10-1.こうやって一緒に踊るのは、正臣くんだけですよ




「美姫さんや、やっぱり踊るの辞めませんか?」



「えー? 突然どうしちゃったんですかー?」



 人を小馬鹿にする表情で、普段の五割増しであおるような声音を発する美姫に、本来なら腹を立てる正臣なのだが、今はそれどころではない。


 迂闊うかつだった。


 よく考えればこうなる事ぐらいわかるはずじゃないかと数分前の自分を呪う。


 ふと視線を下に落とせば、正臣の腕の中にスッポリとおさまった美姫が正臣の顔を見上げている。



「ふふっ。顔真っ赤ですよ?」



「う、うっせぇ......」



 美姫を腕に抱いている。


 その事実が心臓を暴れくるわせ、今にも口から飛び出しそうで気持ち悪い。


 逃げるように美姫から視線を泳がせると、ダンスホールの生徒達の視線を集めていることに気がついたが、今はそれどころではない。



「ちょっと正臣くん、私から離れないでちゃんと腰に手を回して下さい」



「ひっ!?」



 腰の辺りに伸びた美姫の腕に引き寄せられ、なんとか正臣が作り上げた二人の間にあった微妙な空間を容赦ようしゃなく詰められてしまう。



「ちょっと待って......」



 そして、正臣の胸にもたれかかるように美姫が密着してくる。


 眼下がんかに広がるブロンドの髪から花のような香りが鼻腔びこうに届き、ただでさえうるさい心音が更に早まったのがわかった。



「......心臓、すごくドキドキしてます」



 正臣の胸に片耳をつけた美姫が上目遣い気味に見上げてきたので視線を逸らす。



「これは......その、あれだ。みんなが見てる中で踊るのに緊張しているだけで......」



「確かにみんな私達のこと見てますね。あ、凛子りんこさんもこっち見てますよ。手でも振っておきましょうか?」



 正臣の腰に回していない方の手を振る美姫の言う通り、不快そうな表情を隠さず鋭い視線を向ける凛子と一瞬目が合い視線を逸らす。



「でもさすが幼馴染ですね。あの視線、この格好でも正臣くんって気づいてます」



「......なあ美姫、なんかいつも以上に意地悪過ぎない?」



「さっきのお返しです」



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