1-3.オレのことは放っておいてくれ




「今のところはそうだな......」



「どこ希望してるんですか?」



「んーまだ未定」



「なんというか、ちょっと羨ましいです。そもそも私には選択肢すらないですから」



 お嬢様ってのも大変なのかもしれない。


 不自由はないのかもしれないけど、その分レールがぴっしりとき詰められているようで息苦しさを感じてしまう。


 諦観ていかんしたような眼差しを正臣に向けた美姫の表情はどこかはかなげで、正臣の胸をもぞりとさせた。



「そんな顔しないで下さい。私は別に気に病んでなんていませんよ? それよりも......」



 正臣から視線を逸らした美姫が周りに目を配らせたので正臣もそれにならう。


 他の学習机から向けられるたしなめるような視線。



「正臣くんのせいですよ?」



「なんでだよ。とにかく今日は失礼しよう」



 わざとらしく唇に人差し指を当てる美姫を一瞥いちべつして、周りの皆さんに頭を下げてただ広げただけになってしまった参考書を片付け、美姫と揃って逃げるように図書館を後にする。


 図書館を出た途端、照りつける夏の凶悪な日差しに目が眩む。



「で、今日はなんの用だ?」



「用がなきゃ会っちゃダメですか?」



「なっ......」



「ふふっ。冗談ですよ」


 

 本当に、心臓に悪い。


 たまに突然こういう事を平気で言ってくるから嫌なんだ。


 顔を逸らした正臣に美姫が「拗ねないで下さいよ」と言ってきたので、拗ねてないと答えると笑われてしまって腹立たしい。



「んーでも、立ち話ってのもなんですし、喫茶店でもいいんですが、さっき正臣くんのコーヒーの話したら飲みたくなってしまいました......」



 そこまで言って美姫がわざとらしく手を叩く。



「そうだ。正臣くんのお家でお話ししませんか?」



「は?」



「ここから近いんですよね? それならコーヒーも頂けるし。突然ですけどお邪魔、出来ますか?」



 固まる正臣。見つめる美姫。


 こういうのを無言の圧力と言うのだろうか。


 嫌なんだが、なんだろう。意地でも断らせない。そんな圧を感じてしまい、なぜか首を縦に振ってしまう。



「ありがとうございます」



 ニッコリと笑う美姫に、正臣はがっくりと項垂うなだれるのだった。

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