魔族領 十
先に口を開いたのは異世界人でも誰でもない。
金髪碧眼の女性だった。
まだ完全に力が戻らない身体で必死に立ち上がり、俺とナイアを真っすぐに見据える。
「私はミル・イル・コレット。コレオ帝国皇帝、ダーム・イル・コレットの娘にございます。この度は命を救って頂き感謝いたします」
そう言って、ミルはカーテシーを披露して頭を下げた。
彼女の言葉をナイアに伝えると、ナイアは改めて自己紹介して返す。
『──とは言っても、ワシは城を追われてもう魔王ですらないんじゃがな』
と、それを伝えると、ミルは目を伏せて言う。
「それでは私と変わりませんね。異世界人に国を奪われ、こうして、異世界人に助けられ、敵対していた魔王に命を救われた。私は皇族とは言え、父を殺され国から逃れた身──平民と変わらないただの女です」
自らを皇族と称する彼女は目を伏せがちで自虐じみた表情を見せた。
ナイアは魔王の恩恵を受ける勇者と対をなす存在だろう。
それを理解しているからか、ミルがナイアを敬う様子が伺える。
「それはそうと、魔王ともあろう貴女が何故、人間の子どもを連れていらっしゃるのかしら?」
ミルは俺の顔を見た。
当然、目があったけど、皇族というだけあって確かに美人だ。
『此奴は迷子でな。ワシが身を隠していた海岸に迷い込んでおったんじゃ。聞けば人を探しているというので、メルダまで届ける途中でのう』
「そうでいらっしゃいましたか……お探ししているのはご家族かしら?」
ナイアの説明を聞いたミルは俺の顔を覗き込む。
「はい……」
「住まいはどちらで?」
「セア辺境伯領セルム市です」
「あら……セルム市……ですか……」
ミルはそう言うと眉間にシワを寄せて考え込む。
「セルム市は勇者の命により異世界人が滅ぼしました。現在はロマリー家の支配下にあるそうです。それと──」
セルム市からの避難民はメルダに到着したあと、異世界人たちと一緒に北を目指したらしい。
そうだとしたら、ここまでの道のりで俺たちとすれ違っていたはず。
つまり、セルム市からの避難民は魔王城──魔都パンデモネイオスに到着しているのだろう。
「俺……私は魔王城のほうから来たんですが、そういうことならもう着いているのかもしれませんね」
俺は魔都に入ることができない。
けど、皇女が──皇族がいたならどうだろう。
父さんと母さんに合流できるんじゃないか。そんな期待を寄せていたが……。
「私は帝国に追われる身。お力になれなくて申し訳なく思います」
そう言ってミルは目を伏せた。
「だったら俺たちで見に行ってやろうか? 白羽たちが行けるなら俺と木曽谷も行けるだろ?」
黒髪の青年が──どことなく見覚えはありそうだけど、面影を思い出すことができない。
彼の隣にいる黒髪の女性もおそらく転生前の俺のクラスメイトだと思う。
女子とは目を合わせたことがないから顔すらわからん。
俺が生まれて十二年……今年で十三年になる。
もううろ覚えだけど、クラス転移したらしいから当時十五歳、十六歳だった彼らは今年で二十九歳か。
俺はそのクラス転移に失敗して死んでしまったから、こうして新しい人生を送っているわけだ。
白羽というのは結凪のこと。結凪もアラサーか。もう幼馴染という感覚はない。
今生ではニコアがそれに当たるのかもしれないけど身分が違うし、あまり関わりたくない感じだし。
そう考えたらニコアは前世の俺にとっての結凪に近い存在ということになるね。
とはいえ、俺としては異世界人の協力を得ることに忌避感が残る。
日常を奪った虐殺者だからだ。
「そんな怖い顔しないでよ」
黒髪の女性が俺の表情を読み取って言葉を挟む。
「キミの故郷や友達を奪った異世界人と同郷だっていうのは間違いないけど、アイツらとは無関係だから」
そうは言っても俺にとって異世界人は異世界人。
忌むべき対象でしかない。魔都に行って父さんや母さんがいたらまた殺すのか。
俺にはそうとしか思えなかった。
