野外実習 一

 セア辺境伯領の領都セルムにある領民学校。

 四年生以降になると宿泊を伴う学習が取り入れられている。

 その一つに野営実習。

 四年生の夏に行なわれる学年行事で湖岸に野営を張って過ごすというものだ。

 その昔、レイナがヒュージボアに襲われたという森林で狩りをすることになるのだけど、狩猟は教師が同伴して行なわれる。

 班は五人一組、全員が違うクラスの生徒だ。なお、班は男子は男子、女子は女子で組まれることになっている。

 同じテントで寝るからね。異性で同じテントに入るわけにはいかないのだ。

 そんなわけで、この班には俺の知らない人しか居ない。


「お、私の担当はキミかー」


 班分けが終わって俺の班の担当が担任のミシア・ル・ムディル先生だ。

 けっこう若い女性の先生で俺の父さんにぞっこんという母さんの敵でもある。

 行事だからか、上は長袖のチュニックに下は少し幅のあるスラックスという姿。

 お尻が大きいのでスラックス姿がとても映えている。胸はそこそこな感じで母さんよりはずっと大きい。

 まだ若いし綺麗なほうだから、領地を持たない貴族の生まれだとしても貰い手はすぐ見つかるだろうに。

 けど、楽しそうにしているから彼女はこうして教職に励んでいる方が合っているのかもしれない。


「ミシア先生、よろしくおねがいします」


 俺が挨拶をすると班の子たちも俺に続いて「お願いします」と元気な声で挨拶をした。


「キミたちはラッキーだね。とても楽ができるぞー」


 なお、班分けはクジ引き。先生が担当する班もクジで決められるらしい。


「じゃあ、実習の説明が始まるから集まりに行くよ」


 班分けが終わり、男の先生が学年全体に大声で号令で、実習の説明を聞く体制を整えた。


「はいっ! では、今日から始まる野営実習の説明をします。まず、午前中はこの干し肉や固いパンを支給します。これを使って昼食を各班で調理してください。火は魔法を使える人は魔法で、そうでなければ火起こしを用意するので取りに来てください。水は湖水を煮沸して使うようにします。味は干し肉についているので、上手に活用しましょう。他に調味料などもあるので必要な班は個別に取りに来てください。次に昼食後の午後は森に入ります。森では狩りと薬草採取を行いますが各班担当の先生の指示に従って行動するようにしてください。森では昔、大型の魔獣がでたことがあり、安全とは言い切れませんので、これまでの授業の成果を試すのは構いませんが安全第一で、先ず逃げることを優先するようにしましょう。狩猟が出来たら解体と調理を行います。これが夕食となりますので、もし、狩猟の成果がないようでしたら他の班から分けてもらって食糧を調達するようにしてください。私からの説明はここまでですので、あとは各班の先生の指示に従って行動しましょう」


