辺境伯家 三
ララノアとラエルを捕らえた騒動からしばらく──。
魔王城の一室にセア辺境伯家の面々が集まっていた。
ミローデ・イル・セア。
ニコア・イル・セア。
レイナ・イル・セア。
レオル・イル・セア。
それと、ブラント・カゼミールと異世界人の大西うた子の姿もある。
ブラントは娘のセイラがセア家に嫁いだことから、この場にいることを許された。
だが、大西は肩身が狭い思いでレオルの隣に身を潜める。
「そちらの異世界人の女性は何かしら?」
ミローデが取り仕切り、彼女の冷たい声がレオルを刺す。
「彼女はウタコ・オオニシ。異世界人ですが私の妻に迎えるつもりです」
「妻に? それはどういう理由で、でしょう?」
「私の子を身籠りました。私も良い年齢ですし、ウタコも少し歳は行っておりますが、互いに初婚を迎えるには良い契機かと思いまして……」
レオルはゴンドの七歳年下、レイナの四歳年下の弟。
そんなレオルの年上になる大西である。それを不服に思わないはずがないのがミローデという母親。
しかし、既に身籠っているということから、レオルの言葉を否定するわけにもいかない。
なにせ異世界人は皇族の客人であり、皇族直系の貴族と同等という扱い。
すでに皇帝は亡くなったとは言え、ミローデにとっては大西は皇族と同等の身分を持つ人間として扱わなければならなかった。
それを知っていたから納得ができないとは言え無碍にすることができず──。
「そういうことなら、こういう時ですし、母としては認めざるを得ません。しかし、こんな状況ですから結婚式を上げることは難しいでしょう。それでも、ウタコ様が我が家に嫁いでいただけるのなら歓迎いたします」
ミローデは妙齢を過ぎかけている大西を良しとしておらず、異世界人という身分から認めざるを得ない──だから、多くの子は望めないと思い、若い女を見繕えば良いだろうと、このときは考えた。
大西はそんなミローデの心の動きを読んでいたかのように、今後の人生計画を立てている。
「ブラント様。我がセア家は今後、レオル・イル・セアを当主とし、レオルの妻として異世界人のウタコ・オオニシをお迎えいたします」
「うむ。よかろう。このブラント・カゼミールが証人として見届けた」
こうして、レオルがセア家の当主となり、大西を妻に迎えることが正式に決まった。
これを見ていたニコア。
(ボロを出さないように気をつけなきゃ)
大西うた子は前世で交流のあった女子の一人。
だけど、ニコアは異世界人に対して怨恨が強い。それは大西に対してもそう。
古い友人を懐かしく思う気持ちの反面、殺したいほど憎いという相反する感情が入り混じった。
そんな複雑な内心でニコアはうまく言葉を選べない。
話が一区切りすると、今度はレイナが口を開く。
「お母様。クウガは一緒じゃなかったの?」
やや低い声で、冷たい感情を載せた声。
美声ながら聞くものの心に突き刺さる声音。
「ええ、そんな平民、知らないわ」
「では、どうやって、ここまで旅をしてきたかしら? ファルタで対岸に渡ったって聞いたけど、ファルタからここまでだって、とても遠いじゃない」
「先程のエルフが案内してくれたのよ。彼女たちは魔王と通じていたから、私たちもそれを利用させてもらったわ」
ミローデの言葉を聞いて、レイナはぐっと拳を握って耐える。
(お母様はクウガを知ってるようね。どうやって聞き出そうかしら)
内心ではそう思ってもレイナは言葉にしない。
解決法はきっとある。そう思っていた。
「それよりも、レイナはどうやってセルムから逃げ出せたのかしら?」
ミローデはセルム市の西門から逃れたため、北門から避難したレイナの状況は知らない。
レイナは魔王城に到着するまでのことを伝えた。
ラナが魔法で帝国兵を撃退──。
メルダで聖女たちと合流し、レオルと大西も後で合流──。
それから北上しながら途中途中で温泉を楽しんだりしたこと──。
