野営実習 二

 ここセルム湖は森と領都に面している。

 森と湖という環境が野生の動物を育んでいた。

 無事に五頭のイノシシを狩って解体をした俺とニコアの班。

 成果は山分けとしたいところだけど、俺の班だけじゃ小さいイノシシでも多過ぎる。

 きっとそれはニコアの班も同じだ。


「先生、いつもだとどれくらいの成果があるんですか?」


 俺はミシア先生に訊いてみた。


「まだ三回くらいしか野営実習を見てないけど一学年がお腹いっぱい食べて少し肉が余るくらいだったかな」


 随分と抽象的に帰ってきたが、一学年分ということか。

 しばらくするとちらほらと帰ってくる領民学校の生徒たち。

 主な獲物はイノシシとシカだ。その他にウサギなどもいた。

 シカ、良いなと思ったけど、シカを獲った班はイノシシを見て羨んだ。

 隣の芝は青く見える現象かな?

 で、狩猟の終わりの時間が来て成果を上げられなかった生徒たちが続々と戻ってきた。

 成果がなかった班には血抜きと解体が済んだ肉が配給される。

 なお、俺たちもシカの肉とかウサギの肉が欲しくてイノシシの肉を分けに歩き回った。

 意外とこういうのは楽しいものだ。


「そう言えば、この班は薬草を採って来れなかったな」


 肉を焼いている最中、ミシア先生が言う。

 俺の魔法の爆発音で守衛さんが来てしまってそれどころじゃなくなったからな。


「ごめんなさい。俺のせいで」

「いやいや、そういうことではないんだ。私も忘れていたからね」


 俺はそのことを謝るとミシア先生は笑顔で返した。

 ミシア先生の笑顔で許された気がした俺は焼けた肉をミシア先生に手渡した。


「ありがとう。私、クラスの担任になったのは今回が初めてでさ。クウガくんとは四年目の付き合いになるけど、キミのおかげで先生という仕事が楽しいって思えてるんだ。本当にありがとう」

「いや、それ、俺よりもニコア様のほうが……」

「そういうところだぞ」


 ミシア先生はそう言って俺の頭に手を置いた。


「キミは平民であることで自分を低く見過ぎてる。もっと自分に自信を持って良いんだ。少なくとも私はクウガくんのことは良い生徒だと思ってるよ」


 何だか恥ずかしい褒められ方で言葉を返せない。

 そんな俺をミシア先生は笑顔で見てくれた。


「さあ、他のところも見てこなきゃな」


 ミシア先生は他の班の様子を見回りに言った。


 生徒たちは火を焚べて肉を焼き、湖岸の生徒たちは年相応に騒いで肉を頬張り、この時間を楽しんでいる。

 先生たちはそんな生徒たちを見渡すために歩き回り、生徒から食べ物を分けてもらったりして空腹を満たしていた。

 空が赤らみ、湖面が空の色に染まり、少しばかり薄暗くなってきたその時──。


──パアアアアーーーーーンッ!!


 乾いた炸裂音がして俺の前に立っていたミシア先生の頭が破裂した。


「先生ッ!!」


 頭がなくなったミシア先生は湖岸の砂浜に倒れ手足を痙攣させている。


──パアアアーーーーーンッ!!

──パアアアアアアーーーーーンッ!!


