閑話

異世界人 九

 異世界人・城丸じょうまる将太しょうたはクラス転移時に執事という恩恵を授かった。

 戦闘系でもなく生産系でもない恩恵で使い所がない。

 コレオ帝国の王侯貴族たちの判断で帝城を去ることを許された異世界人と同様に、城下街に住まわせようとしていたが、カゼミール公爵家の当主、ブラント・イル・カゼミールが彼を引き取った。

 当初は小間使い程度に扱おうと考えていたブラント。しかし、彼の恩恵は有益で、スケジュール管理、周囲の状況把握能力の高さなど彼の進言がブラントの言動を補い公爵領に安定を齎す一助となった。

 そうして月日とともに信頼を得た城丸はブラントより結婚を勧められた。

 異世界人は皇族の客人──期待した恩恵ではないが能力の高さは満足ができる。

 ブラントは親戚や寄り子から年頃の娘を選定し城丸に引き合わせた。

 城丸はそのうちの一人──ブラントの弟、バジル・イル・カゼミールの娘、セラフィナ・イル・カゼミールを娶っている。

 結婚後、まもなくセラフィナは子を宿し、それからは子宝に恵まれ三人の子を授かった。

 セラフィナはよくできた妻だった。

 三人の子の面倒を進んで見て、自らの手で料理を作り、家事に励む。

 城丸も家人を雇ってはいる。だが、家人による世話は限定的。

 異世界に召喚されて親兄弟から引き離された城丸は元の世界を恋しく思うことはあるものの、こうして温かい家庭を作ってくれる妻と子に深い愛情を持っていた。

 それが今、壊されようとしている。

 同じ異世界人の勇者、如月勇太によって──。


 カゼミール領は帝都の南に位置する中規模都市。

 領地はそれなりの広さを持っており、現在は農業が盛んな豊かな地となった。

 それも全て城丸がブラントの予定を組み領地の状況をわかりやすく示した結果である。

 城丸は馬を駆りカゼミール領に急いだ。


──時間がないッ!


 当初は如月に確認をしようとした。

 だが、帝城に集められた兵士。物資の輸送状況。商店街で売られている物品。

 それらを見て猶予がないと判断し、カゼミール領へ直行。


「まもなく帝国軍がカゼミール領への進軍が始まります。この地は勇者によって滅ぼされます」


 城丸はカゼミールの城に着くなり、領主代行として執務室で公務に取り組んでいた義父、バジルに報告をした。


「なんだと!? しかし、だからといってこの地を放棄するわけには行かぬ。直ぐに領軍を集め戦に対応できるように計らおう」


 バジルの返答に城丸は衝撃を受けた。

 十万からの帝国軍に二万にも満たないカゼミール領軍で応戦する。

 それでは領民どころか家族すら危うい。


「将太はステラとセラフィナ、お前とセラフィナの子らを連れてこの地を去り、兄上の元に参れ」


 バジルは帝国貴族として逃げるという選択肢がない。

 だが、家を絶やすわけにはいかないし、カゼミール領軍は半数が魔族領に遠征していて手薄という状況。

 これでは太刀打ちは不可能。

 だから城丸は即時撤退を求める。


「しかし、それでは救える命を見捨てることになってしまいます。退路は私が調査します。ですのでどうか即時撤退の下知をください」


 しかし、バジルは城丸の言葉を一蹴。


「カゼミールは滅びぬ。兄上がいるし、将太もいる。余の孫──セイヤも我が家を継ぐに値する血統。血が絶えなければ家は滅びぬ。故に余は抗うのだ。戦って負けたとしてもカゼミールの大義は為るのだ」


 バジルはブラントよりも好戦的な性格だが、もし、ここにブラントが指揮を執るとしても同様の選択をしただろう。

 城丸はため息をついた。


「わかりました。ですが、私の子たちには祖父が必要です。どうかご武運を」

「うむ。では貴様はステラとセラフィナ、孫たちを連れて逃げよ。その他、逃げられる者を早急に集めて貴様に寄越す。これは命令だ」


 そう言われて従わないわけにはいかない。

 城丸は急いで義母のステラのもとに、それから、妻子のもとに駆け巡る。


 カゼミール避難民は数千人程度。だと言うのに大量の食糧と物資が集まった。

 小さくない都市だから数万人規模の避難民がいても不思議ではない。

 十万人規模の帝国軍に対して、カゼミール領民は武器を手に取り、カゼミール公爵家のために蜂起した。


「この十年。この地は非常に豊かになりました。全てはブラント様の施し……それにミル皇女殿下とユイナ様の両聖女様のお恵みによるもの。ですから私たちは戦うんです。子どもたちをお願いします」