最後に魔王城に到着して、セルム市からの避難民は魔都の、かつては魔人などの魔族が住んでいた空き家に仮住まいしていること──。
一通り話し終えて、レイナは大きく息を吐く。
「そうだったのね。そちらもいろいろあったようね。レオルとウタコは途中からレイナと合流という話だったけれど、帝都では何があったのかしら?」
帝都でのことについては大西が説明をした。
大西は自分が銃の製造を手伝ったこと以外のことを大まかに伝える。
勇者、ユウタ・キサラギが皇帝を銃殺して皇位を簒奪。
すぐさまセア辺境伯討伐のために帝国軍が編成されたことから、命の危険があったレオルを説得して一緒に帝都を出た。
馬を駆り北へ急いだ。到着したメルダで同じく先に出発していた異世界人たちとメルダで合流。
「そう。ありがとう。それで、今、この魔都には一万人ほどの平民が住んでいるということね。食糧などは足りてるのかしら?」
一通り話を聞き終えて、魔都に住む一万人のセア領からの避難民がいることがわかった。
食糧問題を憂うのは当然なのだが──。
「当面は、メルダからの支援があるので問題ない。だが、それもいつまで耐えられるかはわからん。帝国からの支援はないし、むしろ、帝国軍がカゼミール領への侵攻を計画しているという話もあるのでね。私のほうも困っていた。セア領からの避難民のうち、いくらかは徴兵に応じてくれようが、それでも十分とは言えぬ」
ブラントの言葉はミローデにとっては衝撃的だった。
「なんですって……帝国──勇者は一体何を考えているの?」
「それは私にもわからない。わかっているのはカゼミールへの侵攻軍をロマリー家が編成し始めているということだけだ」
ブラントは多くを語らなかった。
女に言ったところで伝わらないだろうと思っていたからだ。
事実、ミローデはブラントの言葉に感情が大きく揺らぎ、とんでもないところに来てしまったとさえ思った。
しかし、帝国と敵対するのであれば、ここに留まってカゼミールの庇護下に置かれるのは悪くない。
ここには新しく当主となったレオルがいる。領民がいるのなら、レオルのために動いてくれるだろう。
ミローデはこの状況を楽観的に捉える。
「そうでしたか、それでは──」
レオルをお役立てください──と、言おうとしたところでレイナが口を挟んだ。
「私、もう良いよね? 特に聞きたい話もなかったから戻るね」
クウガはここまで一緒に来ていたはずだ──レイナはそう推察していた。
クウガという名が言葉に出る度に過剰に反応するニコア。
それを静止しようとするミローデ。
こういったやり取りを何度か目にしていたら嫌でもわかる。
隠し事をできないひとたちだとレイナは嘲笑するが、それよりも、クウガを取り戻したい。
レイナにとって、セア家が無用であるように、セア家も当主が決まって出戻りのレイナはセア家には不要な人間に成り下がっていた。
だから、誰一人として、レイナが席を立ち、部屋を出ることを止めない。
「それでは、皆様、ご機嫌よう」
一瞥してレイナは去った。
魔王城の一室を出て城の奥──異世界人が住む居住区へと足を運ぶ。
「ユイナ、ちょっと良いかな?」
白羽結凪の部屋の扉を叩く。
「どうぞ」
結凪の声に誘われてレイナは部屋に入った。
部屋に入ると窓際に椅子を置いて外を眺める結凪の姿をレイナは確認する。
「ごはん食べた?」
「ええ、少しですが……」
「少し──って、食事事情があまり良くないよね。こっちが持ってきた食糧は帝国軍に接収されてるし、平民はもっと酷いもんだよ」
レイナはロインやラナの家族と過ごしているから平民と同等の食生活を送っている。
貴族や帝国兵の三分の一も与えられない食事に避難民は飢え始めていた。
「それはそうと、ユイナはエルフとお話してなかった?」
「はい。何故か言葉が通じて……」
「そう。どうしてユイナがエルフの言葉をわかるかは今はおいておいて、何を話したの?」
