異世界人 五

 セア辺境伯領の領都セルムは帝国軍の侵攻により一夜で陥落した。

 セルム湖を越えて領都を目指した精鋭軍は正規ルートで進軍した帝国軍に遅れを取り、ラナとレイナの捕縛という望んだ成果を得られていない。


「逃げ遅れた者たちの中にもラナはいなかったか……」


 セルム城の謁見の間の玉座に座する賢者の高野貴史は呟いた。

 虎の子のライフル銃だったが、湖岸にいた人間の殺戮には成功したが、そこから攻め入ることが出来ていない。

 銃では城門を破ることが出来ず、東から攻め入った正規軍に合流して東門から進入した。


「レイナも見当たらなかったわー」


 謁見の間にそろりと入ってきた大滝凌世。


「お前の言うとおりにしたんだけどさ。拳銃って万能じゃねーな」

「あー、それは俺も思ったわ。もっとうまくいくと思ったんだけどよ」

「ま、殺傷能力の高さは再現できてるが──」


 甲冑を纏った騎士や盾を保つ兵士にピストルはそれほど高い効果がなく、拳銃で殺害するにも相当な至近距離でないと確実に仕留められないと、この占領戦で実感した。


「ともあれ、俺たち異世界人の帝国は最初の戦いで勝利したんだ。それだけも良いじゃん」


 大滝は頭の後ろに手を組んで身体を伸ばす。


「まあ、ここまで散々に大言壮語を言い放ったんだから、レイナを捉えられなかったことを知ったら、如月はキレまくりそうだな」

「ハッハッハ。そりゃあ、お怖いことで」


 玉座に座る高野は足を組み替えて話題を変える。


「ところで、塚原つかはら川田谷かわたやは大丈夫なのか?」


 塚原と川田谷は北に逃走するセア領軍を追いかけたが、謎の大爆発で一万近い兵力を喪失。

 二人の異世界人がこの大爆発に巻き込まれ、剣聖の塚原紫電しでんは全身に大怪我を多い、狂戦士の川田谷緒方しでんは両足が吹き飛ばされた。


「塚原のやつは今、白魔道士隊に治療に当たらせているが、当面の復帰は無理。川田谷のほうは足がダメで──死にはしないが、もう戦場で戦えねーだろうな」

「そうか。それでセア領軍を逃したと……」

「あれでガッツリ大穴が出来てよ。あれじゃあ追撃なんてできる状況じゃねーよ」


 大滝は高野の言い方にイラッとしたが表に出さず、追撃で多くの兵士を失ったことを報告。


「それにしても魔法一発で一万だぜ? お前、考えられる?」


 賢者の恩恵を持つ高野は攻撃魔法を使うことができる。

 だが、彼の魔法は詠唱を必要とするものであり、現象の規模や威力は詠唱の中に刻まれた術式によるもの。故にその法則性を制御することで大規模な魔法を発現できるのだが、高野はそこまでの高みに達していない。

 これは異世界人で魔法を行使しやすくなる加護を持つもの全てに当て嵌まっていた。

 つまり、高野の魔法では一万の大軍を一撃で全滅させるには至らない。

 だが、それを認めたら自身の賢者という恩恵を授かったものの湖券に関わるため否定も肯定もできずにいた。


「はんっ。何も言えねーか。ま、それが本来の俺たちの振る舞いとしては正しいんだろうな。じゃ、俺は帝都にいくわ」


 大滝は無頼漢ローグの恩恵による権能を使って気配を消す。

 誰にも気が付かれずに帝都に向かうことにしたからだ。

 誰もいなくなった謁見の間。


「クソがッ!」


 高野は悪態をついて玉座をガツンと蹴り飛ばした。



 聖女の白羽結凪と聖騎士の一条栞里を中心とした異世界人の女性たちは旧メルダ公国へと足を踏み入れた。

 たくさんの木々が茂り、その木々の間にひっそりと家が犇めいている。


「前も思ったけどここは本当に綺麗な町並みだよね」


 一条が言う。


「そうね。ここは私、嫌いじゃなかったな」


 メルダ公国は大きな建物が少なく東には山脈があるから傾斜がキツいところもある。

 公都メルダこそ平地で建物がそれなりに整然と整備されているけれど、他の山村と同じく木々が茂り、緑が美しい都市である。

 メルダ公国は帝国に敗北して下りはしたものの、息子を帝都に差し出すことを引き換えにメルダ公の統治は許されている。

 とは言っても、先日の皇帝暗殺事件でメルダ公のご子息は死亡しているが──。

 魔女の柊はこういう閑散とした環境を特に好んでいた。


「うちらはここ、初めてじゃんね。どこかいいところある?」


 女の一人が訊いた。


「ここはお肉がとっても美味しいの。あと、牛乳? アステラに来てから羊とか山羊のミルクばかりだったけど、ここには牛乳があるの」


 一条が答えた。


「私は──ここの雪景色がすごく好きだった。幻想的で心が洗われる気持ちなったよ」


 結凪が言う。


「そう言えば話せるようになったのも、ここに来てからだもんね」


 柊の言葉だった。


「少しの間、ここに滞在する?」

「牛肉が食べられるなら! 喜んで」

「おっほーーー! 焼き肉? 焼き肉?」


 彼女たちは肉食だった。


 その数日後。

 メルダにセア辺境伯領の難民がぞろぞろとやってきた。

 時同じくして帝国から離反した異世界人が数名、メルダに入る。

 静かな町が騒然として、その騒ぎを訊いた結凪や一条が様子を見に行くと、身体のあちこちに刺し傷があったり、腕や足に欠損がある者がいたりと見るに堪えない状態の者たちが多かった。

