掘っ立て小屋 二
和気あいあい──。
テーブルを囲う異種族は相互の状況を確認し合うようにやり取りする。
『クウガもそうじゃが、異世界人もワシらと言葉が通じるのじゃな。リウの言葉もわかるようじゃし……』
『毎回のことながら私も驚いてます。言葉が違っても何故か理解できるんです。違和感が半端ありません』
『はっはっは。そうじゃろうな。その言語理解はスキルじゃろうが──』
ナイアと時庭が話している。
その内容を木曽谷が皇族に伝えていた。
「異世界召喚ではニューイットの権能で恩恵を与えていくつかのスキルを与えるそうです。その一つに言語理解が含まれていると古文書に記されていました。そうであれば異世界召喚された人間との意志の疎通ができると期待し、今代での魔族討伐の功績を上げて歴史に名を残したい父に命じられて、彼らを召喚しました」
ミル皇女は木曽谷に伝える。
そして、木曽谷からナイアへ──翻訳された。
帝国はあくまでも帝国。
周辺各国を攻めて領土を広げ支配地域を拡大する。
その中に魔族領も含まれていた。
魔族領を植民地化するべく強大な力を持つ魔族に対抗するために異世界召喚を敢行。
それが十三年前のことである。
その当時の様子をミルは語り始めた。
◆◆◆
あの日、私は父である皇帝陛下の下知を賜わった──。
「大規模召喚を執り行う。式はミルが行え」
大規模召喚とは禁書に記されている古代の魔法儀式。
アステラと異なる世界に存在する生命体を喚び寄せる禁呪とされていた。
この禁呪で召喚された生命体は無類のスキルを有し強力な能力を得て顕現するという。
その能力を利用して帝国の領地拡大のための戦力として皇帝は──父は望んだ。
帝国主義を掲げ周辺各国を統治下に収めてたとは言え、当時はまだ小国の域を脱しなかったコレオ帝国。
領土を拡大し、大陸を統一。そして、魔王討伐を掲げ偉大な皇帝として君臨する。
その野望を叶えるために、禁書に記された大規模召喚の執行を私に命令した。
大規模召喚魔法は女神ニューイットの権能により実行される。
儀式で使用する触媒はこの私の身。
私は父に快く思われていなかったのかと──母は私を守ってくださらなかったのかと──私は嘆いた。
それでも皇帝の命令には従わなければならない。
私が十六歳の誕生日を迎えるその日を異世界召喚の儀式を執り行う日と定めた。
召喚前夜。
母は私の部屋を訪ねて一緒に寝た。
「何もしてあげられなくて申し訳ないわ。私にもっと力があれば──」
母は悔いていた。この日まで何も言ってくれなかった母。
私に近付いたら泣いて城から連れ出したかもしれない。
けれど、私には何もできなかったのだ──と。
父の妻となり皇后として君臨すれど、父の──皇帝の力には抗えない。
母も嘆いていたのだった。
私の命は明日、尽きる。
私の身を供物に捧げて行う異世界召喚。
そんな最期の夜を私は母と二人で過ごした。
翌日の夜──。
私の護衛と称して皇帝直属のインペリアルガーディアンが付き添う。
私が儀式を完遂させるのを──私の最期を見届ける──そのための監視だろう。
日が暮れ、帝城の聖堂に宮廷魔道士が禁書に従って魔法陣を描く。
私はその中央に立ち、呪文を唱える。
(怖い……)
でも、インペリアルガーディアンたちは剣を抜き私に向かって構えている。
まるで死刑囚のよう。
いつこの生命が狩られるのか──。
それでも呪文を完成させなければならない。
言葉に魔力を乗せて女神ニューイットに祈る。
我らか弱き人間に魔族に抗う力を給わんことを願う……。
魔法がうまく行かなかったらどうしよう──。
そんなことも考えた。
私の命が奪われることはないはずだ。
父も必ず成功するとは踏んでいない。
何も起きないかもしれないし、凶暴な魔物が現れるかもしれない。
儀式が成功したら私の身命はここから消え失せるけど、成功なかったらどうなるのだろう。
禁書に記された呪文を編み、詠唱が進んでいくと魔法陣に描かれた魔紋がぼんやりと輝き出した。
何が現れるかわからない──。
インペリアルガーディアンは万が一のために剣を構える。
結果。
呪文は成功した。
異世界召喚は成功した。
魔法陣が輝き、私は聞いた。
『──大規模異世界召喚を受諾しました。アステラの女神──ニューイットの名の下、権能の使用が許可されました。異世界から人間を召喚──』
この魔法はシステムである。
私は最中に悟った。
心の中に流れ込む抑揚のない声が、大規模召喚魔法の成功を報せる。
『触媒の提供を確認しました。間もなく異世界から人間が転移します』
そうして魔法は実行された。
生贄だったはずの私は生きている。
それにはインペリアルガーディアンも驚いていて、武器を下げて私を見ていた。
これから何が現れるのかわからないというのに、彼らは何をしているのか──。
