7-2.恋を、しているんだと思う




 忘れもしない。高校一年生、秋のこと。


 ひょんな事がきっかけで正臣は美姫と話すことになった時のことを思い出す。



「今改めて思い返してみても、流石の私もあの時はテンパってました」



 クスクスと笑って話す美姫は、出会ったあの頃とは大違いだ。


 一匹狼。高嶺の花。


 当時の美姫は一言で言えば、そんな言葉が似合ってしまうくらい周りから浮いていた。


 学力一位、スポーツ万能、さらに浮世うきよ離れした容姿を合わせ持つ彼女は完璧過ぎた。


 感情の起伏がとぼしく、周りと関わるタイプではなかったので、男女問わず近寄りがたいオーラをまとっていたことをよく覚えている。



「体育祭の応援合戦の取りまとめ任せられたんだよな」



 桜花学院体育祭の目玉行事である、一年生から三年生までをごちゃ混ぜにして西軍東軍に分かれて行う応援合戦。


 その取りまとめを行っていたのが、桜花学院で初めて一年生で生徒会役員に抜擢ばってきされた美姫だった。



「はい。上級生の皆さんが好き勝手に意見を言うものですから、中々まとまらなくて困り果てていました。ですが誰にも相談できなくて......そんな時、正臣くんに話しかけられたんです」



 あの時のことは今もはっきりと覚えている。


 偶然忘れ物をして戻った教室で、一人寂しく席に座るひどく悲しげな表現を浮かべる美姫の顔を。


 まるで捨てられた子犬を連想させるような弱ったその表情に、余計なお節介と知りつつ、思わず口が勝手に動いてしまった。


 そしてその直後、ナイフみたいな鋭い視線を向けられた。



「あの時のお前の目つき、今でもよく覚えてるわ」



「それはその......忘れて欲しいです」



 話しているうちにすっかり空に黒の暗幕あんまくが降りきってしまったため、美姫の表情はよく見えないが、声のトーン的に照れているのだろう。


 普段誰とも関わらない謎のクラスメイトから突然話しかけられたら、警戒心をふくんだ視線を向けたくなる気持ちは理解できる。


 それに美姫はただでさえ、男子に言い寄られがちだ。


 弱った姿に付け込んで近づいてきたと思ったのかもしれない。



「不審者だと思ったんだろ?」



「別に正臣くんのこと知らなかった訳ではないです。ずっと同立学年一位で、わずらわしいなと思ってたので」



「あそ。だとしたら、その煩わしさがたっぷりこめられた良い視線だったと思うぞ」



「バカにしてますね?」



 クスリと笑った美姫に吊られて、落ち込んでいた気持ちと一緒に少しだけ口角が上がる。



「なんかあったのかって聞いてくれた正臣くんに、部外者は引っ込んでて下さいって冷たくあしらっちゃいましたよね」



 放っておいてくださいって、とねるような楽しげな声で話す美姫が正臣の方を向く。



「結局そのあと、正臣くんが手伝ってくれる事になって、応援合戦も無事成功。それからですよね、こうやって私たちが話すようになったのは」



 顔を覗き込む様に美姫が顔を近づけてくる。


 感じる熱、触れそうな吐息。


 眼前に迫るエメラルドグリーンの瞳に、正臣の顔が映り込んでいるのが暗がりでもよくわかる。



「ねぇ、正臣くん。あの時初めて私と正臣くんが出会った時、私になんて言ってくれたか、覚えてますか」



 覚えてる。そして別に大した事は言っていない。


 女性恐怖症になって、高校生になり、女子どころか人との関わりを極力絶っていた正臣が辛そうな美姫の顔を見て、思わず言ってしまったあの言葉。



「あの時の言葉、今そっくりそのままお返しします」



 瞬間、漆黒の夜空を切り裂く七色の閃光。響く轟音ごうおん


 打ち上げ花火。

 

 夜空に咲いた虹色の華の光が美姫の横顔を照らし出す。



「そんな顔してるやつ、放っておけるわけないじゃないですか」


 

 水分を多く含んだエメラルドの瞳が揺れている。

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