2-1.伏見家にようこそ




 正臣はコーヒー豆を挽いている時間が一番好きだ。


 ハンドルを回すたびに香るかぐわしいコーヒー豆の香り。


 この香りがいつも正臣をリラックスさせてくれるのだが、今は全くそれを感じない。



 家に美姫がいる。



 この事実が正臣の気持ちを騒つかせる。


 さっきから嫌に心臓が脈打っている。


 幸い、両親は仕事に出掛けているので家に誰もいないのが救いだ。



(さっさとコーヒー飲ませて、要件聞いて帰らそう)



 コーヒーをそそいだカップをトレイに乗せて階段を登ってすぐにある自分の部屋のドアを開ける。



「あ、正臣くん」



 床に敷いたクッションの上に姿勢良く座っていた美姫が正臣の顔を見た途端、安心したように頬を緩ませた。



「......淹れてきた」



 知っているとはいえ、美姫にとっては同級生のそれも異性の部屋だ。


 来たいと提案した美姫でもさすがに緊張していたのかもしれない。


 トレイに乗せたコーヒーカップをちゃぶ台の上に置いて、正臣も床に座る。



「いい香りですね。いただきます」



「どーぞ」



 上品な所作でコーヒーを一口含んだ美姫がほっと一息溢こぼす。



「やっぱり、正臣くんの淹れてくれるコーヒーは美味しいです」



「......どーも。で、要件はなんだ? どうせ、生徒会の手伝いだろ?」



「まあ、その通りなんですけどね」



 ベッドの横のフレーム部分に持たれた正臣の口からため息が漏れる。



「なあ、マジでオレ以外に頼まねぇの? 生徒会って美姫と結衣さん以外にもあと二人いるだろ?」



「そうなんですけど、正臣くんの知っての通り、みなさん自由ですから......」



「まあ、そうだけどさ......」



 他の二人を思ってか、遠い目をする美姫の気持ちもわからんでもない。


 一人はバリバリの運動部で、様々な部活を兼務しているので、夏休みに生徒会の仕事を行うのは難しいだろうし、副会長にいたっては、今年の四月からアメリカに留学している。


 事実上、二人で運営する生徒会はとても忙しいのだろう。


 だがそれにしても正臣を頼る割合が高すぎる。


 腕を組んでジト目を向けると、美姫にクスリと笑われた。


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