17-2.金魚すくい




「う、うるさいです。それより早く、金魚すくってください」



 振り返った美姫が浴衣の袖で口元を隠して金魚の方に視線を流したので、正臣も集中する。


 赤に黒、様々な種類の金魚が水槽の中で優雅に泳いでいる。


 ポイを構えて獲物を品定めしていると、隣から小さな声がした。



「あの金魚かわいい......」



「どれだ?」



 美姫の指差した先にいたのは、黒い出目金でめきん


 周りと比べて少しだけサイズが大きく、素早い動きで水槽の中を優雅に泳いでいる。


 あれをすくうのはかなり難しそうだ。


 そんな正臣の気持ちを察したのか、ニヤリとおじさんが笑う。



「お嬢ちゃん、お目が高いねぇ。彼氏さんわかってると思うが、こいつはすくうの難しいぞ」



「正臣くんなら大丈夫ですっ。ね?」



 おじさんの意見に素直に頷こうとしていたのに、何故か両手で握り拳を作って勇気づけてくる美姫。


 こんな顔されて諦める訳にいかなくなった正臣は、仕方なくポイを黒い出目金に向ける。


 黒い出目金が水槽の角に来た辺りでポイを水面に潜らせ、出目金を持ち上げる。



「あっ」



 破れるポイ。向けられる美姫のジト目。



「あちゃー残念だったね。彼氏さん」



「正臣くんカッコ悪いです」



「あのなぁ。そんなに簡単じゃないんだぞ、これ」



「がははっ! 諦めずにもう一回やってみる?」



「はいっ! 今度は私がやります!」



 ピシッと姿勢良く手を上げた美姫がおじさんからポイをもらう。


 即座にロックオンしたのは、やはり先ほど逃した黒の出目金。


 勢いよく潜らせたポイが黒の出目金を持ち上げたかと思った瞬間、勢いよく破れてしまう。



「な、難しいだろ?」



「おじさん、もう一度お願いします」



 正臣に反応せず再びトライするが、再びあっさり破れる。



「もう一回です」



「おい美姫?」



 すくっては破れ、すくっては破れ、気づけばいつの間にか築かれるポイのしかばねの山。



「おじさん、新しいのを」



「はいよ。お、お嬢ちゃん、もうやめた方がいいんじゃない?」



 異様な雰囲気に怯えたような表情をするおじさん。



「.........頭きました」



 完全無欠のお嬢様。


 美姫は人一倍プライドが高いからなぁ。


 こりゃ、すくえるまで終わらないな。


 眉を八の字に曲げて出目金を睨む美姫に気づかれないように小さくため息をついた正臣は、真剣な眼差しの彼女を見守ることにした。



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