9-3.早乙女さんのことは、諦めた方がいいんじゃないかな




「正臣にそんな顔させるんだもんなぁ......」



 震える嗚咽混じりの声。歪む表情。


 胸が苦しい。本当は彼女から目を逸らしてしまいたい。


 だが、それは出来ない。


 こんな表情をさせた原因が自分にあるとわかっているから。


 彼女の揺れる瞳を真っ直ぐ見つめて言葉を待つ。



「ねぇ、あたしのこともちゃんと見てよ......」



 倒れかかってきた凛子。彼女の肩を両手で受け止める。


 小刻みに震える身体が正臣の心をチクリとさせる。


 白壁凛子。初恋の相手。

 

 小さい頃からずっと好きだった。


 もしあの日の文化祭でボタンの掛け違えみたいやすれ違いがなかったら......なんて考えが一瞬頭をよぎって、首を横に振って彼女の身体を自分から遠退ける。



「ごめん......」



「......謝るな、バカ。あー......」



 涙でグジャグジャになった顔を凛子が乱暴に両手でぬぐう。



「早乙女さんのこと、本気なんだね?」



「ああ」



「......わかった。......よーし、そうとなれば徹底的にやってやる! こちとら庶民! 失うものなんて何もないもん!」



 両手で自分の頬を張った凛子。そこにはもう先ほどまであった悲痛な表情は微塵みじんも残っていない。


 いつもの自信と気の強さを感じさせる少し釣り上がった瞳に正臣の口元が綻ぶ。



「会おう! 早乙女さんに! そんで伝えなよ! 正臣の気持ち!」



「......へ?」



 拳を突きつける凛子に正臣の身体が硬直する。


 しばらくして、凛子の目がスッと細められた。



「何よ、へって?」



「い、いや......そこまでは、まだ考えてないっていうか......」



「ヘタレ」



「う、うっせ!」



「二人ともー! 何やってんの!?」



 背後のリビングとベランダを繋ぐ窓が開いて結衣の声が背中越しに届いたので振り返る。



「ふっふっふー」



 自信満々という言葉がそっくり似合う表情で目を閉じて腕を組んでいた結衣の目が見開かれる。



「準備は全て整ったわ! 二人とも、すぐに作戦会議よ!」

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