第6話 模範的な取引

ゼルスタインの家の中にはありとあらゆる魔導書が本棚に敷き詰められていた。


『窮屈な場所ですがどうぞお掛けになってください、いまチュタムを用意いたしますので。』


チュタムというのはこの国の特産品でもある特定の木の枝を乾燥させそれを粉末状にし茶葉のようにお湯を注いで抽出した飲料である。


『あの〜早速で申し訳ないんですけど…ビジネスって一体何をするんですか?』


ゼルスタインは一刻も早くその内容を知りたいようだった。


『ゼルスタインさんは以前、避妊魔法を使う職に就いていらっしゃいましたよね?』


『はい、それが何か?』


『私が聞いた話では避妊魔法は解析魔法を熟知した者にしか扱えないと聞いた事があります。』


『まぁ確かに…おっしゃる通りです。』


『そこで解析魔法を熟知しているゼルスタインさんにひとつお願い事をしたいんです。』


『ちょ、ちょっと待ってください!』


『何でしょう?』


『僕はあまり長々と人の話を聞くのが得意じゃないんです。よ、要点だけ言ってもらえれば助かります!』


『分かりました、では単刀直入に申し上げます。ルサに解析魔法を教えてやってはくれないでしょうか?』


『ルサにですか⁈う〜ん…』


ゼルスタインは頭を抱えた。


『ではもっと露骨な提案をしますね。いくらなら受け入れてくれますか?』


『凄い質問ですね…』


『ゼルスタインさんが言ったんじゃないですか。』


『いや、まぁそうなんですけど…解析魔法って僕が言うのもアレですけどスっごく難しい魔法なんですよ。』


『私もこの国ではどのくらいの人が解析魔法を使えるのか知りません。』


『僕だけですよ!!』


『凄いじゃないですか、1人ならその職を独占出来ますし。』


『確かにお金は入ってきますけど、こんな街の風俗店でしか雇って貰えないんですよ!ここら一帯の避妊魔法は全部僕が担当してるんです!』


この時クロヌイはこのゼルスタインという男を完全理解した。


ゼルスタインは難関魔法の解析魔法を熟知しているのにも関わらずソレを全くと言っていいほど金に還元出来ていないのだ。


『ではゼルスタインさん、ルサに解析魔法を完璧に教えて頂いたら1億サルマお出し致しましょう。』


『い、イ、イチオク⁈⁈』


『ただし報酬は後払いとさせて頂きます。でも大丈夫です、担保としてコレを差し上げますのでどうぞ受け取ってください。』


クロヌイは自分のリュックサックの中から大きめの「茶葉」のようなものが入った袋を取り出した。


『こ、コレはもしかして…』


『乾燥させたボリシです。まぁ場所によっては持ってるだけで処刑されますけどね。』


この世界の全生物は生まれながらにして身体の中に「魔素」という魔法を使う上で最も必要な元素を持っている。また体内に貯蓄できる魔素量は種族や遺伝、個体によってもバラつきがある。しかし、このボリシを使用すると普段自分が貯蓄可能な魔素量を遥かに上回る量を貯め込み、使用出来るようになる。


『分かってはいますけど、この量…どこで手に入れたんですか?闇市場ではスプーン一杯の量を10万サルマほどで売っていると聞いた事もありますが…』


『ウチで育ててるんですよ。』


『さ、栽培してるんですか⁈』


『はい。』


『いやいや…クロヌイさん、嘘は良くないですよ。そもそも、ボリシは人工的に育てる方法は未だに確立されてないんですよ!栽培研究だってかれこれ120年続いてますけど成果なしって話ですよ!』