私は慌てて指事を出す。
「大規模召喚魔法が発動中です。これから何が起きるかわかりませんので警戒を解かないように」
インペリアルガーディアンが再び武器を構え警戒態勢を取る。
眩い光が次第に薄れ、床に描かれていた魔法陣は消え去った。
光が収まり、そこに残ったのは四十人近い少年少女。
誰もが私と同年代。
昨夜、母と泣いた夜を思い出し、彼らには申し訳ないことをしたのかもしれない。
そう思ったけど、私は生き残ったし、皇女として振る舞わなければならない。
彼らの様子を確認すると、転移に失敗したと思われる死体に群がる人だかりと、もう一つの死体をかき集めて抱き締める一人の少女が目についた。
それとキョロキョロと見回す数人の少年。
私はインペリアルガーディアンに命じて死体に群がる少年少女たちから死体を回収させる。
動転した様子が気になったからだ。
改めて見ると整った服。男女別々であるものの同じ衣服を身に着けていた。
見たこともない生地──。気になったが彼らを落ち着かせなければならない。
異世界人の言葉はわからないが、回収した女性の半身を確認してから私はもう一つの死体に向かう。
すると彼女の体がぼんやりと輝いて血みどろの体の一部がみるみるうちに傷が塞がり血の気を取り戻した。
人として形成されていないというのに、まるで血が通った生き物のような血色を帯びた人体の一部分。
これが禁呪によって異世界から召喚された人間が身につけるという特別な恩恵──。
「貴女、今、特級回復魔法を使ったわね?」
私は少女に話しかけた。
間違いなく回復魔法。そう思ったからだ。
それもこんなに即効性が強いものは一つしかない。
聖者や聖女にしか使えないという特級回復魔法。
私が彼女に手を差し出して近寄ろうとすると、後ろから男性の声がした。
「今のは魔法ですか?」
見た目の良い好青年。
彼は体の奥底に何か欲深いものを感じたが、それと同じく大きな能力があるのではないかと思えるオーラがあった。
その後ろには下卑た視線もあったが気にしないことにして、彼の質問に答える。
「そうよ。あなた達がここに現れたのも私たちの魔法によるもの。私たちの願いに応じていただいた女神・ニューイット様のお導きであなた達が選ばれてここに喚ばれたの」
そうして、私は異世界人との邂逅した。
儀式を終えて生き延びた私は女神に認められた巫女として担ぎ上げられる。
国民の前に出て、国民の崇拝に与るのは身に余る光栄。
でも、私は父に命を軽んじられた身。
素直に喜べない自分がいた。
◆◆◆
ミル皇女の言葉に彼女の母親のノラ皇后が涙を流していた。
「そういう経緯があったんだ。初めて聞いた」
木曽谷は言う。
「俺が城を出たのは召喚されて一ヶ月くらいだっけ」
「ええ。そうね。召喚の後は私があなた達の後見人に命じられて異世界人たちの教育についたの。中にはもう城から出たいというものもいたから自由を与えましたけど、貴方だったのね」
ミル皇女は召喚した生徒たちを一人一人忘れずに覚えていた。
ただ、俺と同じで当時十六歳の異世界人と、現在二十九歳の異世界人では印象が違って誰だか思い出せないといった様子もある。
時庭なんかが良い例だ。
『まあ、ワシらは攻められたからと言って恨んだりはしないが、人間の世界は面倒じゃの』
「ええ。本当に面倒よ。ナイア様のように武によって君臨されたほうが明確でわかりやすくて良いわ」
ナイアの言葉にミル皇女が返す。
ナイアは自分を象徴だと言っていたけど、内包する魔力から考えて並み居る魔族では彼女に勝ることはないことは断言できる。
まさに魔族最強の存在が魔王ナイアという魔人。
俺が煎れた食後茶を啜りながら「ワシはもう魔王ではないがの」などと言う。
「それにしても、このお茶は素晴らしいわね。このお茶を煎れてくれた平民の子を召し抱えられるのならもう一度、皇族として生きても良いかもしれないと思えたわ」
『クウガはならぬ。ワシが魔王に返り咲いた暁にはワシの側近として働いてもらうつもりじゃからの』
ミル皇女の言葉を皮切りにわけのわからない言い争いが勃発した。
『クウガのお茶は素晴らしいわね。エルフの里につれていきたいくらいよ』
リウはエルフ語で独り言ちる。
エルフ語はナイアやシビラ、皇族に伝わらないからだろう。
だが、さらに──
『この子、とっても美味しそうな魔力を持ってるのよね。それも尋常じゃないくらい。私のチャームにあてられてまんざらでもなかったみたいだったから、私もこの子が欲しいな〜』
──と、シビラが顎に右手の人差し指を充てがって悪戯な微笑みを向ける。
その視線には魔力がこもっている。おそらく
「クウガ──か……。どこかで聞いた覚えがあるようなないような……」
時庭は俺の名前、知ってるのか?
