異世界人 八

 魔王城の地下牢で、結凪はクウガのことをララノアから聞き出した。


『随分話したけど、ユイナは大丈夫なの?』

『私は大丈夫。これでも異世界人の聖女だからね』


 身分は保証されてる上に、皇族と同等、もしくはそれに近い扱いなのは聖女という恩恵を持っているからだ。


『これからラナさんのところに行って話してくるよ。もしかしたらその後にまた来るかもしれないからよろしくね』


 結凪は立ち上がり、レイナと一緒に地下牢から出ていく。


「何を話してるのかさっぱりね」

「本当にね。ララノアさんと会話できたのが不思議。自分でもちょっと気色悪いけどね」


 階段を上がり魔王城のエントランスに向かって結凪とレイナは並び歩く。


「ねえ、このままお姉さまのところに行く?」


 レイナが結凪に聞いた。


「そだね。ラナさんのところに行きたいかな。ここって居心地悪いし……」

「そっかー。たしかにここは居心地悪いよね」

「それと、あとで南門にも行きたい。クウガくんに会ってみたいって思ってたんだ。なんだかすごく気になってて」

「クウガに会いたいのかー。でも、クウガは誰にもあげないよ」

「それ、ラナさんが聞いたら怒るやつ」

「でもでも、クウガが煎れたお茶は本当に美味しいの。ずっと独占していたいくらいにね」

「いつもそれ言ってる。だから余計に気になってるのかもしれないわ」


 そんな他愛もない会話をしながら魔王城を出て結凪とレイナは魔都の外郭に向かう。

 歩くと一時間以上もかかる旧住民街にセア領からの避難民は隔離されていた。

 その旧住民街の一角。

 魔族の言語でエフイルの錬金工房という看板がかけられている大きな建物を訪れる。

 ここには異世界人が数名、滞在しているが──。


「お姉さま、戻りました」


 建物に入り、リビングの扉を開けるとそこはとても賑やかで、異世界人の女性が数名、ロインとラナの子たちと遊んでいた。

 ロインによく似た二人の子──リルムとクレイはとても人気がある。


「レイナさん、おかえりなさい」

「あ、結凪もいるじゃん。どうしたの?」


 などと、口々に言葉が飛んでくる。


「あれ、ラナさんはどこ?」

「ラナさんだったら工房で遊んでるよ」


 結凪が聞くと、一条いちじょう栞里しおりが返した。

 一条は聖騎士の恩恵を受ける異世界人の一人。

 真面目で硬派だと思われていた彼女だったが、ロインに一目惚れして彼を追いかけている。

 ここにはそういったクラスメイトたちが何人も入れ代わり立ち代わり入り浸っていた。

 そのために、ロインとラナはこの大きな建物を借りて仮の住まいとしている。

 一条からラナの居場所を聞いた結凪はレイナと二人で工房に向かった。


 工房では、ラナとひいらぎはるかが椅子に座って駄弁りながら手を動かしていた。

 ラナは魔女の恩恵を受ける柊と魔道具の研究をここでしている。

 この工房に残されたものは魔法に通じるラナの気を引いた。

 ここに来てまだ一週間足らず。その間、ラナは柊の助けを借りながら魔道具の研究を始めている。

 柊は無詠唱で多くの魔法を使うラナに憧れ、一時は自死を考えるほどだったのが、ラナに師事していた。

 ラナは使える属性こそ柊に劣るものの、一つの魔法の威力、細やかな調整など素晴らしい魔法技術と、魔法を使うときの魔力の流れの流麗さに心を奪われた形である。さらに、ラナの夫のロインの美麗さにも心が揺さぶられていて、柊はこの二人に自身の命が尽きるその時までついていこうとさえ思ったほど。

