魔都 一

 翌朝──。

 ナイアはミルへの協力に応じることを伝えた。

 そこで口を開いたのが木曽谷。


『アタシなら全員を魔都に入れるようにできるよ』


 木曽谷は偽装者という恩恵で人の目をごまかすことができるらしい。

 今までそうしてミルたち皇族をここまで運んできた──と、そう言っていた。

 それはミルからのフォローがあって信用に値した。

 魔都にさえ入れれば何とかなる。

 ということで、思い立ったが吉日とばかりに直ぐに掘っ立て小屋を出て荷馬車で魔都に向かった。


 魔都にはすんなりと入れた。


「資材をお持ちいたしました」


 門を守る守衛に時庭がさも当然のように伝えたら、なんの疑いも持たれずに、荷台の確認だけで済んだ。

 その荷台に俺とナイア、リウとシビラ、それと皇族の女性たちが乗っているというのに、それを資材だと完全に思い込んでる。

 これが木曽谷の偽装者か……。とんでもない恩恵だ。

 時庭は役者という恩恵を持っていて演じるのが得意──なので、守衛を騙すことが簡単だったらしい。

 使い方が上手ければ戦闘系の恩恵よりもずっと厄介そう……。

 荷馬車は門から魔王城に繋がる大きな街道を進む。

 途中、人間たちが左右にいたが、彼らはセア辺境伯領からの避難民のようだ。


「クウガはセアの者だったわね。ご両親をお探しのところ申し訳ないけれど先に魔王城に入りたいの。その後にクウガのご両親をお探ししましょう」


 俺が目で人々を追って父さんや母さんを探していたことにミルが気付いていた。

 気配を探っていたら騒がしい場所がところどころ。おそらく兵士が避難民に何かを問い詰めているようにも思える。

 しかし、今は皇女の言葉を優先しなければならない。俺は平民だから王侯貴族には逆らえない。


「申し訳ございません」

「よろしくてよ。私だって人の子ですから、ご両親を慮る気持ちくらい理解しているつもりよ」


 ミルは笑顔で俺の謝罪を受け取った。


「クウガ、顔を上げなさい」


 ミルがそういうので俺は顔を上げると「私を見なさい」とミルは言う。


「貴方の顔、覚えたわ。クウガも私の顔をよく見てくださらないかしら?」


 俺は皇族の女性たちの顔をこれまでよく見ていない。

 不敬だと思われかねないので顔を下に向けて目線を伏せていた。

 ミローデ様やニコアと一緒にいたときはニコアは領民学校の同級生だったということがあって顔を見ないわけにはいかなかったし、ミローデ様は旅を通じて顔を合わせないということはなかった。

 まあ、ミローデ様においてはなるべく目を合わせないように顔を見ないようには心掛けていたけど。

 そういうのもあって、更に身分の高いミルの顔を見ることは不敬である。そう思って止まなかったのが、ここに来て顔を見ろと言う。

 恐る恐る目線を上げて、ミルと目が合うと、彼女は優しい目で俺を見ていた。


「ラナ様によく似ているわね」


 唐突に母さんの名前が出てきた。


「母を存じていらっしゃるんですか?」

「ええ。爆炎の魔法少女──と言えば帝都にも名が轟くほどの美少女でしたのよ」


 母さんの二つ名──爆炎の魔法少女をミルが知っていたことにびっくり。

 歳が近いからもしかしたら憧れでもしていたのか。


「私、水属性魔法が得意だったからラナ様に私の講師をお願いをしたことがあったの」

「そんなことがあったんですね」

「ええ、銀級冒険者であることを理由に固辞されてしまいましたが、今思えば、あの時に皇族命令で金級に昇格させておけば良かったのよね」


 当時は母さんが銀級冒険者に昇格したばかりの頃らしい。

 銀級冒険者へ昇格した最年少という母さんの記録は今現在でも破られていない。

 それで帝都にまで名が広まり冒険者の間では話題になっていた。当然、それは王侯貴族の間でも広まりミルの知ることに──。

 歳が近いことで母さんのことが気になったミルは水属性魔法の使い手であることから魔法の講師を依頼することにしたのだとか。

 冒険者は階級に応じて活動範囲が決まっているから帝都で働くには帝都の冒険者組合で銀級でなければ王侯貴族の依頼を受諾することはできず、帝都が拠点でない場合は金級でなければならない。

