ちょっとヤバいかな?と思ったこと

緋雪

それは走馬灯のように……

 私には、「危機一髪!」というような、瞬間的な危機はあまりなかった。どちらかというと、じわぁじわぁと染み込んでくるような、そんな不幸な体験は山ほどあっても。


 ただ、一度だけ、「これ、ヤバいヤツ?」と思ったことがある。


 なかなか普通の人が体験しないであろうヘヴィな結婚生活&離婚裁判を経て、無事離婚できた私は、再婚を控えていた。皆に「懲りない奴だ」「学習しなかったのか」と思われながら。


 ある日、腹の激痛に見舞われ、自宅の階段下でうずくまっているところを、弟に発見された。病院につくと、「胆石症ですね」と言われ、入院に。

「○月△日に手術しましょう。腹腔鏡手術だから、簡単にすぐ終わるし、大丈夫だよ」

手術時間も1時間半くらいだから。ということで、私はその手術を受けることにした。


 手術日。不安そうに見守る娘たちに、大丈夫だよ、行ってくるね〜。と、言って、手術室に。麻酔が効いて、すぐに何もわからなくなった。


 が。途中で目が覚めてしまった。

 睡眠障害、恐るべし。

 先生と目が合って、

 先生が慌てて麻酔を追加オーダー。


 私はまた、夢の住人に戻ったのだった。


 手術は、予定より2時間半くらいオーバーしたらしく、それでも、娘たちが手術室の前から動こうとしなかったという。

 まだ麻酔が全部切れてなかった私は、痛くもなんともないので、母も小母さんも、娘たちにも、帰っていいよ〜、と余裕で帰らせる。まあ、麻酔が切れても、傷くらいの痛みなら、座薬でなんとかなるだろう。くらいに考えていた。


 甘かった。


 想定外のものがきた。


 物凄い苦しさ。

 吐き気が酷い。

 気を抜くと息をするのを忘れる。

 溺れ死ぬような感覚。

 藻掻くと酸素の管が外れる。

 ああ、そういえば、麻酔追加されたっけな〜。

 私が死んだら、それが死因です、皆様。


 死ぬかもな。本当にそう思っていた時、私の頭の中に、映像が再生され始める。

 よく、死ぬ時に、記憶が「走馬灯のように……」なんて言うけれど、そんな呑気な感じではない。記憶がパパパパッと物凄い勢いで思い出されていく。それはもうフラッシュ暗算。じっくり思い出している暇もない。

「あー、こりゃホントに死ぬかもな」

と、呑気に思っているときだった。


 一匹の猫の画像が脳裏に映る。

 

「あ。ハナコ?」


 それは、まさに再婚を約束した彼の猫、ハナコだった。

 それで、私は気力を取り戻した。


 こんなところで死んでたまるか!

 私は生きて彼のところに行くんだ!

 彼と一緒に幸せになるんだ!


 苦しさはなかなかラクにならず、吐く物が何も無いのに吐きまくったけど、12時間後くらいに射ってもらった注射で、やっと痛みだけになった。

 

 本当にギリギリのところだった。

 ハナコが来てくれたから、私は助かったんだ……。



 十数年後、違う麻酔医にその話をすると、「それは恐らく麻酔酔ますいよいだね。あれで死ぬ人、まずいないよ?」と言われた。


 私の、命懸けの、ハナコに助けられなかったら、死んでいたかも!

 という、「危機一髪」感は、ただの「麻酔酔い」という結末だった。でも、あの時のハナコは、絶対、私のことを心配して来てくれたのだと信じたい。

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ちょっとヤバいかな?と思ったこと 緋雪 @hiyuki0714

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