第14話

 ルルシアを部屋まで送り届けたグレンは、父であるマシバの書斎に戻ってきていた。


「親父、戻った」


「あぁ、ルルシア嬢は大丈夫だったか?」


「多分な。モモに任せてきたよ。同性がいた方が何かと安心だろ?」


「そうだな。だがまぁ女は弱ってるときが一番落としやすいぞ」


「親父はそんなんだから、母さんと別居することになったんだぞ」


「私の愛は母さんに全部注いでるからな。問題は無い」


「母さんのことも弱ってるときに落としたのか?」


「それで母さんが落ちると思うか?」


「・・・想像がつかん」


 グレンの母親であるヒスイは現在、ゴッドサウス王国宮廷で侍女長並びに王国軍の魔道部隊の一師団の師団長をやっていた。

 そのおかげもあって、ゲカイガ帝国での一件もすぐに国王や王太子であるオリバーにも報告が上がり、早急な対応をすることも出来た。


「私には商才しかなかったからな。母さんの様に何でも器用に熟せる才覚も欲しかったよ」


「そういうとこだよ。母さんは実家を出るために血反吐を吐いて死にかけて魔道を極めたんだ。それをそんなこと言ったらいい気もしないだろ」


「だが、どれだけ努力しても才能が無ければ無駄になる。私も若いときはがむしゃらに手を出したが、結局父の財閥を継ぐ以外の能はなかったよ」


 マシバはヒスイに対してデリカシーや気を遣った言葉を使わないため、しょっちゅう喧嘩をしては出て行かれるを繰り返されていた。

 そして現在、ヒスイはイガラシ邸を離れて3年が経とうとしている。


「親父、最期に母さんに会ったのは?」


「忙しくてな。かれこれ三ヶ月は会ってない」


「はぁ・・・母さん、なんでこんなのと結婚したんだろ?」


 首を横に振りやれやれとグレンはため息を吐く。

 グレンはルルシアと結婚出来たとしても、絶対にこうはならないとマシバを反面教師にすると決めた。


「それよりもグレン。ルルシア嬢のあの動揺の仕方は異常だ」


「あぁわかってるよそんくらい」


「昨日母さんも彼女の事を診察したんだろ?どうだったんだ?」


「医療面は専門外だって言ってたけど、どうやら呪法を用いられているそうだ」


「呪法か・・・」


 呪法とは魔法とは違う別の法術である。

 魔法は道具や自分の体内の魔力を媒介にして魔法を放つのに対して、呪法は他人を媒介にして行使する。

 そのどれもが、媒介にした人間に対して負の要素が作用される。

 本来、リッチやゴーストなどの実体のないアンデッドモンスターに用いられる物だったが、近年人に対して使われるケースも増えていた。

 それは呪法が魔法とは違い、魔力を持たない人間でも魔力がある人間に対して行使することが出来るためだった。


「ルルの記憶はその呪法で封印や改変されてる可能性が高いらしい」


「お前の聞いたディーラという尖兵の幼馴染みだったという言葉は、彼女が涙を流していた事からもそれはまず間違いないだろうな」


「記憶は封じられていても、身体が反応したんだろうな。それにしてもルルにこんなことしたやつは、会ったらぶん殴ってやる」


「それに尖兵を殺す発言もおかしいしな。彼女は人を殺した事がないのだろう?人を殺した事の無い人間は、そんな言葉が出てくるのもおかしい」


「あぁ、俺もそれには驚いた。確かに状況から殺しておかないとこの国の脅威になることはわかる。だが、あいつがそんな言葉を口にするとは思えなかった。彼女は口ではなんだかんだいいながら、とても優しい性格をしてる」


「帝国の稲妻がこの国の内乱を事前に止めた話は有名だからな」


 ゴッドサウス王国は、ルルシアが留学していた当初は貴族派と王国派で派閥があった。

 しかしルルシアが留学してる三年間で、両派閥をまとめ上げて王国は結果として結束力のある国力となった。

 

「仲には欲に忠実な貴族も少なくなかったと言うのに大したものだ」


「三年かけて話にならない貴族すらも説得するカリスマには脱帽したけどな。それでも劣等感を抱いていた人間の一部が彼女を害そうとしたが、それも彼女は返り討ちにして許しちまったんだ」


「そんな不穏因子ですら慈悲を向ける人間に殺すという言葉は似合わないな。やはりそれも呪法の影響か」


「ディーラの裏に居る人間とルルに呪法をかけた人間は同じだろうな。そしてディーラに、厳密には指定した相手にのみそう言った感情を向ける呪法もかかってるんだろうな」


「だが呪法はとても時間がかかるぞ。彼女はお前が留学中ほとんど一緒にいたのだろう?」


「お手洗い以外はな」


「そうなると呪法を行ったのはお前が留学する前、いや彼女が帝国に留学してくる前に起きた可能性があるな」


 呪法が魔法や剣術と違い普及しなかった理由が、対象の相手に対してかなりの長時間の間近くに居なければいけないこともあった。

 そのため呪法をかける際は、相手と親しくなる必要があった。


「留学前もほとんど帝国の宮殿くらいでしか長時間人と居た期間はないらしい。そうなると恐らく第二皇子アハトだろうな」


 グレンはアハトがこの件の首謀者であり、ルルシアに呪法をかけたと思って居た。

 現に彼はクーデターを成功させている。

 それだけ計画に入れる頭脳は持っていると半ば確信を持っていた。


「第二皇子だとして、彼女を自分で追わなかったのは何故だ?実力者なのだろう?」


「さぁな。ディーラもかなりの実力者だったし、俺達三人でもギリギリだった。そのギリギリを勘定に入れてなかったってトコロじゃないか?」


 ディーラに勝てたこと自体、奇跡に近いと感じていた。

 最終的に自爆しなければ、最後の力で自分達の意識くらいは刈り取られて王国に捕まっていたとまで思っていた。


「ふむ。それは一理あるが、だとすれば彼の国がこのまま何も起きないなんてことはあるまい?」


「あぁ。だから明日は宮廷に行ってオリバーとルルシアで話をする予定だ」


「連絡はしたのか?」


「さっきグン兄に書面を届けてもらった」


 グンジョーはグレンの影に再度配属された。

 本来、他の影を全滅させてしまった責任を取らせる必要があったが、今回は剣婦という情報を持ち帰った功績で免除された。

 

「まぁそれならいい。では明日は母さんに・・・」


「じゃあ俺も明日は早いから寝るな。じゃあな親父」


 マシバのヒスイへの言葉を預けようとしたが、グレンはそれを予想として書斎から出て行った。


「全く誰に似たんだ・・・」


 マシバの声は書斎に響くが、返事は木霊のみだった。

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