第8話 始まり。

『「壊滅」ね…なぜ?』


クロヌイとアノレの2人しかいない裏路地に冷たい風が吹きこみ始めた。


『言わないといけませんか?』


『仮にお前が俺にレジオン壊滅の依頼をするんであればある程度の情報提供はして当然だと思うが。』


『レジオン壊滅は私の願いです。』


『じゃあ依頼は「ゼルスタイン暗殺」で変わりないと?』


アノレは黙って下を向いた。


『私は…彼を殺したくない。』


『あのなぁ…』


クロヌイはアノレの胸ぐらを掴み壁に押し付けた。


『テメェの手でゼルスタインを殺すんだったら文句はねぇよ。でもな、他人に人の命取るように頼んでおいて次は殺したくないだぁ?ふざけるのも大概にしろよ。』


『分かっています! だから…聞いてください。』


張った声で主張したアノレの姿を見てクロヌイはアノレから手を離した。


『私は今、レジオンの国家魔法組織ケノンに属しています。そこでは日々ありとあらゆる魔法の研究が進められているんですが、つい最近ある大規模プロジェクトが発足されました。その内容は「他人の魔素を無条件に取り込める魔法の開発」というものでした。』


『無条件で魔素を?』


『はい、ご存知かもしれませんが魔素というのはその生物の生態記憶、遺伝記憶、種族記憶の蓄積物です。なので人によって得意な魔法と不得意な魔法が必ず生まれるんです。でも、その隔たりが無くなったらどうなると思います?』


『さぁな。』


『魔素バランスの崩壊ですよ。』


『へぇ〜。』


『「へぇ〜」じゃないですよ!いいですか⁈魔素バランスの崩壊が起きるとそこらにいるカエルが禁忌魔法打ってきたりするんですよ!!』


クロヌイはカエルが魔法の杖を持って自分を殺そうとしてくる場面を想像した。


『ぶっ…!!クソ面白いじゃん(笑)』


『全然笑えないですよ!おまけに私はケノンから解析魔法を奪ってこいとまで言われゼルスタインを殺す羽目になったんだ!!』


『まだ殺してねぇよ、それになんでそんなゼルスタインに執着する?』


『私の兄だからです。』


クロヌイは内心凄く驚いていたが表情には出さなかった。


『そうか。で、結局お前はどうしたいんだ。』


クロヌイが尋ねるとアノレは大きく深呼吸した。


『今のレジオンはケノンの存在によって腐敗しきっている。ケノンさえいなければ私がかつて愛した母国が必ず取り戻せるはずだ。だからお願いだ、あなたの力を貸してくれ。』


『てことは「レジオンを壊滅させる」から「国家魔法組織ケノンを壊滅させる」にプラン変更だな。』


アノレの表情が何かを決心したようなたくましいものになった。


『とりあえずゼルスタインを探しましょう。彼がいればかなり優先になる。』


『その前にキャンセル料貰うぞ。』


『キャンセル料?』


『「ゼルスタイン暗殺」のキャンセル料、20万サルマだ。』


『そ、そんなぁ!!』


◇◇◇◇◇


アノレを連れてクロヌイは宿の部屋に戻った。


『そう言えば、何でクロヌイさんは闇市場であのような物を売っていたんですか?』


『あんな物?あー体液のことか。』


『いくら闇市場でも流石に瓶詰めの体液を露骨に陳列させて売るのはどうかと思いましたけどね。』


『路店は初めてだったんだ。それにお前もスライム娘の買ってただろうが。』


『あれはしょうがなかったんですよ、この国の魔素研究に必要だったんですから。』


『だから色んな店の風俗女に小細工してたわけか。』


『スライムは全身透けてるので体内に仕込んだ魔法陣が外から見えてしまう可能性がある為…えっ?待ってください!私…そのこと言ってませんよね⁈』


アノレはクロヌイに差し迫った。


『ドコから⁈一体どこからその情報を仕入れたんですか⁈』


『お前のオニイチャン。』


『じゃあ…ゼルスタインの居場所も知ってるってことですか⁈』


アノレはさらにグイグイ迫った。


『あんまり近寄って喋るんじゃねぇよ。』


『す、すいません。でも、さっき言った事は本当ですか?』


『いまさら嘘吐いて何の得になる。』


『いやそうではなくて…私とゼルスタインは兄弟なので魔素性質はとても酷似しているんですよ。だから仮にゼルスタインが私より先に風俗女に魔法をかけていれば私の魔法は磁石のように弾かれてしまうんです。しかし、クロヌイさんの言う事が本当なら私とゼルスタインの両方の魔法が機能していた事になる。』


クロヌイはまたボーっとしていた。


『つまりですよ!私とゼルスタイン以外にも風俗女に魔法をかけていた人が居るって事です!』


『ホント、困っちゃうよ兄ちゃん。』


どこからか声が聞こえてきたかと思うと部屋の中に1人の男が現れた。その男はクロヌイが宿の朝食を食べていた時に声をかけてきた者だった。


『うわ、びっくりした。』


『クロヌイさん気をつけて!この男はケノンの幹部です!』


アノレが戦闘体制に入った。


『アンタ黒だったんだな。』


『んん?聞き捨てならんな、兄ちゃんが勝手に我々を黒にしたんだろ。』


『で、目的は?』


『目的?目的かぁー…言わないとダメ?』


『クロヌイさん離れて!』


アノレは既に攻撃魔法の詠唱を終えていた。


『裏植物魔法!毒林の産声!!』


『おいおい…こんな狭いとこで裏魔法なんて使うなよ。』


男は自身の右手を前に出すと白い膜のような物が現れアノレの魔法陣をすっぽり包み込んでしまった。


『そ、そんな…!!』


『アノレくん…君には心底失望したよ。まぁ、元々期待もしてなかったけどね。』


男からとてつもない殺気が溢れ出した。


『アノレ、首から上守れ。』


バリンっ!


クロヌイはアノレの体を持ち上げ部屋の窓を突き破り外へ出た。


『逃げちゃったか。』


男はクロヌイが泊まっていた部屋をゆっくりよく見渡した。


『…コレは予想外。』



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