魔族領 五

 少しばかりの交流を経て──。


『ねえ、クウガにお願いしたいことがあるの……』


 ララノアが俺に頼み事をする。


『なんでしょう?』

『死者を送るから、火をかけてほしいの』


 ララノアはそう言ってラエルが組んだ櫓に並べられた死者に顔を向けた。

 櫓の近くにはラエルがいて、並べられた死体の中央にはヤヴァスと呼ばれた女性のエルフが横たわっている。

 彼女と共に櫓に寝かされた獣人の女性たちも含め身体を布切れで覆われてセンシティブな部分は隠されていた。

 そして、それとは別に少し離れた場所にはゴブリンの死体が積み重ねられている。


『姫、死者を送る前に先にこちらを処理したほうが良いかと──』


 ラエルが言った。


『そうね。死体の臭いで何か来そうだもんね。わかった』


 ララノアがラエルの進言を聞き入れて──


『聞こえてたよね? そっちを先に頼める?』


──と、俺に言う。


『わかりました』


 ララノアに返事をすると、俺の袖を掴んでいたニコアが離れる。

 彼女は俺とララノアのやり取りを聞いていたらしい。


「ミローデ様、火の魔法を使うので安全な場所に──」

「お祖母様、クウガがゴブリンを燃やしてから、被害者の遺体を弔うので、私たちは洞窟の入り口まで下がりましょう」


 俺が避難を促すと、それを途中で遮ったニコアがミローデ様と巣穴の入り口に移動を始めた。

 ニコアとミローデ様が移動したのを確認してから、ゴブリンの死体の山を燃やす。

 結構な魔力を使うけど、目が覚めてから調子が良いので、できる限り高い温度で一瞬で焼き尽くすことにした。


『凄いわね……キミ、本当にニンゲン? エルフでもここまで威力のある魔法を使える人は滅多にいないけど』


 ララノアが驚いた様子を見せていたが、その隣のラエルも目を見開いている。

 母さん譲りの俺の魔法はエルフにも通用するらしい。


『魔法は母さんの見様見真似で覚えたもので、母さんもこのくらいならきっと使えると思います』

『へえ〜。クウガのお母さんも魔法を使うんだね。こんなにすごい魔法を使えるひとはエルフでも少ないのに、ニンゲンでこんな魔法を詠唱しないで使うって凄いことだよ』


 ララノアは大げさに感嘆していた──が、さっと表情を変えて──


『さて、ヤろっかな』


 そう言って、ラエルが作って死体を並べた櫓に向かって足を踏み出した。

 櫓の周りには生き残った獣人がいる。

 中には知人が櫓に寝かされているのか櫓に目を向けて泣いている女性もいた。


『さて、このままにしてたらアンデッド化したり魔物が寄ってきちゃうから、わたし──アラノアの娘、ララノアがわたしたちエルフ族の儀式に則って死者を弔いましょう』


 ララノアはそう言って、剣を地面に突き刺して櫓へ近づいた。

 なお、獣人たちにエルフの言葉は通じていない。

 雰囲気だけで頷いているだけだった。

 それでも通じてそうなら問題ないだろう。

 それからララノアが祭壇に見立てた櫓に向かって祈りを捧げる。

 手を合わせて指を組み櫓に顔を向ける獣人たち。

 ララノアの後ろでラエルも右手を胸の前で握って目を閉じていた。


『──死と生を司る夜の神ニューイット様。この者たちの彷徨える魂を御神のもとへお迎えくださることを給わん──』


 ララノアの祈りは続き、祈っていたラエルが俺の肩をトントンと小突く。


『櫓に火をかけてもらえないか』


 どうやら祈りの最中に火を付けるらしい。

 ラエルの言葉に従って俺は櫓に火を付けた。

 先程ゴブリンを燃やした蒼白の炎ではなく、赤い炎。

 櫓の中まで熱が均一になるように風を送り続けた。

 魔法で創られた風に巻き上げられて炎は高く燃える。

 すると、ララノアの身体からぼんやりとした光が浮かび、炎の上には見覚えのある姿が見えた。

 スケスケの服でいろいろと見えそうな爆乳の女神。


『我がしもべ、エルフの女王・アラノアの娘、ララエル。貴様の願いを叶えよう。この者たちの魂は輪廻に還り、来世の訪れを約束しよう──』


