず塞ぎ込んで重くなっていた心が少しだけ軽くなる。



「あ、すいません。立ち話させてしまって」



「ううん。じゃあ、お邪魔するわね」



 こちらに、と部屋の真ん中あたりにあるテーブルの椅子を引いて結衣を部屋に招くと、結衣はここまで連れった紅緒に軽く会釈して部屋の扉を閉めて椅子に腰掛ける。



「......しっかし、凄い警備ね。ここまで来るのにかなりの数のSPさんとすれ違ったんだけど」



「......はい。お恥ずかしい話、一度脱走しようとしてバレてしまいまして」



「ありゃま。それでこんな厳戒態勢なのか」



 納得だわー、と結衣がおどけたように肩をすくめてみせたので、合わせて美姫もため息をつく。


 居ても立っても居られなかった。

 

 別れ際、正臣が向けた不安げな表情がずっと頭から離れなかったから。



(正臣くん、私のこと嫌いになってないよね......)



 正臣は庶民の生まれだ。


 同じ環境に生まれた結衣なら理解してくれると思うが、突然大勢で家の人が押しかけ、連行するように連れ去られる光景はきっと異常に映ったと思う。


 変な家だと思われてないかな。もしかして、嫌われちゃったのではないだろうか。


 何もしていないと正臣の事で頭がぐるぐるしてしまい、胸が苦しくなってしまう。



(会いたい......)



 会って話がしたい。

 

 大丈夫です。心配ないですよ。ちょっとしたらまた前みたいに会えますから。


 今すぐにでもそう伝えて、脳裏にこべりついている正臣の不安な表情を消し去りたい。

 

 そんなことを考えていた所で、美姫を見つめてニヤニヤする結衣に気がついた。



「それで、なんで脱走しようとしたのかな?」



「えっ、や、それはその......」



 正臣くんに、会いたくて。


 なんて恥ずかしくて言えない美姫は、ニンマリと笑う結衣の顔から逃れるようにうつむかせるのだが、どうやら逃がすつもりはないようで、例の肘ぐりぐり攻撃を美姫の脇腹に決めてくる。



「うりうり〜、今更お姉さんに隠すなよ〜。どうせあれだろ? 愛しの伏見くんのためだろ〜?」

 


「い、愛し!? べべべ、別にそんなんじゃありませんっ!」

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