第7話 食いつく魚に脳はない。

クロヌイは宿に帰り、先日ルサの手を借りながら手に入れたこの街の風俗女のサンプルを整理していた。


『処理に困ってたがコレは良い撒き餌になるな。』


もともとクロヌイはこのサンプルを知人に渡して検査してもらい異常が見つかれば適当な措置を設けて調査した各店から手数料を貰って、異常が無ければそこらにいる変態に仲介人を使って高額で売りつけようと考えていた。しかし、ゼルスタインのおかげで今回の事件がクロヌイの真のビジネスに繋げる事ができたのだ。


クロヌイはサンプルの整理を終えるとこの街の地図を取り出した。そして幾つかの箇所に

インクで丸をつけ、部屋の壁に掛けられていた時計を見た。


『午後11時…行くか。』


クロヌイはサンプルを持って再び宿を出た。


この街には闇市場というものが存在する。そこでは違法薬物、違法生物、禁忌魔導書など表社会では絶対に売買できないものが出揃っている。そして、その闇市場につながる手前の路地では場所によっては法に触れるアイテム、いわゆるグレーな物が売られている屋台が出揃っている。


今夜クロヌイはそこで例のサンプルを売ろうと考えているのだ。


『よいしょ。』


クロヌイは手頃なスペースを見つけてそこにマットを広げ商品を並べた。


『見ない顔だな、お前。』


隣で屋台を出している獣人が声をかけてきた。


『今日が初めてだ。』


『そうか、何を売ってるんだ?』


『風俗女の体液。』


『ゲっ!気持ち悪ぃ…と言いたいとこだが、別にここじゃ珍しくもねぇ。』


『だろうな。』


『そういえばショバ代(※場所代)は払ったのか?』


『いいや、まだだ。』


『オイオイ…お前、申請書の未提出ならまだ助かるかもしれねぇのにショバ代の未払いはマズいぞ。』


『俺はこの商品さえ売れれば金輪際ココで店はださねぇよ。』


『バレても知らねぇぞ。』


獣人は怯えた様子でクロヌイから離れた。


『すみません、コレって…』


1人の男性がクロヌイの商品をまじまじと見ていた。


『いらっしゃい、コレはこの地域の風俗女の体液だよ。色んな種族のモノ取り扱ってるから見てってよ。』


『それじゃあ、もしかして…スライムのモノもありますか?』


『ハイ、ありますよ。』


『では、それをください。』


『毎度あり。』


『ちょっとちょっと、「毎度あり」じゃないよ〜』


クロヌイが男性に商品を渡そうとした時、柄の悪そうな男たちがやって来てマットの上の商品を全て蹴散らした。


『誰?』


『テメェこそ誰だよ、うちのシマで無許可で商売しやがって。』


『今日限りの出店だ、許してくれないか?』


『バカか?とりあえずコッチに来い、話はそれからだ。』


クロヌイは屈強な男たちに身柄を押さえられ路地裏に連れて行かれた。


『さぁて…自己紹介が遅れたな。俺はここら一帯を仕切ってるジリシガードってモンだ。早速だが店を出すのに必要な物って何だかわかるか?』


『闇市だからそんなの勝手だろ。』


『もう一度聞くゾォ〜店を出すのに必要な物って何だぁ〜?』


『こんなにデカい闇市なのに警備隊の1人も来ないって何か不思議だな。』


ガンッ!!


ジリシガードはクロヌイが寄りかかっている壁に穴を開けた。


『俺はヨォ〜お前みたいな奴が大っ嫌いなんだわぁ〜次俺の質問をスルーしてみろぉ〜オメェの頭蓋骨が粉々になるぞぉ〜』


『カタギに手を出すとかただの半グレじゃねぇか。』


ピキっ!!


