5-1.海岸ボランティア




「やって来ました! 海ー!」



 いつもの二割増しのテンションで桜花学院会長、九条院結衣くじょういんゆいが荷物を砂浜に投げ捨てて、一目散で白波の立つ海に向かって駆けていく。


 照りつける日差し、塩の香りを含んだ風が心地いい。



「会長、ここがボランティア会場ですか?」


 

 踏み締めている、辺り一面に広がる白い砂はふわふわで綺麗そのもの。


 というか、ゴミどころかこのビーチには正臣達以外人っ子ひとり見当たらない。


 あるのは背後にある金持ちオーラをまとう、大きな白いお屋敷くらいだ。



「正臣くん」



 ちょんちょんと肩を叩いたのは美姫だ。


 真っ白なワンピースに黒のリボンがあしらわれた麦わら帽子。


 今日の美姫の格好はいつぞやに正臣と一緒に選んだもので、少しどぎまぎしてしまう。



「ここはボランティア会場じゃありませんよ」


 正臣のそんな気持ちになんて気づいていないだろう美姫が、波とたわむれる会長に変わって普段と変わらぬ声のトーンで答えると、背後の豪勢な屋敷を指差した。



「あれ、結衣さんの家の別荘です。それでここはプライベートビーチ」



「......は?」



「今夜はあそこにみんなで泊まるんですよ?」



 あそこに、今夜、みんなで、泊まる、だと?



「待て待て待て」



「あれ、言ってませんでしたっけ?」



「言ってないよ! 聞いてたら100パーセントここにいないわ!」



 そうでしたっけ、ととぼけたような表情で美姫が首を傾げる。


 一つ屋根の下で女性三人と一泊する、だと?


 どう考えてもアウトだ。というか、女性恐怖症とかそれ以前の問題だ。


 今からでも遅くない。正臣はスマホを取り出して辺りのホテルを調べてみるが、シーズンだからかどれも高額で、高校生の手の届く金額ではなかった。


 となれば取れる手段は一つ。



「じゃ、オレ帰るわ」



「ちょっと正臣、どこ行くつもり?」



 お疲れ様でした、と口にしてきびすを返した正臣を止めたのは凛子だ。


 彼女の姿にも見覚えがある。


 キャップをかぶり、デニムのショートパンツにおへその上辺りで切り取られたTシャツと、相変わらず肌面積が多くて目のやり場に困る彼女から目をらす。



「帰るに決まってんだろ?」



「どうやって? ここまでだって、結衣さんの家の車で送ってもらったのよ?」



「タ、タクシーとか呼べばいいし」



「お金持ってんの? いくらかかると思ってんのよ?」



 そう言われるとぐうの音も出ないのだが、ここに泊まるわけにもいかないわけで。



「安心してよ伏見くん!」



 困り果てる正臣の背中に声をかけたのは、今回の騒動の仕掛け人である結衣だ。



「あの別荘広いから大丈夫大丈夫! ちゃんとプライベートは担保されてるのでご安心を!」



 パチンとウインクをかましてサムズアップする下手人げしゅにんである結衣を信用できず、正臣は目を細める。



「そんな顔しないでー! 本当だから! なんなら荷物置きがてら見に行きましょうよ! きっと見たら安心できると思うからさ!」



 ささ、こっちこっちー、と正臣達を手招きして別荘に向かう結衣に正臣はついていくことにした。




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