 乾いた炸裂音が連続して湖岸に立っていた先生の頭が吹き飛んだ。


「伏せろ! 伏せろ!」


 俺は思わず叫んだ。

 魔法じゃない。

 ピストルみたいなそういうやつの音か。

 少なくともこの世界にあったものではない。

 それからも乾いた炸裂音が何度も轟いて、立っている先生たちから撃ち抜かれる。

 慌てて立ち上がった生徒もそう。

 俺の班の子が一人、立ち上がったら撃たれてしまった。


「立つな! 伏せろ!」


 俺は声を上げるけど、他の生徒たちの悲鳴で声が通らない。

 この異常な事態に衛兵たちが湖岸に駆けつけてきた。

 だけど、この衛兵たちも凶弾の餌食に……。

 しかし、中には鎧を貫通することができず弾痕が刻まれる。

 鎧にぶつかると激しい金属音はするし、衛兵が「くぅっ」と呻く声で痛いのがわかる。


「盾を持ってこい! 盾だ!」


 衛兵が叫んでいる。

 俺に何かできないか。

 そう考えて思い立った。

 魔法で風を起こし湖岸の砂を巻き上げて視界を遮った。

 すると今度はデタラメに撃ってるのだろうあちこちで跳弾する音が聞こえる。


「逃げるよ。姿勢を高くするなよ」


 俺は周囲の生徒たちに声をかけて城壁まで下がることにした。

 逃げる途中、ニコアを見かける。

 彼女の周りは死屍累々としていて唯一生き残っているのが彼女だけ。

 それも尻をついて後退り、股の下には水溜まりができていた。


「う゛ああっ……。なんれ……なんれよぉ……」

「ニコアさんッ!」


 俺は彼女の名を呼んで近寄った。

 手足が震えて声にならないようだ。

 周辺で生き残っているものは少ない。

 俺の魔力がどれほどのものかわからないけど、弾除けのために氷の壁を作った。

 目の前に大人が四、五人ほど身を隠せる大きさのものが迫り上がる。

 銃弾は氷の壁にめり込んで停止。

 止まった状態で見ればこれが何かがよく分かる。

 これは異世界のものだ。

 誰かがこの世界に持ち込んだのだろう。

 その誰か──俺は考えを巡らせる。

 けれど、それよりも氷の壁はいつまで保つかわからない。

 急いで逃げよう。


「ニコアさんッ! 行くよ」


 ニコアは俺の声が届いていないのか、目の前の氷の壁も現実のものと受け入れられていない様子で目が慄いている。

 俺は強烈なアンモニア臭を漂わせるニコアを抱えて氷の壁に隠れて城壁に向かった。

 逃げながら湖を見ると無数の筏にたくさんの帝国軍。


「ラナとレイナを捕らえろ!」


 帝国軍のほうから大きく響く鬨の声。

 俺の母さんとレイナの名前を何度も叫んでいた。


「探せーーッ!」

「捕らえろー!!」

「逆らうものは皆殺しだーーーーッ!!」


 帝国軍は銃が役に立たないとなると急いで上陸するために湖岸に接近。


「何やってるんだ! 早く避難しろ!」


 湖岸に目を向けていたら城壁から声がした。

 俺が急いで城門を潜ると、城門は固く閉ざされる。

 これで一安心したいところだが、父さんと母さんを探さないと──それに、ニコアをなんとかしなきゃ。


「東から帝国軍が進軍中! 急いで北へ逃げろ!」

「東から帝国軍が進軍中! 急いで北へ逃げろ!」


 今度は市内を領兵が必死に叫んでる。

 家に帰ろう。ニコアを領城に届けよう。

 そうしようとしていたら。


「行くぞ。ここにいたら危ない。僕たちは戦わなきゃいけないけどキミたちは生き延びるんだ」


 俺とニコアは兵士にヒョイと持ち上げられるとそのまま荷馬車に押し込められた。

 荷馬車は俺の声を聞くこと無く領都セルムを北上。

 道すがら、何人もの人間がこの馬車に押し込まれて、馬がヒィヒィと嘶いていた。

 身動きが取れない。

 俺の腕の中でニコアが呻いている。

 彼女の気が確かかどうかもわからない。


「父さん……母さん……リルム………クレイ……レイナ………」


 この荷馬車に俺を知っている人はニコアだけ。

 俺は泣いた。

 どうしてこんなことになった。

 ミシア先生は何か悪いことをしたのか?

 何であんな死に方をしなきゃいけなかったんだ!?


 帝国軍………。

 異世界人──ッ!!


 悔しいッ!!

 許せない───ッ!!


 人の生き死にを玩具みたいに扱いやがって──絶対に許さない……絶対にッ!!

