8-2.早乙女財閥




「これは、まずいことになったわ......」



 その後別荘のリビングに戻った結衣と凛子、そして正臣はソファに座って膝を突き合わせていた。


 あれから何度か結衣から美姫に連絡してもらったのだが、全くの音信不通。


 いつになく真剣な面持おももちの結衣が正臣に視線を向ける。



「伏見くんは美姫ちゃんの家のこと、どれだけ知ってる?」



「早乙女財閥ですよね?」



 財閥。平たく言えば金持ち一族が多角経営する企業グループの事だ。


 そういった一般知識はあるものの、美姫の家について調べたことはないし、正直興味はない。



「すいません、実は全然知らなくて......」



「はあっ!? 嘘でしょ!?」



 答えた正臣に反応したのは結衣ではなく凛子だ。



「相変わらず視野が狭いっていうか、人に興味が無いっていうか......」



 大きなため息をついた凛子は、「まあ正臣らしいっちゃ、らしいけど」と声をこぼしながらスマホを操作すると、それを正臣に渡した。


 表示された画面には、CMや新聞なんかで一度は見たり聞いたりしたことのある、名だたる有名企業の名前がつらなっていた。



「これ全部早乙女グループね。あの人はこれらの有名企業を全て束ねる総帥そうすいの娘。まあ、平たく言えば超絶お嬢様ってことね」



「なんとなくすげぇお嬢様なんだろうなとは思ってたけど、これほどとはな......」



 正直、予想のはるか斜め上を行き過ぎていて、なんて言ったらいいかわからない。


 そんな正臣の方に視線を向けた結衣が、小さく息をついて肩をすくめた。



「まあ、早乙女の前には九条院の名もかすむからねー。桜花学院には名だたる名家の子どもが通ってるけど、間違いなく美姫ちゃんのおうちが最高峰だと思う」



「つまりあんたがよく話してる人は、世が世なら私達庶民じゃ顔すらおがめないような人だってこと」



「なるほどな。じゃああの目つきのきっつい付き人さんに、あんなこと言われても仕方ないってことか」



紅緒べにおさんねー」



「会長はあの人のこと知ってるんですか?」



「もちろん。小さい頃からずっと美姫ちゃんのお世話係してきた人だもん。幼馴染の私にとってもお姉ちゃんって感じよ」



「てか、会長と美姫って幼馴染なんですか?」



「まあ、似たような境遇きょうぐうで近い年の同性だからねー。そうなると、パーティーとかで親達に無理やり引き合わされて、仲良くさせれるものなよ」



 そんなことより、と人差し指をピシッと立てた結衣がずいっと顔を近づけてくる。



「紅緒さんは、早乙女ラブだからね。早乙女家の発展に障害とみなしたものには容赦ないわよ」



 庶民のお前がお嬢様に近づくな。


 はっきりと感じた、あの敵意をき出しにした鋭い視線。


 だけどそれ以上に、正臣の心をざわつかせたのは去り際に見せた美姫の表情。


 今にも泣き出しそうな無理やりに作ったあの笑顔。


 脳裏にこべりついたあの顔が、正臣の胸を苦しめる。


 会って話がしたい。いつもみたいに笑って欲しい。不安を拭い去ってあげたい。


 美姫を想っただけで、そんな気持ちがどんどん湧き上がってきて、正臣は思わず笑ってしまう。



「え? どうしたの?」



 正臣壊れた? といぶかしむ様な視線を向ける凛子に「なんでもない」と答えて首を左右に振る。


 改めて美姫のことを好きになってしまったんだなと思い知る。


 いなくなっただけで、こんなに狼狽うろたえるなんて思いもしなかった。


 この気持ちが美姫に伝わってしまったら、あいつはどう思うんだろう。


 鼻で笑われるかな。バカにされるかな。ひょっとして照れて顔を赤くしたりするのかな。


 この気持ちの行方ゆくえがどうなるかはわからない。


 だけどこうやって考えてる間、美姫に会いたいという気持ちが途絶えることはなかった。


 ならば、やる事は一つだ。



「会長、どうしたら美姫に会えますか?」



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