「クウガ。待ってください。私からも時庭様と木曽谷様にお願いさせていただきたいのです。魔都の様子は知りたいところ。貴方にとっても悪くない話でしょう? 魔王にとってもそうでしょう?」
ミルは俺を諭す。
そして、ミルの口から出てきた時庭という名前。
そうか、コイツが時庭大成か。
男子なら辛うじて思い出せる。女子と違って体育の授業なんかで一緒だったりするわけで、行事でも何かと接点はあった。
ともあれ、彼が時庭と言われたらそうなのかもしれない。当時の面影が少なからず残ってる。
なるほどなるほど。異世界から転移してきて十三年。それだけの時間があればこの世界に染まって印象や雰囲気がかわるのは当然か。
転生前後のことを思い出しながら、ミルの言葉をナイアに伝えると、ナイアは──
『うむ。そうじゃな。ワシとしても悪くない話。乗るとしよう。クウガも良いな』
と、言う。
ここまで送ってもらった恩もある。
この場は剣を収めて一時休戦としよう。
ナイアの言葉を受け入れて俺は、彼ら、彼女らと行動をともすることにした。
ミルにナイアが同意したことを伝え、俺とナイアにとっては来た道を戻る──異世界人と皇族たちにとっては魔都に向かって荷馬車を進める。
◇◇◇
少し遡り、クウガを門外に置き去りにしたミローデとニコア、それと二人の後ろに続くエルフ族のララノアとラエル。
『久し振りだねぇ』
『久しく来ておりませんでしたね。ところでクウガは……』
『あ、いないね。どこに行ったのかな? 迷子?』
ララノアとラエルが話しながらミローデとニコアの後ろについていたらクウガが逸れてしまった。
『ねえ、ニコア。クウガがいないの。逸れちゃったみたいで、探してきて良い?』
『クウガなら、門にいた兵士に預かってもらったの。彼は平民だから、まだ、都市に入れるわけにはいかないからってお祖母様が言ってたわ』
『そっか。そういうことなら言ってくれたら私はクウガと一緒に待ってたのに……って、また身分だよね? ニンゲンってそういうのほんと好きねぇ』
ララノアは帝国貴族の身分に対する考え方をニコアやクウガを通じて理解はしている。
しかし、納得をしたわけではない。
ララノアの故郷では身分はあっても、それで差別的な扱いをすることがない。
長命種であるため、人口は少ないため、そういった土壌にならなかった。
『じゃ、わたしらは用事を済ませてクウガのところに戻ろう。良いよね? ラエル』
『承知しました。姫様』
ララノアとラエルはミローデの後についていく。
ミローデとニコアの左右には帝国兵が引率として同行。彼らの案内で足を進めていた。
どこに行くかは知らされていないが、ニコアから『魔王城には縁のある帝国貴族が滞在しているので、これまでの報告と状況の確認をします』と聞いている。
以前、ララノアの従者として仕えていたリウとエフイルの安否は、ミローデの用が済んだ後にする予定で、それはミローデやニコアに伝えている。
ララノアはニコアと親しく過ごしていたことからミローデとニコアを信用しきっていた。
『ここからは馬車でお城まで同行願います』
しばらく歩いていたら、馬車の停留所に案内された。
ミローデ、ニコア、ララノア、ラエルの順に馬車に乗ると、最後に帝国兵が一人乗車し、御者席でもうひとりの帝国兵が握る。
「ニコア、ここからは私が良いと言うまで、エルフたちとお話してはなりませんよ」
馬車の進行方向に向かって座るミローデはニコアに言う。
「どうしてですか? クウガのことも気になります」
「私たちは貴族として振る舞わなければなりません。エルフもそうですし、平民に対してもそう。いくらお世話になったと言っても、ここには他の貴族の目がありますから、軽はずみな言動は控えなければなりません」
「それでは、クウガはどうなるのでしょう?」
「彼には安全な場所で少しの間、待っていてもらうだけですから大丈夫よ」
ミローデとニコアの言葉はララノアとラエルには届かない。
エルフのふたりは帝国語がわからなかった。
魔王城に到着し、馬車からおりて城のエントランスに入ると、そこには、
