20.そして、夏が始まる




 七月の最後の登校日。


 終業式だけのカリキュラムを終え、一学期最後のホームルームの終わりを告げる鐘の音が生徒達を浮き足立たせる。


 クラスメイトの声に耳をかたむければ、海に行こうだの、桜花の子息令嬢らしく別荘に遊びに来いよなどといった、夏の予定を決める話があちらこちらから聞こえてくる。


 特に友達もいなく、夏の予定を決める必要のない正臣でも夏休みというパワーワードを前に口元が緩んでしまう。



(せっかく早く終わったし、近くのデパートに寄り道して行こっかな)



「なんだか嬉しそうですね」



 机にしまっていた教科書を引っ張り出して鞄に詰め込み、コーヒー豆に想いをせる正臣に声を掛けてきたのはやはりというか美姫だ。


 しかも何故かご機嫌ナナメっぽい。


 夏を前に浮き足立つ全校生徒の中で今機嫌が悪いのは恐らく美姫ぐらいだろう。



「......まあそりゃ、今日から夏休みだしな」



「ふーん」



 目を細めて睨むように見つめる美姫の視線に居心地が悪くなって目を逸らす。



「な、なんだよ」



「別に......」



「お前も特に予定ないんだっけ?」



 そういえば少し前に話していた会話を思い出す。そういえば、こんな話をしていた時に放送が鳴って無理やり結衣に生徒会に連行されたんだっけ。


 今日はチャイムならないな、とホッと胸を撫で下ろし、不機嫌そうな美姫にひらりと手を振る。



「じゃあな。また九月に」



「......正臣くんのばか」



「なにが!?」



 何故かわからんがののしられて美姫に抗議の視線を向けると、突如教室の扉が勢いよく開いた。



「伏見くんっ!」



 聞こえた結衣の声。嫌な予感しかしない。



「聞いたわよっ! 夏休み暇なんですって!?」



「なっ......」



 鼻息を荒げて目を輝かせる結衣の突然の登場と発した言葉に正臣のこめかみが引きつる。



「ふっ。くくくっ......」



 視線の先でさっきまで不機嫌そうにしていた美姫が、笑いをこらえた意地の悪そうな顔をしている。



「生徒会って休みも色々と忙しいんですよ。結衣さんに、正臣くん夏休み暇なんですってって言ったら、目を輝かせてました」



「て、てめぇ......」



「いいじゃないですか。どうせ暇なんでしょう?」



「断る!」



 鞄を担いで結衣のいない後ろの扉から脱出を計る。


 捕まってたまるか。


 暇でも暇なりにやる事があるのだ。


 背後から聞こえる正臣を呼ぶ結衣と美姫の声を無視した正臣は、校則をぶっちぎりで違反して廊下を駆け抜けた。



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