 母さんらしく至極当然の理由で断ったそうだ。

 ミルはその時に母さんと面識があって、母さんの顔を覚えていた。


「当時のラナ様は立派なローブを纏っていて同性ながらうっとりするほど美しい見目だったの。今でも覚えているけれど、クウガはラナ様によく似ていらっしゃるわ」

「それは、どうもありがとうございます……」

「そういうことだから、私はクウガのご両親の捜索をお手伝いさせていただきましょう」


 屈託のない少女のような笑顔を俺に向けてくれたミル。

 皇族だと言うのに母さんの名前を敬称で口にするのは何故だろう。

 この様子をナイアも見ていた。

 こうして会話をしているうちに魔王城に到着。


「木曽谷様、ありがとうございます。ここからは偽装はいらないわ」


 魔王城の正面──。

 馬車の停留所に荷馬車を停めて、俺たちは下りた。


「で……でかい……」


 思わず漏れ出る声。


『これでも上層は崩れてしまったのじゃ。勇者の攻撃でな』


 ナイアの言葉。

 それでも見上げるほどの大きさで首が痛くなりそうなくらい。

 ミルは魔王城は初めてではないようでしっかりと表情を作って一歩を踏み出す。

 俺は一番うしろを歩こう──と思っていたら、


「クウガ、私の隣にいらっしゃい」


 と、ミルに命じられた。

 ミルに手を引かれて俺は魔王城に入る。

 ミル・イル・コレットの入城に兵士たちが騒々しさを増す。

 何しろ後ろには魔王ナイアとリウとシビラという幹部がいて、その後にノラ、メル、ニム。それと時庭と木曽谷と、二人の異世界人である。

 この異色の組み合わせは通りすがる兵士の興味を刺激した。


 魔王城の中心。

 中層の上部にあるスティギア評議室。

 ここに三名の帝国人がいる。


「お久しぶりでございます。ブラント・イル・カゼミール閣下、それと、ミローデ・イル・セア様にレオル・イル・セア様もご健勝そうで何よりです」


 ミルは自ら評議室の扉を開いて入室すると、彼らに先んじて声を発した。


「ミル殿下……それに、ノラ王妃殿下、メル殿下にニム殿下まで……」


 ブラントは久しく見ていなかった皇族の姿に声が掠れる思いで、彼女たちの名を口にする。


「クウガ……なぜ、ここに……」


 スティギア評議室は段状に席が配置されているからか、小さな声でもよく響く。

 ミローデ様は俺の姿を見て驚いた。


「彼は私が保護して連れてまいりました。何かございましたでしょうか?」


 ミルはエッジの聞いた声音でミローデ様に言葉を吐く。


「い、いいえ……何もございません」

「そう……でしたら──ブラント、良いかしら?」


 ミローデ様の弱々しい声は分が悪いからだろう。

 言い訳ができない。

 それはミルが第一皇女だからということもある。

 本来ならば大規模召喚魔法で命を捧げたはずのミルだから、異世界人の召喚に成功し、生き延びたことで女神に愛されし現人類の聖女として神聖視されている一人。

 異世界人の聖女──白羽結凪もまた神聖視されているが、ミルは結凪以上に崇拝されていた。

 しかし、異世界人の勇者による反乱で命を失ったとされた彼女だが、生き延びてここにいる。

 ブラントは亡霊を目にしたような表情だったが冷静さを取り戻し「なんでございましょう?」とミルの言葉に反応。


「そちらの方は──」

「レオル・イル・セア。ゴンド・イル・セアの息子にございます」

「セア家は滅んだと聞いてます。しかし、こちらに生き延びていらっしゃるということは──」


 ミルがレオルという青年と話していると、ミローデ様が口を挟む。


