第2話
世界は酷く理不尽だ。
だから、目の前の光景も理不尽のうちの一つ。
「お嬢様、これは非常にまずいと思います」
そう言うのはこの国の数少ない私の味方、グレン・イガラシ。
彼はゴッドサウス王国にあるイガラシ財閥の御曹司で、私の帰国に合わせて留学してきた男で今は私の近衛も請け負っていた。
「えぇ、わかってるわ。しかしこのパーティに出席した目的はこれだったのよ」
そう私はこの卒業パーティ、婚約者と浮気相手がいるのに卒業パーティにわざわざ参加した理由はこれにある。
それは理不尽なまでに美味しい、目の前に並ぶ様々な色のお菓子。
「ふふっ、今日の為に取り寄せたこのお菓子を目の前にして何もするなとは酷ではなくって!?」
「親父ももう少し自重して欲しかったものです…」
「ん~あまあまぁ」
このカカオと言う豆を蒸して作ったチヨコレエトは、少し苦味がありながらも砂糖を入れて程よい甘さにしている。
なんでもイガラシ財閥の創設者であるグレンのお祖父様が、帝国よりも遥か遠くにある故郷の国の豆を、王国で見つけたことで長い年月をかけて再現された料理だそう。
もう既に王国ではチヨコレエトは流行りのお菓子の一つになっていて、今は輸出する際は大きなイベントでもない限り発注をしていない。
なのでグレンに頼んで、王国の隣国である帝国の国立の学園の卒業パーティならと言うことで特例でチヨコレエトを発注してもらった。
他に並ぶお菓子も輸出こそ制限はされていないが、発注の予約は一年待ちと言うほどに人気のお菓子ばかり。
「やっぱグレンの家のお菓子は最高ね」
「お褒めに預かり光栄です。しかしまぁ視線がどギツいですね」
「わたしの国では令嬢が口元を出しながら笑顔を見せるのは、はしたないそうですからね」
貴族令嬢は笑顔を見せて笑うのははしたないから、扇子で隠すように教えられる。
それは化粧が崩れたり、歯並びが悪かったら不細工に見えたりと様々な理由があるけれど。
化粧なんてしなければいい、歯並びを矯正すればいい、自分に自信を持っていればそんなの関係ない。
だから私は扇子で口元を隠したりしない。
言うのは簡単でしょうね。
でも自己へのコンプレックスがある人は少なくない。
そしてコンプレックスを持つ人間だけが扇子で口元を隠してたりしたら目立つ。
だからこのように文化として根付いたんでしょう。
でも私からしたらどうでもいい。
私はこの国の誰よりも美人だと自覚してるし、私を魔女呼ばわりした奴らなんかに気を使う気なんかサラサラない。
「正直どうでもいいわ。どうせこのまま行けばシュナイダー様は皇太子に選ばれない。そうなればお父様はこの婚約を白紙に戻して、次期公爵の姉の婿としてシュナイダー様を迎えるでしょうね」
「そうしたらお嬢様はどうするのですか?」
「どうせ家を追い出されるだろうしね。家の名義で豪遊でもしてやろうかしら?」
そうなったら苦しむのは領民だけど。
でも私は自分でも驚くほど心が痛まない。
それは私が幼少期にロクな暮らしを実家でしていなかったからだ。
私の両親は長らく子宝に恵まれず、やっと生まれた姉ばかり優先した。
翌年に生まれた私には大して興味も抱いていなかった。
「領民が苦しみます」
「知ってるでしょ?領地の税金を使って生きてきたと言われても知ったことじゃないわよ」
シュナイダーとの婚約は私が生まれたときに成立したおかげで、皇城に遊びに行く許可は出ていた。
だから私は幼い頃から皇帝陛下の元で食事はとっていたし、家にいるときは最低限の寝る場所を提供されただけ。
家に帰るのだって最低限月に一度あるかないかくらいだ。
陛下の教育方針は私生活に税金を持ち込むなだった。
だから幼い頃から私や第二第三皇子は自分で日銭を稼ぎ、食費などを算出していた。
先帝様に可愛がられていたシュナイダーだけは、うちの実家から生活費を提供されていたみたいだけど。
「そんなことを、こんな場で仰ってよろしいのですか?」
「知らないわよ。ここで貴族の誇りだなんだ言ってきたとしても、税金で贅沢してきた貴族の言葉なんかなんの重みもないわ」
「くくっ、さすがだ。帝国の稲妻は健在で安心した」
「言葉が崩れてるわよグレン」
「おっと、これは失礼しました」
明らかにわざとでしょうに。
グレンは帝国にあまりいい印象を持っていない。
私を無下に扱うこの国に腹を立ててくれた。
「この学園の者達は王国がこの国の侯爵令嬢に二つ名をつける意味がわかっているのでしょうかね?」
「さぁ?貴族領主ならともかく、子息令嬢ならそこらへんには疎くても仕方ないんじゃないかしら?」
王国は大国で先進国だ。
王国から見れば今のこの国は後進国、または発展途上国。
そんな中でついた帝国人の二つ名は、この国の発展につながる。
しかしこの国の多くの者は私を忌み嫌われる魔女と蔑むのが大半。
「魔女、魔法のあるこの世界でそんな差別用語を作るあたり、この国は愚者が多いようですね」
「陛下のような賢者もいるわ。私に二つ名がついたことを喜んでくれたもの」
帝国の稲妻、それは私についた二つ名。
私の得意な魔法が雷魔法だからというわけじゃない。
王国の問題を次々と解決していたら、いつの間にか現れては常識に捉われずに問題を解決していったことからついた。
暗にお転婆娘と言われてるようで恥ずかしいけれど。
「皇帝陛下は聡明のようで何よりです。しかしこのパーティーに出席した貴族ときたら」
「この学園にいたならわかるでしょ?この国はオタマジャクシはオタマジャクシのまま蛙になれるのよ」
私を魔女と蔑むだけならまだしも、陛下に対してもその視線を向けている。
それはなんと愚かなことか。
貴族はピラミッド社会。
その頂点の陛下には例えどんなに不満を持っていようと、そんな目を向けてはだめ。
ましてや今の子の視線は魔法を使う魔女として蔑む目線は不敬にあたるわよ。
会議で意見を述べるのとはわけが違う。
「子供のまま大人になるってことですか。こどおじ、こどおば・・・くくくっお嬢様も中々言いますね」
「そこまでじゃないわよ。ただ公私混同するなって言いたいだけ」
貴族とは、いえ上に立つものが公私混同すればどうなるか。
お金を自由に動かせるのだから民からの批判も避けるのは難しい。
民なくして、国は成り立たないのだから。
「ここにいたかルル!」
それを理解できない人間の筆頭が私に向かって吠えてきたわね。
私の婚約者にして、皇子シュナイダー・フォン・ゴッドサウス。
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