『コ・ロ・ス!!!』


ジリシガードはクロヌイの頭めがけて思いっきり拳を振りかざした。


スパンッ


『えっ?』


ジリシガードはクロヌイにぶつけたはずの自分の拳が足元に落ちている事に気がついた。


『うわぁぁぁぁ!!』


『うるせぇよ。』


クロヌイはジリシガードの口を塞ぎ自分が寄りかかっていた壁とは反対側の壁に押さえつけた。


『折角だからいい事教えてやる、四肢のいずれかを切断されたらまず止血すること。そうしないと出血多量ですぐあの世行きだからな。お前みたいな修羅場潜ってなさそうな奴は全員止血よりも叫ぶ事を優先しやがる。俺はそれが理解できねぇ。だから俺なりに考えてみた。止血より叫ぶ事を選んだ奴は「自分じゃどうにもできないです!だから誰でもいいから助けて!」って思ってるって解釈してみたんだ。つまり他力本願ってことだ。稚拙な思考回路ってことだ。乳離れ出来てねぇ赤子ってことだ。だから…』


クロヌイはまだ喋りたいことがありそうだったがジリシガードは既にショック死していた。


『最後まで聴いてから逝けよ。で、お前らは?』


クロヌイはジリシガードと一緒にいた屈強な男たちに聞いた。


『自分らはジリシガードに雇われていた身なんで上下関係とかはないっス。』


『その割には俺の事雑に持ち運んだよな?』


クロヌイは不気味に笑いながら男たちに近寄った。


『か、勘弁して下さい!!』


『冗談だよ。その代わりコイツの死体処理しといてくれ。それと、ここの新しい仕切り人は今後俺がやる。分かったな?』


『は、ハイ!了解致しましたぁ!!』


クロヌイが現場から去ろうとすると先程クロヌイの商品を購入した男性が現れた。


『あ、あの…』


『はい、何でしょう。』


『さっき購入した物の料金をまだ支払ってなかったので…』


男性は律儀に2万サルマ差し出した。


『そうでした、わざわざありがとうございます。』


『あ、あの…ひとつお伺いしたい事があるんですけどよろしいでしょうか?』


『どうぞ。』


『この辺りにいるゼルスタインという魔法使いをご存知ですか?』


『聞いたことはあります。』


クロヌイは探りを入れるためわざとこのような返答をした。


『実はあなたにその人の暗殺をお願い出来ないかと思いまして、もちろん報酬は弾みますよ。』


『…なぜ私が?』


『先程のあの男とのやり取りを見ていて気付いたんです。あなたの刃物捌きは暗殺者のソレだと。』


『あなた名前は?』


『フレンジャーと言います。』


クロヌイは例のアノレという魔法使いかと思っていたがどうやら違ったようだ。


『分かりました、その依頼引き受けましょう。ところでフレンジャーさん、あなたの出身は何処ですか?』


『スマウです。』


この時、クロヌイは何かを察した。


『へぇー…私もスマウ出身なんですよ、奇遇ですね。』  


『そ、そうなんですね。』


『スマウのどの辺なんですか?喋り方からして北部とかですか?』


『よく分かりましたね!そうなんですよ〜』


『そっかぁ北部かぁ…じゃあ何で俺がお前の顔知らねぇの?』


『えっ…』


フレンジャーは冷や汗をかいた。


『俺、職業柄そこの住民の名前と顔は全員覚えてるんだよね。お前、違法入国者だろ。喋り方に若干違和感あるしな。』


スマウでは暗に空想身分の販売がされている。その身分を買う人の事情は多々あるが身分を買った人は全員が購入規約で方言などを1ヶ月ほどかけてほぼ完璧に身につけないといけない。理由は母国語などをうまくカモフラージュするためだ。そうすれば王国警備隊が職質(※職務質問)してくる可能性が限りなく低くなり違法入国者だと気付かれない。


『やっぱり…バレましたか…』


『アノレだろ、お前。』


フレンジャーと名乗っていた男は目を丸くした。


『本名までバレてるなんて…だからこんな仕事は嫌だったんだ。』


『どうされたい?』


クロヌイはアノレに優しめの質問をした。


『「どうされたい」か、そうだな…』


アノレは路地裏から見える狭い夜空を眺めながら言った。


『私は殺されてもいい。ただその代わりに…母国レジオンを壊滅させて欲しい。』

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