「お母様! それに、ニコアも! 無事だったのね」
ミローデの娘、レイナの姿があった。
「お母様! よくご無事で……」
感極まりないとばかりにミローデに抱きついたのは彼女の息子の一人、レオル・イル・セア。
彼の後ろには黒髪の異世界人の女性が立っていた。
レイナはニコアの頭を撫でて、
「無事で良かった。よく生きてたわね。クウガは一緒じゃなかったの?」
と、聞いた。
「クウガは……」
ニコアが答えようとしたところ、
「私から説明するわね。けど、その前に、ここを治めているのは──」
レオルから慌てて離れたミローデがニコアの言葉を遮り、周辺を確認する。
「お久し振りです。セア辺境伯領が陥落したと聞いたときは耳を疑いました。ご無事で何よりです」
「ブラント様……。ご無沙汰しております。セルムが異世界人に攻め込まれて命からがら逃げ延びましたが、残念ならゴンドやセイラは……」
ミローデは言葉を詰まらせた。
セイラはブラントの娘。ミローデの言葉を聞いて右手で目頭を抑えて涙を堪える。
「セイラは犠牲になったのか……」
それから軽く状況を交換すると、ミローデはブラントに聞く。
「そちらの異世界人は?」
「彼女たちは帝国から離脱した異世界人で──」
異世界人たちは自ら名乗る。
ニコアは彼女たちの姿を見て驚いた。
最後に見たのは転生前。
今では十六歳年上の女性たち。
中には親しくしていたことのある者もいたが、生まれ変わった自分が馴れ馴れしく接するのは気が引ける。
ニコアは控えめに名を名乗ることにしたが──。
「きゃー、この子、可愛い! ね、何歳?」
「ここまで大変だったでしょ?」
などと、構われる羽目になっていた。
『ラエル。この様子じゃ、ここにリウはいなさそうだし、エフイルを探しに行ってクウガを迎えに行こうよ』
『そうですね。馬車から見た様子だと、エフイルの無事は難しいでしょう』
『ん、じゃ、エフイルの工房に行ってからクウガにいる南門に行こう』
ララノアとラエルの会話に耳を傾けていた異世界人──聖女と呼ばれ、この城で魔王を討伐した一人である白羽結凪。
彼女は異世界転移していたから、彼女たちの言葉が通じた。
『あ、あの、クウガというのは、人間の子どものことでしょうか?』
結凪は
もう十六年も立つというのに疎遠になってしまった幼馴染で想い人の天羽空翔の形見である袖ボタンを縫い付けたネックレスを首に下げている。
そんなだから、クウガの両親──ロインとラナからその名を聞く度に空翔のことを思い出す。それで一度は会ってみたいとすら思っていた。
『あ! 貴女もエルフの言葉が通じるの?』
『あ……本当ですね。どうしてわかるんだろう……?』
結凪だけじゃなく、この場の異世界人は、他種族、他言語にふれる機会がなく、これが初めて。
ララノアに指摘されて結凪は強烈な違和感を感じた。
『あの、貴女も──ということは、私だけじゃなくで他にもいたということですよね?』
『そうだよ。クウガも、ニコアもエルフ語が通じるんだよ。二人はエルフ語だけじゃなくて獣人の言葉もわかるんだよ。子どもなのに凄いよね』
おずおずと訪ねた結凪にララノアはにこやかに返答。
そこで「お待ちなさい」と、ミローデが遮る。
「その二人は魔族領の亜人よ」
ミローデから発せられたこの言葉だけで十分だった。
「なにッ! 魔王の手下かッ!!」
ブラントの大声で魔王城のエントランスに緊張が走る。
帝国兵がララノアとラエルを囲み槍の切っ先を突き立てた。
「捕らえろ!」
ララノアとラエルは一瞬で捕縛されると、
『ねえ、どういうこと! ニコア、どうして?』
ララノアは声を上げてニコアに訴えた。
『ララノアさんっ!! ごm……』
ニコアが駆け寄ろうとしたが、ミローデが遮り、ニコアを静止。
『くっ……やはり、ニンゲンはニンゲンか……』
ラエルは小さく狼狽してミローデを睨みつける。
ララノアとラエルは地下牢に囚われの身となった。
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