病室の母と

黒井羊太

母はハハハと笑う。

 病床に伏せる母を見舞いに来たのだが、話している目の前で突然苦しみ始めた。私はパニックを起こしながらも大声を上げて看護師を呼ぶ。

 幸い処置が素早かったため、命に別状はなかった。

「あぁ、びっくりした」

 ようやく人心地ついた母が、心底安心したように呟いた。その様子を見て私もホッとする。いつもの母だ。

「びっくりしたのはこっちだよ。ホント見てる前でみるみる苦しみ始めるから」

「ごめんね、びっくりさせちゃって」

 謝る母。

「ううん、大丈夫。落ち着いてよかったよ」

 私の言葉に、母も少しほっとした様子を見せる。

「危機一髪だったわね。娘に助けられちゃうなんて、長生きするもんだわ」

「何言ってるの。大したことはしてないわ」

 実際パニックを起こしながら大声で喚いていただけの自分を思い出し、少し気恥ずかしくなる。人間咄嗟の時にはなかなか行動を起こせないものだという事を身を持って知った。

 それでも母は頭を振り、教え諭すように私に言う。

「いいえ、あなたはしっかり行動できた。それは、誇るべき事よ。こうしてあなたと穏やかに話せているのもあなたのおかげ。だから、ありがとう」

 深々と頭を下げる。年老いた母の頭を見て、グッとこみあげてくるものがあったがここで涙を見せる訳にはいかない。私はこのしんみりとした空気を打破すべく、お土産を取り出した。

「そうそう、母さんが欲しがっていたアレ。ちゃんと買ってきておいたよ」

「あら! ありがとう。無駄にならなくて良かったわ」

 手渡された紙袋を嬉しそうにがさがさと漁る母。そして茶色い瓶を取り出して、最高の笑顔でこちらに見せびらかす。

「同じ一発でも、やっぱり私にはこっちの方がいいわよね。ファイト! 一発! ってね」

 茶目っ気のある笑顔。ハハハ、と高らかに笑う。先ほどまでの弱った姿がウソのようだ。

 やはり母はこういう方が似合っている。私は苦笑いを浮かべながら心底そう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

病室の母と 黒井羊太 @kurohitsuji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