 城丸に子どもを預けた女性がそう言って領都に戻る。

 この場に集った避難民は女性と子どもばかり。

 老人でも戦えるものは残り、そうでないものはここにいる。


「パパ、ボクもおじいちゃんと一緒に戦えるよ」


 城丸の長男、城丸星也せいやは息子に袖を引っ張られていた。

 星也は剣士の恩恵を持っていることが判明している。

 この数年はバジルに稽古をつけてもらっていて十歳とは思えないほどの力量を発揮する。

 とはいえ、まだ、子ども。

 バジルは星也が戦うことを許さなかった。

 そんな星也の手を取って引っ張った城丸の妻、セラフィナは「わがままはダメよ。おじいちゃん、きっと困っちゃうからね」と諭す。

 セラフィナは続けて城丸に報告。


「もうこれ以上は集まらないみたいね。地元愛が強いのは誇らしいけれど、こういうときは困りものね」

「……そうだよな。もう集まらないか……。心苦しいけどゆっくりはしていられない。すぐにでも出よう」

「ん。じゃあ、よろしくね。旦那様」


 セラフィナは手のひらを城丸の胸をぽんと添えてニコッと笑う。


「また戻って来れるよね?」


 セラフィナのもう片方の手を引く長女ルナもカゼミール領が好きだった。

 城丸に寄ってきたもうひとりの娘──レオナを城丸は抱き上げる。


「帝国軍の他、他領の侵略軍の進路は把握済み。それらを迂回して、まずはメルダを目指す。メルダまで無事に行けば魔王城までは安全だ」

「ん。じゃ、私は皆にそれを伝えて、将太についていくように言ってくるわね」


 セラフィナはそう言って馬にまたがり、避難民の周囲を回る。


(みんな、戦える──星也も戦うって言うくらいなのにどうして俺には戦う力がないのか……)


