魔族領 四

 戦闘から離脱して無事に旅は進むはず──そう思っていたけれど。


「どうやらこの先にゴブリンの巣穴があるようです」


 ゴブリンとの戦闘から二日ほど。

 北に歩いていたら村の気配。

 村なら休めそうだと思って向かってみたら、そこはゴブリンの巣穴。

 父さんの見様見真似で覚えた気配察知もまだ未熟で、前回はバッデルの町を引き当てたけど、今回は魔物の巣を見つけたらしい。

 ゴブリンは鼻が良い。

 これ以上近づけば俺たちの存在に気がつくことだろう。

 だけど、おそらく、ゴブリンが索敵し得る範囲に入らなければ街道を抜けることができない。


「ゴブリンの群れから逃れて進むことはできないのかしら?」


 ミローデ様は言う。

 俺もできることならそうしたい。

 しかし、どうにもならなさそうだ。

 北へ向かい魔王城を目指す。そのためにはこの道を進まなければならない。


「ここを抜けなければ北へ進めないようです」

「では、メルダに続く道はどうでしょう?」

「メルダに向かうにはこの街道を北に進みそれから東に枝分かれした街道に進む必要があるそうです」

「そう……。それならここを越えていくしかないということね」


 ここを越えるためにはゴブリンの巣をなんとかしなければならない。

 どうしようか──。

 しばらく、考えていると俺の索敵範囲にふたつの気配がひっかかる。

 ゴブリンの気配とは違う。

 何者か。獣人かと思ったけれど微妙に違うのかも知れない。

 俺の気配察知では詳しいことまでは分からない。

 しかし、その気配はゴブリンの巣穴を目指して動いているのがわかる。


「巣穴に近付く気配があります。もしかしたらそれを利用して街道を抜けられるかも知れません」


 ミローデ様とニコアにそう伝えて再び移動を始める。

 巣穴に近付く気配よりもゴブリンたちに近づかないように距離を取りながらゆっくりと歩く。

 しばらくすると、ゴブリンは気配に気が付いたらしい。

 おそらく俺たちの気配も悟られていることだろう。

 それでも、もう一つの気配のほうが断然に近い。

 ゴブリンは何匹かの集団を作ってその気配を警戒。

 街道を抜けるために、歩みを進め、少し開けた場所に着くと視界にゴブリンの巣穴が映る。

 同じくして、巣穴に向かう気配の正体も知った。


「ねえ、ヒトじゃない?」


 ニコアが言った。


「ヒトみたいだけど何か少し違うんじゃないかしら?」


 ミローデ様も気が付いたらしい。

 長い耳が特徴の女性が二人。

 ひとりは弓を構え、ひとりは剣に手をかけて巣穴に向かっていた。


「あれはエルフ……?」

「エルフ? 本で読んだことがあったけど、本当に居たのね」


 ニコアはこの世界にエルフが存在していることを知っていたらしい。

 彼女は辺境伯家のご令嬢だからこの世界では高価な本を幼少期から読むことが出来たんだろう。

 母さんも俺に多少の本を与えてくれたけど、読み書きを覚えるための本だったからエルフが出てくるとかそういう本はなかった。


「どうやらゴブリンの討伐をしようとしているみたいね」


 エルフの様子からミローデ様が言う。

 エルフとゴブリンの距離は近く、既に臨戦態勢。

 透き通る絹のような金髪の女性のエルフが番えた矢に力を込めてゴブリンを射抜く。

 ゴブリンとエルフの戦闘が始まった。

 すると次々と巣穴から湧いてくるゴブリン。


「あれでは、それほど保たなさそうね」


 たった二人で巣穴に挑む女性のエルフ。

 最初から結果が見えていた。

 それでも俺たちはエルフを横目に街道を通り抜けたい。

 そう思ってつま先を街道の先へ向けたときだった。


「待って」


 ニコアが俺を引き止める。


「助けようよ」

「でも、危険ですよ」

「クウガなら私達を守ってくれるし、何かあってもちゃんと逃してくれるでしょ?」

「それはそのつもりだけど──」

「なら、良いじゃない。いざとなれば私だって戦える。このまま見捨てたら、あとを引きそうだし」


 ニコアの言うことはご尤も。