 女神は両手を掲げると、真っ赤な炎が大きく渦巻いて一瞬でかき消える。

 火が消えた櫓はそれごと消失し、死体は見事に綺麗に消え去っていた。

 こんなことはセルムに住んでいたころどころか、ファルタに住んでいたときでもなかった。

 むしろ死者を弔う祈りはニンゲンとエルフではこうまでことなるものなのかと。


『我が寵愛を授けし貴方──』


 女神は俺の顔を見た。


『──いずれ何処かでお会いしましょう』


 それだけ言いうと女神は姿を消す。

 静寂を迎えたゴブリンの巣穴の入り口。

 ララノアが俺の顔を見つめていた。


『キミがニューイット様の寵愛を授かりしニンゲンってどういうこと?』


 女神の言葉はララノアにも聞こえていたらしい。


『いろいろ事情があって……』


 そう答えたら、ララノアは訝しげな顔になって俺の顔を覗き込んだ。

 死者を送る祈りはもう終わったらしい。

 それにしても距離感がバグってるんじゃないか──このエルフ。


『ち……近いです……』


 あまりにも美麗なご尊顔をお持ちのエルフ様である。

 至近距離まで来られると、その何もかもを見透かして捉えてしまいそうな真銀色の瞳に、心が奪われてしまいそうになる。


『教えてくれないの?』

『お……俺にもわからないんです』


 圧倒されるほどの美しさ──とは、こういうことなのかもしれない。

 それで俺が後退ると、ララノアは更に俺との距離を詰めた。

 やばい──やばい──。

 心の中で慄いていたら、助け舟がやってきた。


『姫、その辺で勘弁してあげたらおいかがでしょう』


 ラエルである。

 しかし、彼女の様子から、ニューイットが見えていなかったのか。


『何があったのか、存じませんが、とても神聖な気配を感じました。祭壇と彼から──。あれは何だったのでしょうか?』


 ラエルの言葉のおかげでララノアの追及の手が弱まった。

 やっと離れてくれて、早くなった俺の鼓動が静まるのを待てる。


『そうだねー。かいつまんで話すと──』


 ララノアは周りに聞こえない程度にラエルに顛末を伝えた。


『そんなことが……だったら致し方ございません。ということであればしばらくの間は──』

『一緒に行動するのも悪くないって思えたんだ。ヤヴァスのことは残念だったけど、これは女神様の思し召し──エルフの巫女としては放っておけない事案よね』

『そうでございましょう……』

『そんなわけで、一段落したらお話させてもらおうよ』

『承知いたしました』


 ララノアとラエルのやり取りは小声だったけど俺の耳にしっかりと届いている。

 そんな感じで、この場は落ち着きを取り戻し始めた。

 櫓があった場所は少し時間が経過しているというのに光の粒子がゆっくりと揺蕩って、そこには生きた物が──死者がいたのだと、その存在を讃えているよう。

 獣人のひとりが──


『私、バッデルの町に戻ろうと思うけれど皆さんはどうされるんですか?』


──と、口を開いた。

 獣人は女性でもそれなりの戦闘力があるという。

 魔王城から遠くに追いやられた弱小種族とは言え、個の能力では人間は獣人に敵わない。

 障害がなければ一人で戻ることも可能だろう。

 彼女の言葉で皆、一度バッデルに戻ることにしたそうで──。


『エルフの神官様。同朋を弔ってくださって感謝いたします。私たちはバッデルに戻ろうと思います』


 ララノアに感謝を伝えた。

 獣人の言葉が通じないララノアに俺が間に入って通訳をする。

 不思議なことに、意識を向けている人に対して伝える言葉が自然と頭に浮かんでくる。

 未知の言語だというのに、まるで母国語を──コレオ帝国語を喋ってる感覚と全く同じで、初めて喋る言語でもスラスラと言葉が出てくるから気色悪さがあった。


『わかったわ。あなた達は強いと聞いているから大丈夫だと思うけれど、また拐われないように気をつけてね』