 城丸は自身の無力を嘆いていた。


◆◆◆


 コレオ帝国の南端。

 名もない国境の峠に三人の黒髪の男たちが地べたに尻をついて駄弁っていた。


澤幡さわはた、ここで合ってんの?」


 最初に口を開いたのは野木のぎ健司けんじ

 剣術というスキルが恩恵の異世界人。


「村で聞いたからよ。間違ってないと思うんだけど。井之村いのむら、合ってるよな?」


 三人は帝城を抜け出し、帝都を出て異国を目指すために南を目指した。

 最後に立ち寄った村で誰にも見つからずに国境を越える道を確認して、この峠を教えてもらった。

 澤幡蒼龍そうりゅうは、その時に一緒に話を聞いていた井之村藤治郎とうじろうに確認する。


「この峠で合ってるはずッスね」


 井之村は答えながら投擲という恩恵持ち。その付加スキルを発動させて、火を起こす。

 起こした火で肉を焼き始めた。


「もう肉ばっかで飽きてきたな」

「ずっと、同じ肉だもんなー。しかもくっせーし」


 とは言うものの、どれも彼らが各々の恩恵を活用して得た獲物。

 彼らは血抜きや解体というものを知らないまま適当にはらわたを取って血を抜いて皮を剥いで洗って洗っただけのもの。

 下処理を何もしていないから臭いが強く残った。


「美味いご飯が食べたいッスね」


 咀嚼するごとに口の中に広がる悪臭。

 肉とはこんなに不味いものなのかと思いも寄らない。


「やっぱり、女子を連れてきて料理してもらったほうが良かったんじゃないか?」


 野木は帝都を出てから、野営のたびに食べる不味い飯が不満で、女性なら美味しい手料理が作れるんじゃないか──と、そんな幻想を抱いている。

 彼らは女性に対してそれほど免疫があるわけではない。

 アラサーになるというのに色々と拗らせている異世界人。

 この世界の女性は結婚が早く同年代の女性は既に誰かのお手つきとなっていて、そういったことをする出会いに恵まれない。

 そうやって女性と触れ合う機会が少ないまま。

 冒険者として活動したいと願っても黒髪の異世界人は何かと目立つ。

 コレオ帝国では自由に行動できないから、それで、国外に出ることを決めた。


「たしかに……でもよー」


 帝都に留まっていれば、如月が皇帝について少しは自由になれたかもしれない。

 そう考えると惜しいことをしたかもしれないと思う澤幡。


「あっしは如月が怖かったッスよ。本当に皇帝を殺すんだもん」


 井之村は言う。彼らはこのアステラに召喚されてから一人も人を殺していない。

 十三年も経っているというのに、この世界に馴染めないのは、人を傷付けたり殺したりすることに対する忌避感を拭えなかったからだった。

 スキルを使えば殺すことは容易い。けど、奪ったり殺したり──それが怖くて周辺各国への侵略に駆り出されても三人は最後まで手を下すことはしていない。

 召喚された当時ですらクラスでは下位グループ。そんな彼らは人を殺める度胸がなかった。

 だから、目の前で皇帝を殺害し、更に、皇子とは言え子どもにまで銃弾を浴びせた如月に付いていきたいと思えず、彼らは帝国を去る決断をしている。


「でもさ、俺らって魔物とか魔獣とかは普通に狩れるのになー。言葉が通じたら……もう、ね」

「まあ、それで良いじゃねーか。俺らは人殺しに向かないゴミっつーことでよ。それに、これから行くエリニス王国って歓楽街がいっぱいあるっつー話じゃん。早く遊びてぇッ!」

「じゃ、休憩終わったら急ぐッスか! 日暮れまでに国境を越えるッスよ!」


 井之村が元気よく立ち上がると野木と澤幡も続く。


「国境を越えたら男になるッスよ! あっしらは魔法使いになれないッスから」


 エリニス王国で一皮剥けることを夢見て、三人の異世界人はゆく。

 しかし、彼らは異世界人。

 エリニスでも異世界から来た要人として扱われる未来が彼らを待っていた。


◆◆◆


 魔王城の奥の宮殿。その上層の一室にニコアは謹慎されてまもなくのこと──。


「ニコアちゃんってセア辺境伯領から逃げてきたって本当?」


 ニコアに与えられた一室に大西うた子がニコアの部屋に尋ねていた。


「は、はい……」


 おずおずと返事を返すニコア。

 ニコアにとって大西は前世の友人。

 どう接して良いのかわからず、黒髪の異世界人ということもあって、複雑な心境を抱えていた。


「どうやって、ここまで来たの? 一緒に来たっていうエルフのおかげ?」


 大西の尋問めいた質問にニコアはたじろぐ。

 異世界人を殺したい。

 でも、友達は殺したくない。

 だけど、ウタっちは私が入海いるみ丹恋愛にこあだって知らない。

 ニコアは強い葛藤に苛まれる。


「ララノアさんたちとは一緒に来たけど……」


 遠慮がちに小さな声で答えるが、クウガがいたからここまで来れた──という、それは言葉にできなかった。


「ほーん。私、ほかに誰かいたんじゃないかって思うんだよね。ニコアちゃんの言葉、歯切れ悪いし、ミローデさんだっけ? あの人も怪しいしさ」


 ニコアの祖母、ミローデはニコアが幽閉されている上層ではなく、下層の一室に軟禁されている。

 ミローデは外に出ることを許されていない。

 ニコアには知らされていないが、クウガに対する言動が罪に問われる形となった。

 ニコアが緩い幽閉で済んでいるのは、まだ少女であるため、温情によるもの。


「ご……ごめんなさい……」


 ニコアにも良心の呵責というものがある。

 前世で培った道徳観がニコアの心を揺さぶった。

 いっそのこと全部話してしまったら楽になれるのに──。

 そう考えたニコアは大西に打ち明けることにした。


「ウタコ様──じゃなくて……。ねぇ、ウタっち──アタシさ……」


 ニコアは入海丹恋愛として転生前後からの人生を言葉に紡ぐ。

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クラス転移に失敗して平民の子に転生しました ささくれ厨 @sabertiger

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