「クウガくんのことを話してました。ラナさんが探してるからと思って聞き出したかったんだけど、途中で遮られてしまって……」
「だったらさ、もう一度、エルフと話してみない? 地下牢に閉じ込められてるから一緒に行こう」
「大丈夫でしょうか?」
「それなら大丈夫。ユイナは異世界人で聖女様。帝国貴族では公爵家よりも高い身分で扱われてるでしょう? 持ってる地位と権限は使わなきゃ」
「そういうことなら、そうですね。行きましょうか」
結凪はレイナの誘いに応じる。
(くーちゃん……)
レイナの隣を歩きながら、結凪はいつもと同じく、心のなかで幼馴染の名を呟いて胸元のネックレスについたボタンを握った。
そんな結凪の仕草を見る度にレイナは、そんなに人を想えるなんて羨ましいものねと心の中で羨む。
私は早く世界一のお茶が飲みたいの。私はあの一杯のために生きてるんだから──と、クウガの無事を願った。
地下牢にはすんなりと入れた。
異世界人の聖女の言葉には逆らえないと感じる帝国兵である。
言葉の通じないエルフと意思疎通できる聖女らしい神聖さをより強く印象づけた。
『ニンゲンか……』
ララノアが収監される牢屋の前で足を止めた結凪にララノアが小さく声を発する。
『ごめんなさい。聞きたいことがあってここに来たの。お話してくれるかな?』
結凪は片膝をついて姿勢を下げて、牢屋の中で座るララノアの視線と高さを合わせた。
『こんなことしておいて話に応じると思える? ニンゲンって信用ならない』
ララノアは装備品を全て取り上げられて膝丈の囚人服姿。
手や足には枷がつけられていて自由を奪われていた。
人前で裸にされてニンゲンに肌を晒されたことを許せずにいるララノア。
それにエルフの王族に与えられた装備品の数々を没収されたこともララノアに怒りを抱かせている。
返してよ──と、そう言いたいが誰にも伝わらない。
従者のラエルと牢屋は離れていて意思の疎通を図ることができずにいて、気を紛らわすことができず、不満と不信感だけが募っていた。
『私はほら、この髪と目でわかるでしょう? ここの人間とは少し違うの。だから、貴女の話もよく分かると思う。もし答えたくなかったら何も言わなくて良いから少しだけでも耳を傾けて欲しい』
結凪はそう言って目を反らすララノアを真っ直ぐに見据える。
言葉が通じることに強烈な違和感を感じているが、それよりも、言葉が通じるのだから、それを役立てたいと結凪は考えていた。
『クウガという少年と来たって言ってたよね。彼からロインとラナという名を聞いたことはありませんか?』
『ああ、クウガが名乗るときにロインとラナの息子のクウガだと名乗ってたね』
結凪の質問にララノアはすんなりと答える。
この世界では見ない黒髪と黒い瞳は、その異質さもあって、最後に裏切ったミローデやニコアより信用できそうだとララノアに思わせた。
クウガが家族を探していることはララノアは何度も聞いていて、クウガが入れ違いになってしまったことが心配になり、彼の家族に伝えられるのであればと協力することにする。
『私はそのラナという女性のお友達なの。それでクウガくんのことをもう少しだけ聞きたいんだけど良いかな? ここにいる人間たちは私たちの話はわからないからいくらでも誤魔化せるし……』
『そういうことなら……話せなくもないけど……。貴女は割と話しやすそうな気がするし……』
『なら、よろしくね。もう少しだけ我慢してくれたらここから出せると思うし』
このとき、結凪は一つの考えに至っている。
ロインさんに協力してもらおう──窮屈になりつつある魔王城から出て、ロインとラナたちについていくのも悪くないと思えた。
何よりも幼馴染で想い人だった天羽空翔と同じ名前を持つクウガという少年のことが結凪は気になっていた。
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