 見捨てたら見捨てたで忘れられないだろう。それも悪い意味で。

 俺は銀級の冒険者夫婦の息子。

 頑張れば母さん譲りの魔法を使えるし、父さんから学んだ剣術だってある。

 ゴブリンとは以前、戦っているから何とかなるかもしれない。


「わかりました。加勢します。でも、危なくなったらすぐに街道を抜けましょう」


 俺がそう言うと、ニコアとミローデ様は頷いた。

 ニコアとミローデ様に隠れてるように言い残して俺は加勢に入る。

 バッデルでドワーフのおじさんから買った短剣を握り、俺は走った。


「加勢します」


 そう言って母さん譲りの爆裂魔法をお見舞いする。

 次々と爆散するゴブリンたち。


『キミッ! ニンゲンの子どもじゃない!』


 長い耳の──長い真銀の髪を後ろに一本で束ねた美少女。

 剣を持った彼女が俺に一瞥。

 その美少女の後方には白金の髪の毛の美麗な女性。


『助太刀感謝する。我々では心許ないがこれほどの魔法を使えるのなら心強い』


 そう言ってニコリと微笑んでくれた。

 あまりにも眩しい笑顔に心が撃ち抜かれそう。

 そんな美麗な彼女は流麗な動作で矢を番えると次々とゴブリンを討ち取った。


『ニンゲンの子どもには負けてられないわ』


 美少女は剣と盾を構えてゴブリンの群れに突進。

 軽鎧に身を包んでいる彼女は次々とゴブリンたちを切り捨てた。

 この組み合わせなら俺は魔法攻撃に徹したほうが良いだろう。

 俺は美少女が討ち漏らしたゴブリンを魔法で仕留め、更に、後方で魔法を使おうとしているゴブリンに氷を浴びせた。


『巣穴から出てきたの全体の半数みたいです。このまま攻め込むなら俺も突入します』


 美少女の後ろについていって索敵をすると次々と巣穴から出てきたゴブリンと同数がまだ巣穴にこもっている。

 中には強そうな気配があったので、これがボスなのか。


『それは助かるけど、ニンゲンがエルフ語を喋ってる……?』

『姫、それは今、気にすることではない。ヤヴァスを探そう』

『そうだったわね。子どもに手助けをしてもらうのは癪だけど、魔法は助かるよ。おかげで一気に畳め込めそうね』


 なるほど、彼女たちはゴブリンに拐われたひとを救出に来たらしい。

 それにしても姫って……。


『大きいのが来ます。気をつけて』


 ゴブリンは待ってくれない。

 ひときわ大きな気配が向かっている。


『キミ、魔法だけじゃなくて索敵もできるの?』

『あとで説明しますから。それよりも──来ます!』


 俺よりも少し背丈の低いゴブリンをかき分けて奥から出てきたのは大型のホブゴブリン。

 エルフよりも大きい──と、言ってもここにいるエルフだってそれほど大きいわけじゃない。

 俺よりも少しだけ大きいけど人間の成人女性とそう変わらない。


《おまえらゆるさねぇえええ!! 殺してやるッ!!》


 ホブゴブリンは殴りかかってきた。

 ゴブリンと違って武器を持たず、素手である。

 美少女エルフが盾で拳を受けようと構えるとホブゴブリンは盾を掴んでエルフを投げた。


『きゃああああっ!』

『エルフさん!! 危ないッ!』


 とっさに彼女を受け止めようと壁と彼女の間に飛び込むと鎧と壁に挟まれて体中に激痛が走る。

 痛みで歪む視界。

 それでも、弓を番える美女に飛び掛かるホブゴブリンの足止めをするために地面を爆破させた。

 動きが鈍ったホブゴブリンに番えた矢を放った白金の髪の美女。

 それを見て、あとはなんとかなるだろうと思ったところで俺の意識は暗転した。


 しばらくして──。


『覚悟はしてたけど……助けてあげられなくてごめんね……』


 震える声が耳に入ってきた。

 目を開けると意識を手放した場所から動いておらず。


『姫、目を覚ましたようだ』


 美女の声だ。


『あ、本当。ごめんね。わたしのせいで』

『あの、俺……』


 美少女は俺に気が付いて、真っ赤に腫らした目で誤ってきた。

 上半身を起こすと美女が俺の傍らに──美少女の隣にしゃがんで俺に目線を合わせる。


