11-2.幼馴染からのお誘い




「......やっぱ正臣じゃん」



「エスカレーターで走んなよ。危ないだろ」



 観念して振り向いた先にいた息を切らす凛子に目を細めて注意すると、彼女の顔に不満の色が差す。



「誰のせいだと思ってんのよ」



「人のせいにすんな」



 吐き捨てて前を向いた正臣の鼻腔びこうにシトラスの香りがふわりと届く。


 隣を見ると、むっとうなった凛子が正臣の乗るステップに降りて、頬を膨らませている。



「ちょっと狭いんだが......」



 正直、心臓に悪い。

 

 夏を感じさせる気温がそうさせるのか、まだ六月だというのに凛子の服装は布面積が少ない。


 ノースリーブの二の腕から逃れるように正臣はエスカレーターの手すりにもたれかかった。



「こんなところでなにしてるの?」



「買い物だ買い物」



 近づく凛子との間に壁を作るように紙袋を突き出す。



「コーヒー豆? 正臣、そんな趣味あったっけ?」



(そうか、こいつ知らないのか)



 正臣がコーヒーにハマったのは高校に入ってから。中学二年から一度も会っていない凛子が首を傾げるのも当然だ。



「三年もあれば人は変わる」



 昔お前にフラれた無様な自分はもういない。


 口にこそしないが、そんな想いを込めた言葉は、少しぶっきらぼうに聞こえたのかもしれない。


 少しだけ凛子の表情が強張こわばった気がした。



「......ふーん。それで用は済んだってわけ?」



「まあな」



「じゃあさ、ちょっと買い物付き合ってよ」



「ええっ!?」



「何よ、そんな嫌そうな顔、しなくてもいいじゃん......」



 しおれた悲しげな凛子の姿が周りを騒つかせる。


 なんだなんだ揉め事か? と聞こえた声に慌てて首を横に振る。



「わかった! わかったからそんな顔すんな!」



「ほんと? ありがと!」



 すぐに笑顔に戻って、ちろっと赤い舌を出した凛子に正臣のこめかみがピクリと反応する。



「そうと決まれば、まずは腹ごしらえといきましょうか! 正臣、ご飯食べてないよね?」



「......ああ、今から食べようと思ってたとこ」



「オッケー! よーし、じゃあ長期戦に備えてしっかり食べるわよ!」



「長期戦!?」



 凛子の発した言葉に、再びこめかみが引きる感覚がした正臣は、一秒でも早く凛子の用事済ませてコーヒーを飲むんだと心に決め、無駄にハイテンションになった彼女の後に続いた。



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