 ララノアの言葉に獣人たちは一同に『ありがとうございます』と言葉を返す。

 さすがにそこまでララノアに訳さなかったけど、雰囲気と表情で悟って笑顔で見送った。


『どうして私たちの言葉だけじゃなく、獣人の言葉まで通じるのか? それだけじゃなくて、他にも聞きたいことが山程あるの。聞かせてもらえる?』


 ララノアは追及の手を緩めるつもりは一切ないようだ。

 とは言え、言いにくいこともあるし、ニコアとミローデ様の手前、俺が主だって言葉を発するわけにはいかない。


『すみません。言いにくいこともありまして……』


 俺は逃げることに徹した。

 ララノアは全く引かないけれども。

 それでも、ゴブリンの巣穴の入り口で待つニコアとミローデ様に合流できた。

 ララノアとラエルも一緒に。


『待たせて悪かったわね。ああやって死者を弔わないと魔族領では死体がアンデッド化することがあるの』


 ララノアは長い時間、待たせてしまったことを謝罪する。


『いいえ。あのお祈りが本当に女神様に届いたのを見て感動しました』


 ニコアがエルフ語で返した。


『そう言えば、あなたもエルフ語を喋るんだったね。それもとても自然に』

『ありがとうございます』


 確かにニコアのエルフ語はとても自然だ。

 なぜそこまで流暢に言葉を紡げるのか不思議である。

 ララノアに褒められたと捉えたニコアは喜んだ様子だったけど。

 そんなエルフの言葉がわかることよりも、ララノアはもう一つの疑問があったらしい。


『そんなことよりも、あなた。女神ニューイット様を見ることができるのね。ニンゲン側の巫女?』

『ニンゲン側の巫女? それはどういう意味でしょうか?』

『ニューイット様の恩寵を授かった女神の使いといったところかな──わたしは魔法の方はてんでダメだけど、恩寵のおかげで武芸の類がエルフっぽくない感じでさ』


 ララノアはそう言って腰に下げた剣の柄を握ってアピールする。


『恩寵のせいで里から出たらダメだったんだけど、魔王城に行ってるわたしの昔の従者をお迎えするために飛び出しちゃったんだよね』

『……そうなんですね。私、武芸の類は全く上達しなくて……女だから当たり前だと思ってましたけど』

『多少のことなら魔法だって使えるけどね。そうかそうか。こうしてニンゲン側の巫女に出会えたのもなにかの縁だし、あなたたちの旅の目的を聞いても良い?』


 ララノアとニコアのやり取りから俺たちはここまでの経緯を打ち明けた。


『へー。それで魔王城を目指してるんだね。目的地はわたしたちと同じだね』


 ララノアはニューイットの恩寵を受けてエルフの女王の娘として産まれたらしい。

 当初は四人の従者がララノアに仕えて彼女の成長を見守っていた。

 それからしばらくして、ララノアが成長すると従者のうちの二人が辞職してエルフの里から出て魔王城のある魔都パンデモネイオスに居を移したのだとか。

 その後、コレオ帝国が魔族領に攻め入るまでは平和だったけど、コレオ帝国が魔族領に攻め入り、魔王城は陥落。

 で、ララノアは一人で里を出るつもりだったが、彼女に長年仕えるラエルとヤヴァスというふたりの従者が彼女の旅に随伴。

 数百の魔物の群れに襲われてヤヴァスと逸れ、彼女を追いかけてここまでやってきた──というのがララノアたちの旅路だった。


『良かったら、わたしたちと一緒に魔王城を目指すっていうのはどうかな? あなたたちだって心許ないでしょ?』


 そしてララノアは提案する。

 確かに俺とニコアとミローデ様では心許ない。

 ララノアやラエルと言った手練がいても、こういうことになるのだ。

 魔族領は魔王城に近付けば近付くほど強い魔物が棲息する。

 決して安全とは言えない旅だから、俺は是非応じたい。

 それをニコアとミローデ様がどう判断するか。

 平民の俺には決定権がなかった。

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