悪役令嬢は、知らず知らずに国を救う?いえいえ。断罪されないだけで、手一杯ですから。
うり北 うりこ@ざまされ書籍化決定
悪役令嬢は、知らず知らずに国を救う?いえいえ、断罪されないだけで、手一杯ですから。
「とにかく!! お前は国外追放だっ!! 出ていけ!!!!」
顔を真っ赤にして、王子は叫んだ。そんな彼に、甘えるように、もたれ掛かるヒロイン。その視線は、国外追放を言い渡された令嬢、カローラの隣に立つ男に釘付けだ。
控えめに言っても、カオスなこの状況。
(なんで、こんなことに……)
心の中で盛大にため息をつけど、状況は変わらない。カローラは、頭をかきむしり叫びたかった。
マジふざけんな!! クソ王子!! と。
***
「危なかったぁ……」
長い金のウェーブの髪をした、可憐な声の令嬢、カローラは豊かな胸を押さえ、ホッと息をついた。
「まったく。これを取ろうとするなんて、ヒロインは何を考えてるのよ……」
自身が悪役令嬢に転生したと気が付いてから早十年。どうしたら、頭がおかしいと思われるのか、カローラは努力をし続けてきた。
その努力のお陰で、未だに婚約者はもちろん、人間の友人は一人もいない。
けれど、カローラはそれで良かったのだ。死なないためには、公爵家である自分の家が没落しないためには、王子と婚約するわけにはいかなかったから。
「それでも、あなたとの付き合いは、残り3ヶ月ね。寂しくなるわ……」
顔を隠していたお面を外し、自身に向けたオカメの顔へと話しかける。
『へぇ。そんなに美人なのに、何で顔を隠しているんだ?』
誰も来ない裏庭。けれど、近頃になって、何故かいつもふらりと現れるお客さん。唯一の友達である黒猫のウォンに、カローラは微笑んだ。
そのまま抱っこすると、自身の膝へとのせる。
「だからよ」
『だから?』
「変な行動をしても、この顔よ? 惚れられないとは、限らないわ」
『自分で言うのは、どうかと思うぞ?』
「客観的に見て、言ってるのよ」
黒猫のウォンは、くすくすと楽しそうに笑う。そのまま、いつも通りに少しのおしゃべりを楽しむと、気が済んだとばかりに去っていく。
気まぐれなのは、いつものこと。カローラは、気にすることなく見送った。
「さて、私も戻りますか」
オカメをかぶり、校内へと戻る。いつものように、カローラが歩けば、道は開かれる。まるで、モーゼの十戒だ。
この日から、カローラの素顔を暴こうとするヒロインとの戦いは始まった。
何故、そこまで自分の素顔に執着するのか。カローラには、分からない。
(攻略も順調みたいなのに、何で今更? 暇でもしているのかしら……)
それでもカローラは、オカメの面を死守し続けた。ヒロインは、とても苛立っているようだが、カローラは無視。
まさか、それがあのような事態を引き起こすだなんて、想像もしていなかった。
遂に迎えた、卒業式。この日を過ぎれば、カローラはオカメを外す。カローラにとっては、学園の卒業式であり、オカメの卒業式でもあるのだ。
とくに問題が起こることなく、卒業式は終わり、夕方にはパーティーが始まった。ドレスアップしたオカメには、誰も近付かない。
それで良いのに、今日に限ってカローラの前には五人の生徒がいる。
「カローラ様、ひどいですぅ」
「そうだ。未来の王妃への礼儀がなってないぞ」
「そのふざけた面は何ですか。レツェが顔が見たいと言うなら、見せてあげればいいでしょう。大した顔でもあるまいし」
「無視……、良くない……」
「早く、外しなよぉ」
(なぜかしら、揃いも揃って、馬鹿ばかり。カローラ、心の一句)
などと現実逃避をしていたカローラ。けれど、状況は悪化の一途を辿っていく。
「お前の仕出かしたことは、分かっている。すぐに死刑にしてやるからな」
「私が何をしましたか? 確かに、面は着けていますが、その他で皆様にご迷惑はおかけしておりません」
背筋を伸ばし、凛とした態度のカローラは美しい。誰もが見惚れただろう、オカメさえなければ。
「知らないとは言わせませんよ。これが、あなたの罪です」
カローラはその罪状を読むが、無視した以外は、どれもこれも覚えのないもの。
「身に覚えはございません。証拠はあるんですか?」
「逆に聞くねぇ。やらなかった、証拠はあるのぉ? 実際、無視はしていたよねぇ?」
嘘でも一つ真実が入ると、何故か急に真実味が出るのは何故だろうか。
いつも一人でいたことも仇となり、無実であるという証拠はない。
「証拠なんて、ないんだよねぇ? お前以外、みんながレツェが好き。だけど、お前だけはレツェが好きじゃない。これが、何よりも証拠だと思わない?」
(思うわけないでしょ!! 馬鹿なの? まさか、こんな雑に罪を作り上げられるなんて……。これが、強制力ってやつなの?)