前世では誰とも話さないボッチでクラスでは名字でしか呼ばれないというほど浮いた存在だった自覚がある。
だからフルネームがわかる人間は居ない。
当然、ここで俺の前世の名前について口にすることはなかった。
『それで、どうしてミル皇女の命が奪われなかったのか。覚えはあるのかえ?』
話が戻り、ナイアは大規模異召喚魔法を使ったミル皇女が供物として命を奪われなかったことに興味を持ったらしい。
「いいえ。存じません。ただ、既に供物は頂いている──と、あの言葉は今でも鮮烈に覚えています」
『そうか。もしや召喚魔法で命を落としたというものがいた言っておったが、もしや、その者が供物になった──ということはなかろうか』
「それならば──確かに、なくはないですわね。異世界人が二名、命を落としました。もしかしたらその二名のうちどちらかが供物として召されたのかもしれませんね」
『そうじゃの……伝承のとおりならば、女神に命を捧げた──ということになっておるが、長命のワシらでも書や口伝以外では与り知らぬことじゃ……』
ミル皇女に委細を聞いてもわからずじまい。
ただ、本来ならば身と命を捧げたはずなのに、ミル皇女は生きている。
その代わりに死んだ者がいた。その生命を女神が戴いた──と、いうことだろう。
あのとき、俺は二週間の間、半死半生を彷徨ってから死んだ。
女神は俺ともうひとりという言葉を聞いた覚えがある。
つまり、あの大規模召喚魔法で俺ともうひとりのクラスメイトが命を落としたということになる。
きっとそのもうひとりが女神の贄になったんだろう。
彼女たちの会話を聞いて俺はそう察した。
それから少しの間、雑な会話を交えていたが──。
『で、これからどうする予定なのじゃ?』
ナイアは皇女たちの今後を訊く。
「魔都パンデモネイオスに向かうつもりです。途中、帝国兵を引き上げたという話を聞いていますし、聖女やセア辺境伯領の領民が逃れてきたということも伺いました。どんな様子か知りたいのです」
ナイアの質問に、ミル皇女は真剣な表情に整えてから返した。
『そうか。ワシは止めぬが、魔都が手薄になっているということを敵に教えて良かったのかえ?』
「私はもうなんの力もありません。いつかどこかで人間の手によって命を奪われるかもしれません。それでも、帝国の──皇族として為すべきことを成し遂げたいのです」
『それは大層な覚悟じゃの……』
「最期まで、コレオ帝国の皇女として──異世界人を召喚し、多くの民の命を奪ってしまった責務なのです。勇者を討ち、民を取り戻したい」
『つまり、貴様の敵は、勇者じゃ──と』
「はい。勇者は父を討ち、セア辺境伯領を滅ぼしました。多くの兵を失ったようですが、今もなお、兵力を整えております。民への弾圧も現在は強く、皇族として見過ごしていられません」
『国を追われてもなお、国と民を慮る──か。立派なことじゃな。だが、後ろ盾も何もなければ滅びるのみじゃろうて……』
「はい。ですから、ナイア様。私とともに戦っていただけませんか?」
『は? どういうつもりじゃ』
ミル皇女の言葉に、ナイアだけでなく、この場に居る者たちが驚きを隠せずにいる。
しかし、ミル皇女の言葉にも意図はあるのだろう。
誰かの保護下にあれば、少しだけでも力を振るうことができる。
今、ミル皇女にとって、その誰かが魔王ナイアだった。
「私は魔族領に興味はありません。ですが、帝国の民を勇者の手から取り戻したい──」
『それで、ワシに戦えと? もう一度、あの勇者どもと』
「はい。そのために私たちを保護していただきたいのです」
『ワシらになんの利益があるのじゃ?』
「まず、魔王城と魔都をお返しします。それから魔族領への不可侵をお約束いたしましょう」
『それだけでは足らぬやもしれぬぞ。ワシらは魔族。人間を餌にすることもある』
「ですが、今、お約束できるのはその二つしかございません。そう簡単に餌になるつもりはありませんが、その時は抗いましょう」
『はっはっは! そうか。ならば良かろう。ワシに考える時間をくれ。明日、答えを伝えようぞ』
ミル皇女は「良いお答えを期待します」と言って、この話はこれで終わる。
その様子を彼女の母ノラ皇后が目を丸くして見ていたし、ミル皇女の妹のメル皇女は「お姉さま、大丈夫なのです?」などと心配していた。
ニム皇女は何故か俺の隣で「あの──魔法を──」などと言っている。
ミルとナイアの間の会話を取り持っていた時庭と木曽谷は落ち着いて見守っていた。
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