 彼らが広場に集ったタイミングでメルダ公が従者と護衛を引き連れてやってきた。

 同じタイミングで異世界人の結凪と一条の登場に騒々しさが増す。


「いっ……異世界人ッ!」

「クソぉッ! こんなところにもいやがるのかッ!」


 セア領から避難してきた難民の男たちが数名、結凪たち異世界人の前に立った。

 聖騎士の恩恵を持つ一条が結凪の前に立ち腰に下げる剣の柄に手をかける。


「やるのかッ!」

「そっちがやってきたらねッ!」


 武器を持たずに拳を構える男の言葉に一条が言い返す。

 一触即発の事態に難民たちの後方から一人の男が出てきた。

 男は女性を抱えていたが、もうひとりの女性の前に横たわらせると拳を構える男を手で静止し、一条の前に立つ。


「異世界人……か。騒々しくしてしまって済まない。けど、私たちはセア領から異世界人が率いる帝国軍に攻め込まれてここに逃れてきました。あなたたちの黒い髪が彼らと重なって見えてしまい暴挙を働くところでした。そのことについてはお詫びしたい」


 一条は目の前の男性に見とれてしまった。

 現実のものとは思えないほどの美しい男性だと一条は魅入る。

 切れ長の目に長いまつ毛。サラリとした金色の髪の毛は後ろで雑にまとめられている。

 端正な顔立ちで見方によっては女性にも見間違えそうなほどの小さな顔と美麗さ。

 それほど背は高くなくほっそりと引き締まった身体はまさに究極の男性の美を表現している。


「あ……え……」


 一条は言葉を失った。

 剣の柄にかけた手はぶらりと垂れ、力を失った足腰はへたりと地べたに落とさせた。

 一条の後ろにいる結凪の更に後ろに控える女性たちも同様に──。


「もの凄いイケメン……こんな男がこの世界にいるの?」

「わあ……かっこいい……」


 うっとりした表情で──熱量の高い視線で──黒髪の女性たちは彼を見詰めた。


「いえこちらこそ。武器を向けたのはこちらですから」


 美丈夫の言葉に応えたのは聖女の結凪だった。

 結凪にとって彼は見覚えのある男性──。


「あの、失礼ですが、もう九年ほど前でしょうか。ファルタで私たちを見ませんでしたか?」

「九年前──。そうだね。私と妻と娘──今はいませんが息子の四人でファルタにおりました。その時に勇者たちを見てましたね」

「やっぱり……。見覚えがあったのでもしやと思ったところです。ところでどうしてこちらに?」


 美丈夫はセルムでの出来事を聖女に説明。

 一通り話を聞き終えると「そうですか……」と重い声で応えた。


「そいうことでしたら、私たちがあなたたちの敵ではないと示さなければなりませんね。お怪我をされている皆さまのところにご案内いただけますか?」

「怪我人……ですか。しかし、私が怪我人のところまであなたをご案内するわけにはいきません。まだ、他のものが納得しないでしょう」

「そうですね。でしたら、そちらの腕を怪我なさっている男性をお借りしても良いでしょうか?」


 結凪は指した男性は右手の手首から先がない。

 彼は帝国兵に襲われたが領兵に助けられて命からがら逃げ出せたが手首から先を失ってしまった。


「本人が良ければ私はかまいませんが……」


 美丈夫の言葉で右手のない男はなくなった右手に目線を向ける。

 その男に結凪が傍らに近寄ると


「少し触らせていただきますね」


 男は言葉を出せずにいたが、結凪はそんなことは構わずに腕に触れ、魔力を込める。

 聖女、結凪の治癒魔法に詠唱はない。


「少しで良いのであなたの右手が失われる前の状態を思い出していただけますか?」


 結凪のその言葉で、手首から先がにょきにょきと生えてきた。


「あ……ああっ!!」


 男は驚きのあまり声にならない声が漏れる。


「手が……手が治った……」


 これには周りのセア領民たちも驚いた。

 結凪は立ち上がり、


「お怪我をされている方、他にもいらっしゃるのでしょう? 私が治しますからご案内ください」


 と、美丈夫に言う。


「わかりました。ご案内します」


 美丈夫は結凪を怪我をしているセア領民のもとへ連れて行った。


「あの、ところでお兄さん。お名前は?」


 黒髪の女性の一人が美丈夫のに訊いた。


「私はロインです。家名はありません。平民ですから」

「あたし、久喜くきめぐみ──こっちふうに言うと、メグミ・クキっていうの。メグって呼んで、よろしくね」

「メグ様ですね。わかりました」

「様は良いよ。奥さんが居るって言ってたけど、奥さんはどこに?」

「妻はあちらに横たわっている女性です」

「お、めっちゃ可愛い! 怪我です?」

「いえ、ここに来る前に大きな魔法を使って魔力切れを起こしているんだと思いますが……」


 なのに全く目が覚める気配がなくて──という言葉を声にせず。


「それは大変ですね。あたしたちでどれだけできるかわかりませんが、奥様のこと協力しますよ?」


 久喜はそう言ってロインに身を寄せる。

 引き締まった肩に触れると、久喜はロインの身体の固さにテンションを上げる。


──うっわ。細いのに凄いカラダか。


「メグ!!」

「ちょっと、メグ何やってるの?」

「お父さん」

「ロインさん」


 黒髪の女子たちが久喜はやりすぎだと声をかけて止めに入った。

 ロインを呼んだのはリルムとレイナ。

 リルムの手を握るクレイの姿もあった。


 ロインは異世界人相手でも女性の視線を集めるのは変わらなかった。

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