驚くほど、
『カローラ、俺が無実を証明しよう』
「ウォン!? 動物は入っちゃダメなんだよ?」
パーティーに動物は入れない。カローラは、ウォンが嫌な目に合うのではないかと慌てたが、その姿はみるみるうちに人間へと変わっていく。
「えっ!!??」
「これで良いか? 愛しのカローラ」
(精霊じゃなくて、人間だったの!? ってか、攻略キャラのウォレンじゃないの!!?? いくら魔法使い設定だからって、何で猫になってたのよ!!)
人間になったウォンは、社交界に顔を出さないカローラでも知っている有名人。
国王陛下の年の離れた異母兄弟で、大魔法使い。王位継承権は、自ら捨てて国外にいると言われていた。
加えて、乙女ゲームの攻略対象の一人で、難易度が高過ぎて難攻不落だと、乙女たちを泣かせた隠しキャラだったりもする。
「叔父上が、何故こちらに……」
王弟であり、曲者とされる叔父の登場に、王子は逃げ腰だ。ヒロインは、目にハートを浮かべてウォレンを見詰めている。
(何となく、そうかなって思ってたけど……このヒロインも転生者だわ)
呆れてオカメの下で半目になったカローラ。だが、そんなカローラの心境に気が付いたのはウォレンのみ。
「俺の可愛いカローラが、犯罪者に仕立て上げられているのを、黙って見ているわけにはいかないだろ?」
そう言いながら、オカメを外してしまったウォレン。カローラは、目を白黒させている。
(えっ!? どういう展開? 裏庭仲間として、助けてくれたとかじゃないの!!??)
「あの、王弟殿下?」
オカメへと伸ばされた手は、ウォレンの手で握られてしまう。
「いつものように、ウォンと呼んでくれないだろうか」
「無理です」
思わずバサリと切り捨ててしまい、おろおろとするカローラ。それに対して、ウォレンは大爆笑。
(馬鹿な甥が変な女に引っ掛かっている、と調査の依頼を兄貴からされた時は面倒だったが、来て良かった。カローラに出会えたからな)
カローラが可愛くて仕方がないと甘い視線を向けるウォレン。だが、ヒロインも黙っていない。
「ウォレン様は、カローラ様に騙されているんです!!」
何が? とのツッコミはない。けれど、ウォレンは鋭い視線をヒロインのレツェルに向けた。
王子は王子で、急にレツェルがウォレンに上目遣いを始めたので、この状況が面白くない。
レツェルによる『カローラがいかに悪役か』の演説が始まり、カローラは遠い目をした。
(それって、乙女ゲームの内容じゃない。現実とゲームを混ぜ合わせないでよ)
もはや、カオス。
意気揚々と話すレツェルに取り巻きたちは賛同するが、ウォレンはそれを一つ一つ事実でねじ伏せる。
徐々にヒロイン御一行の勢いはなくなっていった。
「とにかく!! お前は国外追放だっ!! 出ていけ!!!!」
顔を真っ赤にして、王子は叫んだ。そんな彼に甘えるようにもたれ掛かるレツェル。けれど、熱い視線をウォレンに向けている。
(なんで、こんなことに……)
心の中で盛大にため息をつけど、状況は変わらない。カローラは、頭をかきむしり叫びたかった。
マジふざけんな!! クソ王子!! と。
だが、そんなことをするわけにもいかず、国外追放を王子に言い渡されてしまった。状況は最悪だ。
「それは、いいな……」
「ウォン!?」
先ほどまで味方だったはずのウォレンが、王子の肩を持ったことに、カローラは動揺した。黒猫だった頃に呼んでいた愛称で呼んでしまうくらいには。
「この国なんか捨てて、俺と一緒に世界中を旅しよう。危険な目になんか、絶対にあわせない。楽しいぞ」
うきうきとしたウォレンに、それもありかも? と一瞬だけ思ったカローラだが、王弟であり、国一番の魔法使いがいなくなると困る周りが焦り始めた。
「叔父上が、こんな女に付き合う必要はありません!!」
「そうですよ。私と一緒にいましょう? 絶対にその方が楽しいですよ」
