1-2.オレのことは放っておいてくれ




「......何がだよ」



 妙に熱くなった身体を冷ますために、すっかりぬるくなってしまったコーヒーを一気にあおる。



「顔、真っ赤ですよ」



「コ、コーヒーが熱かったからだ」



「へぇー。そんなコーヒー、よく一気に飲めますね。と言いたいところですが......まあ、今日はそういうことにしておいてあげます」



「ぐっ......ていうかお前、コーヒーもらわなかったのか?」



「はい。私コーヒー苦手ですので」



 そういえば前、生徒会室で結衣がそんな事を言っていたような気がする。


 無料なので文句は言わないが、確かにここのコーヒーはインスタントらしいエグ味と酸味がはっきりしているので、苦手な人にはオススメできない。



「オレがれるといつも飲むのにな」



 なんの気兼ねなく言ったつもりが、美姫の顔がわかりやすく赤く染まった。



「そ、それはその......正臣くんが淹れてくれるコーヒーは美味しいので......」



「......あ、そう。なんていうか、そう言われると純粋に嬉しいわ」



 生粋きっすいのお嬢様育ちで味覚も人並み以上に整っているだろう美姫に褒められて思わず口角が緩んでしまう。



「......っ......と、突然その顔は反則ですっ」



「へ? なにが?」



「知りませんっ!」



 何が反則なのかさっぱりわからない正臣は、その意図を聞こうとしたのだが、再び美姫が机に突っ伏してしまったので、諦めて肩をすくめる。


 伏せた美姫は耳まで真っ赤なのだが、指摘はしないでおこう。火にガソリンをそそぐような行為な気がする。


 そしてどうやら美姫はしばらく顔を上げるつもりがなさそうな雰囲気なので、正臣は一つため息をついて参考書に目を落とす。


 静寂な空気。その中でペンが紙をこする音だけが鼓膜を揺らす。


 受験生最後の天王山、夏休み。


 開館直後だというのに、周りの予約席は全て埋まっている。


 おそらく、来年の今頃は正臣も大学受験に向けてスパートをかけ始めているのだろう。


 桜花学院は幼稚舎から大学までの一貫校。高校から途中入学の正臣の今の成績なら問題なく進学できるのだが、その道を選ぶ気は今のところなかった。



(進路、かぁ......)



「なあ、美姫は進路とか考えてんのか?」



 不意に隣でうずくまる、真っ赤な耳の主がどう考えているのか気になって、尋ねてしまう。



「進路、ですか?」



 むくりとおもてを上げた美姫の顔はまだほんのりと赤く、ちょっぴり不機嫌そうだ。



「まあ、今のところは無難に桜花で進学ですかね」



「ふーん」



「その反応、正臣くんは違うのですか?」


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