「ゴンドは死にました。セア家は私とゴンドの娘──私の孫のニコアがセルムから逃げて参りました。レオルは帝都からこちらに逃れてきました」

「それでは、セア家は現在、レオルが当主……で、よろしくて?」

「はい。皇帝陛下がいらっしゃらないので、ブラント・イル・カゼミール様が証人になってくださり、当主の引き継ぎを行わせていただきました」

「そう──そういうことなら、私、ミル・イル・コレット──コレオ帝国第一皇女の認を与えましょう」


 ミルの言葉で、レオルが跪き「殿下よりお言葉を賜り恐悦至極に存じます。この度より、私、レオル・イル・セアはセア家の当主として帝国に尽くすことを天地神明に誓います」と頭を垂れた。


「ん。良い。では、ミローデ様は控え室に戻っていただきましょう。ブラント様、レオル様、よろしいわね?」


 ミルはミローデ様に言葉を発する隙を与えず、ブラントとレオルにミローデを退室させるように命じる。

 カゼミール家の領兵に付き添われて、ミローデは従うしか無い。

 評議室を出る時、ミローデは恨めしい目で俺を見た。


「さ、お話をしましょうか? まず、こちらの方々を紹介させていただきましょう」


 ミルはブラントとレオルに際どい姿をした魔族とダークエルフの女性たちの紹介から始める。


 それぞれが自由に席に着いた。

 いや、俺だけが何故かミルの隣に座らされている。

 だから、壮年の美丈夫のブラント様とレイナのちょっと似た好青年のレオルが俺から近い席で視界に映る。

 平民の子どもの俺は肩身が狭い。

 ミルはここまでの経緯をざっくりと説明。

 勇者・如月勇太による皇帝の暗殺。

 如月によるデルメ、ドギの二人の皇子の殺害。

 ノラ、ミル、メル、ニムは異世界人によって幽閉され、暴虐の限りを尽くされていたが、時庭と木曽谷によって救出された。

 時庭と木曽谷の助けで帝国を抜けて魔王城を目指し、魔王城へ向かう途中に俺とナイアとの出会い、その後に訪れたリウとシビラのこともミルは口にする。

 それから最後にミルは訊く。


「聖女──ユイナ・シラハたちが魔王城に向かったと途中で伺ったのですが……?」


 時庭と木曽谷によって帝城から助け出された彼女たちの治療のために聖女に会わせるが当初の目的だった。

 ナイアの再生魔法によって回復したが、それでも、聖女たちとの合流を望んでいる。

 聖女の居所を訊いたミルにレオルが答えた。


「ユイナ様とはここまで一緒でしたが、つい数日前に魔都を出て行かれました」


 話によると結凪は他のクラスメイトの女子たち──女性たちとともに魔王城を訪れている。

 セア辺境伯領からの避難民と合流し魔都に入った聖女を中心とした異世界人。

 それとミローデとニコアと一緒にいた二人のエルフは地下牢に捉えたが数日前に脱走。

 そのタイミングと同じくしてレイナ・イル・セアと数人の平民と二人のエルフ、それと異世界人。彼女たちは魔都の南門から外に出たっきり戻っていない。

 レイナと数人の平民……レイナの名前で数人の平民が誰なのか俺にはわかってしまった。

 そうか……父さんや母さんたちとは入れ違いになったらしい。

 しかし数日前となると俺も南から来たけど人の気配は全くと言って良いほどなかった。

 とすればバラド街道を南下しているのか。ならば、バッデルに向かった可能性が高い。

 俺もバッデルに急ごう。そしたら父さんと母さんに、リルムとクレイに再会できる。きっとレイナも一緒。

 また家族で過ごせるようになる。

 ここで会えなかったのは残念だけど、再びバッデルに向かうことを俺は決心した。

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