『知ってますよ。だから、その研究に500年費やして栽培法を確立した奴から教えてもらったんです。』


『500年って…もしかしてエルフの知人とかですか?』


『さぁそれはどうでしょう。』


ゼルスタインはやっと自分の目の前にいるクロヌイという人物がただものではないと悟った。


『分かりました、ルサに解析魔法を完璧に伝授します。でも、しっかり教えることが出来たら1億サルマ…貰いますからね!』


『では交渉成立ということで。』


『ちょっと待ったぁぁぁ!!!』


ルサがドアを突き破って出てきた。


『ど、ドアがぁぁぁ!!』


『クロヌイさん!私なんにも聞かされてないんですけど!』


『今聴いてたんだろ?そういうことだ。それに先にお前に伝えたら色々面倒だったからな。』


『私ヤダよ!勉強嫌いだもん!解析魔法なんて尚更嫌だ!!地味だし!!』


『じ、地味とはなんだ!!解析魔法も立派な魔法だ!』


『ハイハイ、立派な魔法でちゅね〜』


『僕はお前のそういうところが嫌いなんだ!』


『コッチも最初から好かれようとなんてしてないし!』


『ガキじゃねぇんだから、いい加減にしろよ。』


クロヌイが冷酷な目付きで2人を見ると言い争いがピタリと止んだ。


『ルサ、報酬だ。』


クロヌイがルサに向かって何かを投げ渡した。よく見るとそれは銀色に輝く真球だった。


『コレって!魔獣ロイベルンの眼球じゃないですか!どうやって手に入れたんですか⁈』


『そんなに凄いの?』


『凄いってもんじゃないよ!コレ一個で家のひとつやふたつが簡単に建つレベルだよ!!』


『え゛っ⁈マジ⁈』


『ルサ、解析魔法を習得したらそれをもう一つやる。』


『え゛っ⁈⁈マジ⁈⁈』


『クロヌイさん…あなたって何者何ですか…』


ゼルスタインは少し怖くなっていた。


『ただの雑貨屋の店主ですよ。それとゼルスタインさん、最近この辺りの風俗店で変わった魔法を使う変質者がいるそうなんですけどご存知ですか?』


『あーその事ですか、一応知ってはいます。』


『ちょうどその変質者を探しているもので、何か知っていることがあれば教えていただけないでしょうか?』


『分かりました。ちなみにクロヌイさんはその魔法の内容ってどのようなものか知ってますか?』


『宿にいた人から聞いたんですがそれもイマイチ信憑性に欠けるかと。』


『そうですか、でも多分クロヌイさんが聞いたソレはデタラメな内容です。』


ゼルスタインは椅子から立ち上がり床に描いてあった魔法陣を一度消してから別の魔法陣を描き始めた。


『先程も言いましたがここら一帯の避妊魔法は僕が請け負ってます。だから、別の魔法が上書きされた際にはそいつのありとあらゆる情報を自動で抜き取るようにしてるんですよ。』


『なるほど「抜いてる」時に「抜かれる」と言うわけか!』


ルサがしょうもないことを言うとクロヌイがルサの頭に強めのチョップをお見舞いした。


『魔法使いの名前はアノレ、性別は男、年齢は29歳と3ヶ月。裕福な家庭で育てられ魔法学校は優秀者枠で卒業。森林系魔法を得意としており今は隣国レジオンの国家魔法組織に属しているそうです。しかもどうやらこの人…違法入国してるそうです。』


『森林系魔法って何が出来るの?』


『まぁ一言では言い表せないけど、今回の場合は風俗店従業員の生態観察…かな?』


『うわっキモッ!!』


『水商売する店にはこの国の色んな種族がいるからわざわざ色んな場所に脚を運ばなくても情報収集できるって根端だろう。』


『「スパイ」ってことですね。』


『ゼルスタインさん、そのアノレってやつはまだ近くにいるんですか?』


『そこまでは僕もわからないです。』


『そうですか、ではルサをよろしくお願いします。コレは情報料です。』


クロヌイはゼルスタインに5万セルマを渡し、ルサが突き破って倒れていたドアを壁に立て掛けて出て行った。


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