 そして、柊はラナの吸収力の高さにも驚いていた。

 異世界の知識や見聞を伝えると、次々と魔法でそれを形にしていく。

 魔道具もその一つだったのか、ラナは残された魔道具をイジっている内にその構造に理解を深め、アレンジを加えられるほど。


「錬金術って奥が深いわー」


 などと、ラナは言う。

 柊は魔女の恩恵もあって魔道具に対する理解は早い。その恩恵の補正で知った魔道具の働きよりもラナは素早く理解を示した。

 それは無詠唱で魔法を使える才能を有するのと同様に、魔力の扱いに長けていたからだった。

 そんな二人のやり取りが一段落。

 結凪はラナに声をかけた。


「ラナさん。クウガくんのお話を聞けました」

「クウガのこと、わかったの?」


 結凪の言葉に食い気味に椅子の背もたれに寄りかかっていた身体を起こして声を荒げたラナ。


「クウガはッ! クウガはどこにッ!?」

「それはまだわからないけど、セア家の奥様がクウガくんをここまで連れてきていたという話はエルフの女性から聞きました」

「本当!? なら、クウガはまだ門の近くにいるかもしれないんだよね!? 探してくるッ!!」


 ラナは結凪の言葉を聞いてなりふり構わず工房から飛び出した。

 少し歩いた先で夫のロインを見つけ「クウガが!! クウガがいるかもしれないんだよ!!」と一緒に南門を目指す。

 ありったけの魔力を使って身体を強化し、ロインと共に尋常でない速度で南門まで走った。

 しかし、クウガはいなかった。

 門を守る帝国兵に聞いても、そんなことは知らないと言われ、誰が通ったのかさえ教えてくれない。

 門から外に出ようとしても、許可の無いものを出すわけにはいかないと引き止められた。

 またも希望が絶たれてラナは消沈。

 ロインも同じくクウガとの再会が叶わず気を落としていたが、ラナを支えて工房への帰路につく。

 小一時間かけて工房に戻ると、落ち込むラナをリルムとクレイが慰める。

 こうしてなんとかラナは精神を保っていた。

 ほんの少しの物音でもラナは「クウガが帰ってきた!」と跳ね上がるほど、彼女は心を傷めている。

 結凪はそのために工房を訪れる。

 聖女の魔法で彼女を眠らせるために。

 そうでもしないとゆっくりと身体を休めることがラナにはなかった。


「いつも面倒をかけて済まないね」


 ラナが寝息を立てるとロインが結凪に謝る。


「いいえ。私、ラナさんの気持ちがよくわかるんです。だから気にしないでください」


 胸元のネックレスを結凪はそっと握った。

 まだ、思い出す度に胸がぎゅうっと締め付けられる。

 たった一言、言葉を誤り、幼馴染と疎遠になってしまった。

 結凪はそれでも幼馴染を想い、必死についていった。

 だけど異世界転移に幼馴染が奪われる。

 残ったのは彼の身体の一部だけ。それすらも消え失せて残った遺品が制服のボタン。

 ラナは家族を大事にしている。

 リルムとクレイがいるんだと奮っても、どうしてもクウガが気になった。

 二人の姉弟の手前、気丈に振る舞わなければならない。

 そうした責任感との狭間でラナは苦しんでいる。

 それによく似た体型ということもあってラナと結凪は互いに親近感を抱き合っていた。

 横たわるラナの横で、結凪は言葉を続ける。


「ロインさんにお願いがあるんです──」


 結凪は──ロインに魔王城の地下牢に捕らわれている二人のエルフを解放して欲しい──と、頼んだ。


「俺は侵入や解錠はできるだろうけど、警備の厚い地下牢で囚人を解放するなんてことは難しい」

「私も行きます。眠らせることくらいならできますから」


 結凪がラナに目線を送ると「そうだな。それならたしかに問題なさそうだ」と言葉を返す。


「エルフのおふたりはクウガくんのことをよく知っておいででした。なので、手がかりは掴めるんじゃないかと思います」

「エルフの救出はわかった。でも、それからはどうする? 捜索の手がここまで来るのは間違いない。そうなればこのままここに留まるわけにはいかないだろう?」

「私は魔都を出ようと思ってます。行く宛はありませんが、エルフのおふたりについていくのも吝かでないと考えてました」

「わかった。ラナが目を覚ましたらもう一度、話を聞かせてくれ。クウガが近くまで来ていて、魔都に入れなかったから、そう遠くないどこかにいるはず。それが分かればラナも反対はしないだろう」


 結凪はロインの協力が得られそうだと心の中で安堵する。


「そっかー。じゃあ、私もここで家を離れる覚悟を決めないといけないってことになるのね」


 結凪とロインの会話を聞いていたレイナが独り言のように言葉を発した。


「私らは結凪が行くって言うならついていくけどね」


 一条は結凪と共に行くつもりで、周囲の異世界人も同様で、帝都を出たときからすでに覚悟を決めていた──というより、彼女たちは単純にロインについていきたいだけである。


 そうと決まれば、それからは早かった。

 結凪の提案をラナは二つ返事で応諾。

 魔王城には夜、ロインと結凪の二人で忍び込み、聖女の恩恵によるスキルを使って一時的に眠らせてララノアとラエルを解放。

 それから直ぐに魔都パンデモネイオスの南門から外に出た。

 ロイン、ラナ、リルム、クレイの家族と結凪や一条を始めとした異世界人の女性たち、そして、エルフのララノアとラエル。

 南門を出てメルダへ続く道を南下しようとしたが、


「南には人の気配がするが、荷馬車が一台……魔都への荷物の運搬のようだ──」


 というロインの言葉と


『わたしたちはこっちから来たんだ』


 というララノアの声を聞いてラナたちは帝都の人間がメルダから来るかもしれないことを考えたらメルダに向かった可能性は低いんじゃないかと考え、バッデルへと通じるバラド街道を南下することにした。