 自分が異世界からの転生者だということも忘れて、俺は前世のクラスメイトたちに怒りを覚えた。


 馬車に揺られてしばらく。

 どのくらい進んだのかわからないけれど、馬車の速度が次第にゆるくなり、そして止まった。

 御者が降りて荷馬車の後ろに来た。


「済まない。馬が死んでしまった。悪いけどここからは歩きだ。降りてくれ」


 御者の言葉に従って荷馬車に乗っていた人間が全員降りた。


「歩けないものや怪我をしているものはいるか?」


 御者の声で俺は周りを見ると皆、俺と同じか年下くらいの少年少女。

 擦り傷をしているものはいるが歩けないほどというものはいないようだ。

 今動けないのは俺の腕の中で眠ってるニコアくらいか……。

 子どもたちは自分の親がいなくておろおろしていて会話にならないだろう。

 そういう俺も家族と逸れているしな。


「いないなら良いだろう。この先をしばらく歩くと小さな町がある。宿代は出せないがそこまでは行こう」


 御者の案内で宿場町を目指すことになった。

 道すがら御者は彼が知っている限りの状況を説明。

 帝国軍がアスヴァルの砦を攻撃しセア領軍は後退。その後、領都セルムまで押し込まれる事態に陥った。

 そのタイミングでセルム湖を越えて攻めてきた精鋭軍。

 その精鋭軍の進入は阻めたものの東からなだれ込んできた大軍に抗えずセア領軍は撤退を選択。

 領都内にいた民に早急に避難を命じて全員を北に逃した。

 とにかく北へ北へということでどのルートで北を目指しているのかは分かっていない。

 わかっているのは同じ帝国の民だと言うのに帝国軍は容赦しなかったということだけ。


 宿場町についたのは日が暮れてからだった。

 子どもの足ではそれほど早く歩けない。

 それでも大人よりも長い距離を歩けたのは日頃から外で遊んでたおかげだろう。

 ニコアが目覚めたのは宿場町が間近になってからだった。


「嗚呼……ついに私にも王子様が………」


 俺の背中で寝ていたニコアがワケのわからない寝言を曰った。


「申し訳ございません。俺は王子様ではございません。ニコア様」

「あ……クウガ……」


 ニコアは俺の背中から降りて大地に降り立った。

 大地に立つニコアは周囲を見ると俺に訊く。


「ここはどこ?」


 無理もない。あんな惨状だったし、気絶していて記憶が混濁してるんだろう。

 俺はとにかく状況を説明した。


「そう……じゃあ、夢じゃなかったのね……」


 ニコアはギュッと手を握って言葉を噛み殺す。


「ねえ、私のお父様とお母様は?」

「わかりません。ただ、セア領軍は北に向かってに撤退。俺たちもほぼ同じタイミングで領都から出たみたいなんですが」

「わからないのね」


 ニコアはため息をついて落胆。

 それからまもなく宿場町に着いたのだが、宿の前にニコアの見覚えのある姿があったらしく。


「リンカ!!」


 ニコアは大声を上げてその女性のところに走っていった。


「ああ、ニコア様。ご無事で……ッ。良かった───良かった……」


 リンカと呼ばれた女性はニコアを抱きしめて頭を撫でる。


「リンカこそ。それより、お父様とお母様は?」

「皆、ご無事です。ニコア様のご無事をお知らせしましょう。さ、さ」


 ニコアはリンカに手を引かれて宿屋の中に入っていった。

 宿場町の中央の広場には多くのセルム市民がいるらしく、荷馬車に乗っていた少年少女たちもそこに向かったようだ。

 俺も広場に行こうと踵を返すと、宿屋から大きな叫び声が聞こえた。


「ぎゃーーーーーーーーっ!!」


 この声はニコアだろう。

 きっと小便で黄ばんだ作業着の下に気がついたんだろう。

 というのは当てずっぽう。

 あんな叫ぶ要素なんてそれしかないとは思ったけど。

 ともかく、俺は宿場町の広場に向かうことにした。

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