6-2.過去の真実と凛子の変わらぬ想い





 前美姫が言ったとおり、桜花学院の編入試験は難しいし、一般入学者に厳しいことで定評がある。


 つまり余程の理由がなければ、桜花への編入なんて選ばない。


 ましてや凛子は実家を離れて桜花の近くで一人暮らしまでしている。


 凛子は確実に準備をして桜花学院に編入している。その理由はきっと、正臣に関係している。


 頭ではわかっていたが、あえてその理由には触れず、普通をよそおって接してきた。


 だけどもう、我慢の限界だった。


 凛子が桜花学院に編入した理由。


 それを聞かなければ、この気持ちをしずめられそうにない。


 例え、また傷つくことになろうとも。



「正臣はさ、昔っから頭いい割に視野が狭いんだよね」



「どう言う意味だ?」



 わかんないよね、と呟いて大きなため息をつく凛子に食い気味に正臣は突っかかる。



「人はさ、好きってだけじゃ一緒にはいられないってこと」


 

 言葉の意味を正しく理解できない。だが凛子が無理やりに笑顔を作っていることはわかる。



「文化祭のちょっと前にさ、親が離婚したの」



「え?」



「......やっぱ、全然知らないんだね」



 鼻で笑うあざける様な凛子の声。



「それであたし、お母さんについていく事になったんだけど、九州に転校する事になってさ、あの日正臣の気持ちに答えたかったけど、結局答えられなくて」



 心臓が内側から変にノックする。呼吸が苦しくて、凛子に向けていた視線を砂浜に逃した。



「......ねぇ、顔上げてよ」



 怒ってくれたらどれだけマジか。


 顔を上げた先にあった、辛そうに微笑むその顔が、心を、えぐる。


 被害者だと思っていた。


 傷つき、傷つけられ、目の前の少女を憎んでいた。



「あたしさ、正臣の事好きだったんだよ? ずっと、ずーっと、昔から」


 凛子の足元の乾いた砂浜に、ポツポツと雨が降り注ぐ。


 悲痛に歪めた凛子の表情が正臣に真実を告げる。


 あの日、一番傷ついたのは正臣ではない。


 一緒に居られない正臣への想いをひた隠し、断り、傷つける決断した凛子だったのだ。

 


「あの時、正臣の好きって気持ちに答えられたらどんだけ気持ちが楽だったか......好きなのに断らなきゃいけない気持ち、考えたことある? 好きな人が自分のせいで不登校になって、自分から離れていっちゃう気持ち、わかる? ずっとずーっと一緒だったのに、お別れ出来ずに遠くに転校しなくちゃいけなかったあたしの気持ち、わかる?」



 震える声。大粒の涙が揺れる瞳から止めどなくあふれて砂浜に落ちて消えていく。



「でもさ、やっぱさ、ずっと正臣のことが引っかかってて、諦め切れなくて、お母さんに無理言ってこっちに転校してきたの。あの日実家に行ったのは、父さんの再婚相手に挨拶しに行ったから。離婚して三年も経てば新しい相手も見つかるよね」



 だから、一人暮らしをしていたのか。


 凛子にはそもそも帰る家なんてなかったんだ。


 離婚していた事にも気づかず、通えないのかと平然と聞いていた自分を殴り飛ばしたくなる。



「あーあ。遂に言っちゃった」



 大きく深呼吸した凛子の口からため息みたいな声が漏れる。



「でもこれで、三年越しにやっと気持ち伝えられる......」



 二人の間にあった妙な間を、一歩ずつ凛子が歩み寄って詰めていく。



「あの時はごめんね。酷い事したのはわかってる。別に許してくれなくてもいい。でも、これだけはちゃんと聞いて欲しいの」



 吐息が触れそうな程近づいた凛子が正臣の顔を覗き込む。



「ねぇ、そんな顔しないでよ」



 戯けるような声と表情。



「お願い。笑顔で聞いて欲しいの」



 肩に触れる凛子のてのひらから伝わる優しい温もり。


 応えられているかわからないが、出来うる限りの笑みを作って凛子の瞳を覗き込む。



「......ありがと。あたし、正臣のこと大好き。昔も、今もずっと」



 肩に触れる凛子の手が背中にまわり、彼女に身体を引き寄せられる。


 香るシトラス。全身で感じる凛子の体温。


 だがそれを抱き締め返すことは出来ずに、正臣はただただその場で立ち尽くした。

 

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