『姫を助けてくれてありがとう。とっさに姫が我らの霊薬を与えたんだ。それも口移しで』

『そ……そこまで言わなくたって良いでしょう? 仕方ないじゃない。わたしのせいで酷い怪我をして、それなのにラエルだって助けられたじゃない』

『だから、わたくしは反対しなかった。おかげでこうしてわたくしは無事で居られたのだ』

『そんなわけで、キミには感謝してるの』


 美少女の銀色の瞳は俺を向いていた。

 それにしても口移しでって一体……。

 こんな美少女にキスをされたなら飛び跳ねるほど喜びたいところだけど記憶に全く無いから話半分にしか聞こえない。

 そのくせ、まるで覚悟を決めたかのような表情で俺をまっすぐに見据える美少女。

 居た堪れなくて言葉が出てこない。

 それでも何とか喉から声を振り絞る。


『それは、どうも……』


 何となく居づらい雰囲気だけど、それは彼女の泣き腫らした目のせいだ。

 ムリをして感謝を伝えられている気がして、俺まで気落ちしてしまう。


『ところで、名前を訊いても良いかな? わたしはララノアよ。で、こっちはラエル』

『俺はクウガです』

『クウガ──ね。覚えたわ。キミはひとりでここにいるの?』

『いいえ、仲間と一緒です』

『そう、だったら今日のところはご一緒しましょう。ここの後片付けを手伝ってほしいの』

『わかりました。でしたら、聞いてきます』

『ん。じゃ、巣穴の入り口で待ってるわね』


 俺は立ち上がって巣穴を出る。

 歩き始めると身体はとても軽快だった。

 ここ数日、一日に数時間しか眠れていなかったのに、まるでゆっくり休んだかのような身体の軽さ。

 軽快な足取りでニコアとミローデ様を迎えに行った。

 彼女たちは特に何事もなかったようだけど──。


「遅かったじゃない。もう日が暮れてしまうわ」


 ニコアから憎まれ口を叩かれるほど待たせてしまっていた。


「ごめん。何だか手間取ってしまって」

「まあ、良いわ。で、どうだったの?」


 ニコアは俺の服の袖を掴んで訊く。

 俺は巣穴での出来事と、これからエルフと合流することを伝えた。

 特に反対されることなく俺たちはゴブリンの巣穴の入り口に移動。


『随分と待たせたわね。ゴブリンに拐われたヒトや遺体を集めておいたわ』


 ニコアとミローデ様を連れてくる間にゴブリンの死体やゴブリンに拐われた亜人たちを集めていたらしい。

 生きているのはほんの数名の女性の獣人。その中には先日にゴブリンに拐われた女性が混ざっていた。

 拐われた女性の遺体は一箇所に集められていて、そこにエルフの女性の姿があった。


──ヤヴァスを探そう。


 彼女はそう言っていた。

 ヤヴァスという名の女性を救出するためにここに乗り込んだと推測ができる。

 そして、彼女が亡くなっていたから、ララノアは泣いていた。


『遅くなってすみません。今日のところはご一緒しても良いということなので連れてまいりました』

『そう。なら、良かった。もう日が暮れちゃうし、早いところお片付けして休もう──ってそちらのお嬢様。ずいぶんと可愛らしいわね』


 俺の袖の裾を掴んで離さないニコア。

 それを見てニヤニヤするララノア。

 彼女の後ろではラエルが後片付けの準備を始めていた。

 枯れ木で櫓を組んでそこに亜人の死体を運んでる。


『私はニコア・イル・セア。貴女は?』

『え! キミもエルフ語がわかるの? もしや、そちらのご婦人も?』


 ララノアはニコアがエルフ語を喋ったことに驚いた。

 俺が喋ったときも驚いていたもんな。

 ニコアはきっと本でカンタンなエルフ語を覚えたのかも知れない。

 貴族の家って本がたくさんありそうだからエルフ語を本で覚えたんだろう。

 エルフのことも彼女は知っていたようだし。


「私には何を言っているのかさっぱりわからないわ。ニコアがエルフ語に通じてることにも驚いてるもの」


 ミローデ様が雰囲気で察した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る