わーわー、ギャーギャー、大騒ぎ。その姿は、とても王族やそれに連なる筆頭貴族の子息たちとは思えない。
「まったく。程度の低い魅了に、こうも引っ掛かるとはな。情けない」
ウォレンがパチンと指を鳴らせば、王子たちは顔を見合わせた。
「目が覚めたか?」
そう言いながらウォレンが見せたのは、ヒロイン御一行の数多のやらかしだ。ご丁寧に、パーティー会場の誰もが見られるように、大スクリーンのようにして上映している。
「俺は、お前に仕える気はない。再教育が終わるまで、旅に出る。既に許可は兄貴から貰っている」
青ざめる王子と、王子の側近たち。そんななか、レツェルは静かに後退りをした。
(まずいわ。とりあえず、逃げないと。ウォレンが国外に出たら、やり直しよ)
だが、そんなレツェルをウォレンは見逃さない。
「そこの女は、北の修道院に送れ。あそこの修道女は優秀な魔法使いだからな。こんなやつの魅了など効かない」
「い、イヤよ!! ねぇ、助けて!!」
すがるような視線を向けるが、王子たちは視線を逸らした。そのことが、もう彼女の味方がいないことを物語っていた。
「カローラ、俺と来てくれないか?」
「でも……」
「カローラの両親のことだろ? きちんと許可はとってある」
そう言って見せてくれたのは、両親からのビデオレター。そこには、カローラへの愛が溢れていた。
オカメをかぶり始めても、婚約者はいらないと言っても、社交界に出なくても、いつもきちんとカローラの話を聞いて、理解をしようとしてくれた両親。
(お父様、お母様……。ありがとう)
「素敵なご両親だな」
ウォレンの言葉に、カローラは頷いた。ぽろぽろと零れる涙を、ウォレンは長く美しいけれど、骨ばった指で拭う。
自分とは違う、男の人の指に、カローラは頬を染めた。
「カローラといるのは、楽しかった。それは、俺だけか?」
カローラは、黒猫だったウォンと過ごした日々を思い出す。
決して、長い時間を一緒にいたわけではなかった。それでも、軽口を叩き合うのは楽しかったのだと。
(猫が話すということは、人が化けたか、精霊だと分かっていても、その時間が愛しかった。ウォンなら、オカメの下の素顔がバレても大丈夫だと思えるくらい、信頼していた。ううん。今だって、信頼している)
「王弟殿下……。ううん、ウォン。私もあなたといる日々は、とても楽しかったわ。これからも、一緒にいたいの。私も一緒に連れていってくれる?」
「当たり前だろ」
嬉しそうに笑うウォレンは、カローラよりも5つ歳上だ。それでも、カローラはウォレンを可愛いと思った。
こうして、ウォレンとカローラは旅に出た。
カローラが悪役令嬢にならなかったから、レツェルは油断して魔法のスキルを磨かなかった。
それが魅了のレベルを下げ、ウォレンを攻略できなかったことは、誰も知らない。
もし、カローラがきちんと悪役令嬢の役目を果たしていたら。
もし、レツェルが魔法のスキルを磨いていたら。
もし、ウォレンがカローラに惚れず、好きな人の故郷は守りたいと思わなければ。
全く違う未来が待っていただろう。たくさんの偶然が重なり、国は
「まずは、隣の国で氷の花を見に行こう。それから──」
カローラとウォレンは、手を繋いで旅をする。時には馬に乗り、時には空を飛ぶ。
国へ帰るのは、数年後か、数十年後か……。
「カローラと一緒なら、どこに行っても楽しいだろうな」
「ウォンと一緒なら、どこへ行っても楽しいでしょうね」
声が重なり、笑みが溢れる。
いつまでも、どこまでも、ずっと二人で──。
──おしまい──
悪役令嬢は、知らず知らずに国を救う?いえいえ。断罪されないだけで、手一杯ですから。 うり北 うりこ@ざまされ書籍化決定 @u-Riko
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