 先生の説明が終わると各班の担当の先生に実習用の干し肉と固いパンが配布される。

 配られた干し肉とパン本当にカッチカチで、そのままでは食べられそうにもないものだった。

 どうやらこれは本格的な野営の訓練か。干し肉もパンも保存食。

 これを食べられるようにするのが昼の実習ということだ。


「さあ、肉とパンを持ってきたよ。先生は見てるだけで何もしないからね。私は監督みたいなものだから」

「えー、先生、教えてくれないの?」


 ミシア先生の言葉に班の誰かがごねる。


「まあ、頑張りたまえ。キミたちが作ったものを私も一緒に食べるんだから」

「働かないのに食べるの?」

「それは誤解だな。私は働いてるよ」


 生徒の言葉は酷いものではあるが、ミシア先生は働いてるのだ。

 まあ、黙っていてもご飯は出来ない。


「じゃあ、俺、準備をするよ」


 俺は調理道具を借りてきて湖から水を汲んでくる。

 それから魔法で火を起こした。


「あ、火がついてる」

「詠唱しなかったよな?」


 俺を見ていた班の子が目をまん丸にしてる。

 無詠唱は珍しいからな。

 この班と同じくニコア・イル・セアの班も騒いでる。

 ニコアも詠唱をせずに魔法を使って見せたんだろう。

 それはそうと、湖の水を火にかけて沸騰させる。

 少し経ったら火から鍋を上げて水が冷えるのを待つことに。


「これ、どうするの?」


 班の子が俺に訊いてきた。


「干し肉の塩を抜くんだよ。お湯が常温まで下がるのを待つんだ」

「じゃあ、それ、一緒にしても良い?」

「もちろん、良いよ」


 そうして数十分後にお湯の温度が充分に下がってから干し肉を浸ける。

 その作業の様子を見ていたミシア先生は興味ありげに俺に声をかけた。


「クウガくん。何してるんだい?」

「干し肉を浸して塩抜きをしてるんです」

「ほう。それはどうして?」

「干し肉は大量の塩を使って干したもので塩分が多いから、そのまま調理して食べるには塩辛いと思いまして」

「へえ、それは興味があるな。完成が楽しみだ」

「はい。がんばります」


 それからは、まあ、暇だった。

 本当は半日くらいかけて水を抜きたいところだけどギリギリまで粘るくらいに留めておく。

 それでも、水抜きしている間に湖から取ってきた水を煮沸して支給された水筒に水を貯めておいた。

 とまあ、そんな感じで下準備をして料理に取り掛かる。

 時間は限られてるので干し肉は柔らかくなったと感じたところで叩いて繊維を切り先生から香辛料を少し戴いて味付けに使う。

 パンは固くて食べられないから干し肉の塩抜きに使ったした水でスープにしてやった。

 味はまあ……、でも肉はそこそこうまく出来たと思う。固さが少し残ったのが残念。


「やー、私、クウガくんの班で良かった」


 と、ミシア先生の言葉で気が楽になった。

 軽めの昼食を取ってからは狩猟である。

 その前に、昼食の後片付けをしていたら、ニコアが話しかけてきた。


「ちょっと良い?」


 俺の隣に来てどこかに俺を連れ出そうとする気配をニコアが見せる。


「これを片付けたら」

「わかった。直ぐ終わる?」

「もう終わるよ」


 俺は俺の分の片付けを急いで終わらせてニコアのあとについていった。


「この辺で良いかな」


 学年のみんなから少しだけ離れた距離でニコアが立ち止まる。


「あのね。ずっと前に話したことがあったと思うんだけど……」


 ニコアと俺の関係で俺が思い出す必要のある用事は一つしか無い。

 だから直ぐに思い出せた。


「母さんのアンクレットのこと?」

「あら、覚えてたの?」

「もちろん。そんなに忘れっぽい男じゃないんで」

「そういうのは良いわ。私、わかるのよ。どの辺りにあるのか。だから一緒に行動してくれない?」

「え、班を抜けてってこと?」

「そ……そうじゃないって。クウガの班と私の班で一緒に行動しても良いでしょ? ってこと」

「そういうことなら、分かりました」


 班は別でも班単位で行動するのは悪くないだろう。

 ニコアのところは女子しかいないし、そういう助け合いなら咎められないはずだ。

 班の男子たちだって女子が居ればモチベーションを上げてくれるだろう。

 俺はニコアとそれぞれの班に戻った。


「ミシア先生」


 森に入って直ぐ、俺はミシアを呼び止めた。


「クウガくん。どうしたの?」

「あ、あとみんなにも確認なんだけど、ニコア様の班が俺たちと一緒に狩りをしたいそうなんだけど良いかな?」


 女子の班ということで知ってる男子の班と行動したいというのは間違っていないということで、彼らに訊いてみたら


「俺は良いよ」

「同じく」


 と班のメンバーからは了承されて、先生からも「班の反対がないなら私は同意するしかないよ」と反対されることはなかった。

 それから直ぐにニコアの班と合流。

 彼女の班の先生も女性の先生。

 合計十二人で森の狩猟を開始した。


「ありがとう。割とすんなりだったのね」

「ああ、きっと女子に良い格好見せてちょっとはモテたいって思ってくれたみたいで」

「そう。男子のモチベーションってわからないわ」

「俺にもわからないです」

「ところでアンクレットの場所はもうすぐよ」

「なんでそんなことがわかるんです?」

「それは内緒よ」

「あ、それはそうと、イノシシを見つけちゃいました」

「え、マ?」


 森の中でニコアと会話していたら時折彼女の口から出てくる貴族らしからぬ口調に違和感を感じつつ、それ以前に見つけたイノシシを先に片付けてしまおうと俺は考えた。

 大きいのが二頭に子どものイノシシが三頭くらいだ。

 俺は手を横に凪いで後ろにいるメンバーを静止。


『すみません。イノシシを見つけたんで狩ってきます』


 小声で伝えた。

 すると横からニコアが訊いてきた。


『ねえ、どうやって狩るの?』

『ニコア様。俺が誰の息子か忘れてません?』

『え?』


 俺は母さんがレイナを救った時に使ったという魔法を使った。

 先ず、俺の視界にある大きな二頭のイノシシに。


──バンッ! バンッ!


 炸裂音を響かせた。

 それから逃げる子イノシシの頭にも魔法を使う。


──バンッ! バンッ! バンッ!


 イノシシの反応が消えた。

 もう大丈夫だ。


「全部で五頭いるから確認しよう」


 呑気にイノシシを確認していたら、守衛がやってきた。


「すごい音がしたから見に来たんだが──」


 子どもたちの足下にある頭が吹き飛んでる五頭のイノシシの死体を見た守衛が驚いて見せていた。


「これは誰がやったんだ?」


 その質問に答えたのはミシア先生。


「この子です。ほらあのラナさんのお子さんなんですよ」

「ああ、それでですか。見たことある顔だと思ったらどうりで──本当にそっくりだ」


 どうやらこのおじさんは俺の母さんを知っているらしい。

 ということは二十年くらいここで守衛をやってるということか。

 それはそれである意味凄いな。二十年も働いてたらもっと出世しても良いだろうに。

 ともあれ、ミシア先生が取り繕ってくれたおかげで事なきを得て湖岸に戻ることができる。

 そして、俺達が守衛と話していたら、後ろから、


「あ、あった──」


 というニコアの声がした。


「もしかして、ニコアお嬢様?」


 その声に守衛が再び反応する。


「ええ。そうよ。ニコア・イル・セアでございます。少し騒がしくしてしまってごめんなさい」


 ニコアはそう言って頭を下げた。

 やったのは俺なんだよな。


「僕も、申し訳ございませんでした」


 俺もニコアに倣って頭を下げる。

 すると守衛が謝罪は不要という態度を示してくれた。


「いえいえ。これが仕事なので。野営実習があったのは知っておりましたが、魔法に長けた子がいらっしゃると思っていなかったので駆けつけた次第です。それにしても、ニコア様もゴンド様やレイナ様によく似てらっしゃる。まるであの時のことがまた──と錯覚したほどです」


 どうやらニコアは領主様やレイナに似ているらしい。

 俺が母さんに似ているのはよく言われているので当然としても、ニコアがレイナに似てるというのは意外だった。


 それから、俺とニコアの班は成果を上げたということで駆けつけてきた守衛さんと一緒に湖岸まで戻る。

 守衛さんに「ありがとうございました」と伝えて五頭のイノシシの血抜きと解体を始めたわけだけど、解体の仕方が全然分からなくて悪戦苦闘。

 先生たちに教わりながら何とかうまく出来たとさ。

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