 魔王城には大西を残すことになったが、彼女はレオルと結婚する。


──お幸せに。


 最後に彼女たちは大西との別れを惜しみ、大西うた子は彼女たちから離れた。

 こうしてロインとクレイを除き女性ばかりの集団は獣人の街、バッデルを目指す。


◇◇◇


 一方、その頃──。

 帝都では帝国軍の再編が着々と進んでいる。

 異世界人を含めた精鋭五千の大半がファルタで命を失い、賢者の高野など高い能力をもった恩恵持ち深手を負った。

 玉座に座る勇者、如月勇太はロマリー公爵家の当主となったデム・イル・ロマリーの報告を受ける。


「帝都に住んでいた多くの異世界人の行方を追っておりますが、未だに所在を掴めておりません。それから皇妃や皇女たちも同様で……」


 如月が皇帝を殺害し、皇帝の座につくと、転移後に帝都から出た生産系の恩恵持ちの多くが帝都を去った。

 皇帝の殺害に協力をした異世界人の女性たちも皇女たちの扱いを知ると嫌悪感を抱いて如月から離れている。

 残った者と言えばかつての一軍男子と評された陽キャ集団の数名。

 四十名弱の異世界人は命を失った者も少なくないが、かつての結束力は既に失われ、大陸各地に散り散りとなった。


「レイナの所在も掴めてないか……」

「はっ。調査団をメルダに向かわせましたが、既にメルダを発った様子で、小隊規模の追っ手を魔王城に向かわせました」


 如月はレイナ・イル・セアを忘れていない。一目で心を奪われ、必ずやモノにしたい──その気持ちは揺らがない。


「セア領のほうはどうなった?」

「現在は高野様の統治下に置かれておりますが、かつての領民は皆、土地を捨て避難民として魔王城に向かったようです。レイナや聖女様たちも避難民と行動を共にしているようでして新たに入植者を募っている段階です」

「そうか。セアの領民は白羽やレイナと一緒かもしれないのか……。白羽は俺たちに必要な女だ。レイナ同様、必ずここに連れてきてくれ──それと……」

「カゼミール領の制圧ですが、準備が整いつつあります。今後数週間以内に出兵できましょう」

「カゼミールの次は魔王城だ。魔王城のカゼミールを殺す。捜索中の皇族は見つけ次第殺せ」

「はっ。仰せのままに」


 デムは片膝をついて如月の言葉に応じた。

 新たな皇帝となった如月だが、手足になる臣下がおらず、政治や経済に対する知識に疎い異世界人では統治がままならない。

 それらのしわ寄せにデムは苦しむ。目が回りそうなほど各地を駆け回り、如月が課した重税や徴兵のために弁明することもあった。


──どうして、こんなことにッ!


 デムは異世界人は結束力があり、如月を慕っているものだと思っていた。だが、実際はそうではなく、一軍の言葉に渋々従っていたに過ぎない。

 玉座の簒奪が大きな契機となり、異世界人はバラバラになった。

 片腕を失った高野と、皇帝の座についた如月の板挟みになったデムである。

 自身の野心のために公爵家を継ぎ、ようやっと手に入れたはずの蜜月の時に溺れているはずだった。

 ゆっくりと身体を休めたい……。

 デムは疲労で重い身体にムチを打ち、帝都の屋敷に部下を集めた。


「カゼミール制圧の準備はどうだ?」

「準備は概ね完了しております。いつでも出発できましょう」

「流石だな。では三日後の朝、我らは帝都から出発するぞ」


 デムは実母との関係を周囲から疎んじがられているが、その反面で、東奔西走の日々を送り、誰にも文句を言わせないほどの仕事を熟して信頼を積み重ねてきた。

 そのため、何故かデムはロマリー公爵家の寄り子からの忠臣が厚い。

 勇者と関わらなければ、父を廃したのちにレイナと離婚してセア家に返すつもりだった。

 それでレイナに指一本と触れなかったことも彼の印象を保つ要因の一つ。

 そんなデムには妹がいる。


「ドレアをここに連れてきてくれ」


 ドレア・イル・ロマリー。

 彼女はデムの八歳年下の妹。実の息子を狂わせた母の血を色濃く受け継ぐ美貌の持ち主だが、デムはドレアに興味を示したことはない。

 しばらくして、訪れてきたドレア。


「お兄様。何のご用件かしら」


 ゴミを見る目で冷たく低い声をデムに吐き捨てた。


「お前にはファルタの調査を頼みたい。どうしても腑に落ちないんだ。調査方法はお前に任せる」

「え、普通に嫌なんですけど……」

「うまく行ったらお前が望む結婚相手を見つけてやる」

「それなら仕方ないわね。私が勝手に調査してその報告をすれば良いのね」

「そうだ。頼んだよ。ドレア」


 ドレアは行き遅れていることに焦りがあった。

 今のデムの地位なら相手を見繕えるだろう。

 ドレアは期待して、嫌々ながらファルタの調査を行うことにする。


「わかった。一人で行くからお金だけ頂戴」


 ドレアは恩恵持ちである。

 護衛や従者を必要としないのも恩恵があるが故。

 それが行き遅れの原因となっていた。

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