異世界人 四

 計画は直ぐに実行に移された。


 その日──。

 朝食前に大滝おおたき如月きさらぎにガンホルスターと拳銃を手渡した。


「お前の引き金を合図に俺たちは動く。頼んだぞ」


 大滝はその言葉と共に如月に全てを託す。


 勇者、如月勇太の論功行賞のために謁見の間で報奨の授受と叙爵されるはずだった。


「───如月勇太に金貨二千枚を授与し、子爵位を叙爵。南方の領地を下賜するものとする」


 皇帝の長い言葉の最後に南方の僻地へと追いやろうとしていたという大滝の言葉を思い出す。

 如月は膝をつき、頭を下げ、右手を胸にあてる。

 だが、ただ当てるだけではない。

 ガンホルスターの拳銃を握り、機会を狙っていた。

 皇帝が臣下に読み終えた書状を渡し、立ち上がったその瞬間。

 如月はガンホルスターから拳銃を抜くと皇帝に銃口を向けて引き金を引いた。

 勇者の恩恵により強烈な倦怠感に襲われたが引き金を引く力を奪うほどではなく。

 鋭い銃声と共にコレオ帝国第六代皇帝、ダーム・イル・コレットの頭が弾け飛んだ。

 ダームは後ろに仰向けに倒れ既に絶命。

 謁見の間の帝国騎士が如月を囲もうとしたが銃声を合図に異世界人と呼ばれる黒髪の彼らが次々と拳銃で騎士や皇帝の臣下を撃った。

 如月を囲む近衛騎士は気配を消して隠れていた大滝が次々と銃や青竜刀で始末する。

 剣と魔法、そして、異世界人が作り上げた拳銃で、コレオ帝国の帝城は難なく制圧。

 その主な舞台となった謁見の間に剣聖の塚原紫電は捕えた皇族を連れてきた。

 皇后のノラ・イル・コレット。

 第一皇女のミル・イル・コレット。

 第二皇女のメル・イル・コレット。

 第三皇女のニム・イル・コレット。

 第一皇子で皇太子のデルメ・イル・コレット。

 第二皇子のドギ・イル・コレット。

 揃いも揃って金髪の碧眼。

 見た目は良く男好きする身体の女達。


「連れてきたぜ」


 塚原が手足を縛り上げた皇族を床に這い蹲らせた。


「なんてことを!」


 ノラが叫んだ。

 俺でも人を殺せる。

 如月は手にした拳銃の銃口をデルメに向けた。


「お前らが悪いんだ」


 如月は躊躇しない。

 勇者の恩恵は保持者が同族に危害を加えることを許さない。

 だが、それは完全にではなかった。

 引き金を引く力だけの余力がある。

 耳を劈く銃声が城内を轟きデルメの頭が弾ける。


「デルメッ!」


 ノラが叫んだ。


「どうして──ッ!」

「答える義理はないッ!」


 如月は言う。

 続けてクラスメイトに如月は指示を出した。


「皇族の女どもの口を塞いでくれ。舌を噛ませるなよ」


 如月の言葉に黒い髪の男たちが迅速に対応。

 最後に残ったのはまだ六歳になったばかりの第二皇子だった。


「悪く思うなよ。お前が生きていたら俺たちの計画が台無しになるかもしれないからな」


 如月の拳銃はドギを撃った。


 それからは早かった。

 帝城でロマリー公爵が死に、当主の座についたデム・イル・ロマリーが異世界人への協力を惜しまなかったからだ。

 帝城での流血劇に戦慄しながらも、新たな皇帝となった勇者に国民は英雄王の誕生だと湧き上がった。

 ただ、このタイミングで異世界人たちの一部が離反している。

 まだ幼いドギを撃ったことや、皇族の女性たちの扱いである。

 皇族の女たちは異世界人の男たちが使用していた大部屋に閉じ込められていた。

 死なないように世話をしながら彼らの慰み者として従事させられている。

 これに異世界人の女たちの一部が反発し、帝都を出ていった。

 その中に皇后の座に据えようと考えていた聖女の白羽しらは結凪ゆいながいたため、新たな皇帝に后を設けることが出来ていない。

 そうして異世界人たちによるコレオ帝国の運営が始まった。


 デム・イル・ロマリーが公爵の家を継いで一番最初に行った仕事がレイナとの離婚。

 死んだ父親のズーク・イル・ロマリーが保留していた離婚の願い出を受理。

 デムはズークの妻で実母のゼレーネ・イル・ロマリーと特例措置を布いて婚姻を結んだ。

 これまでは昼だけの関係が、寝食以外にまで及ぶ。

 ゼレーネは常にデムの傍らでデムの世話に時間を割いた。

 デムとゼレーネが執務室で行為に耽ている真っ最中にドアを叩く音が室内に響く。

 デムは特に体勢を変えることをせず、


「良いぞ。入れ」


 と使用人の入室を許した。

 女の使用人はゼレーネと繋がっているデムを見て眉を動かしたが報告だけは怠らない。


「勇者様より書状が届きました。ご確認ください」

「ああ、こちらまで届けろ」


 椅子に座り二人して仰け反る片割れのデムに近寄って書状を手渡した。

 ゼレーネは胸がはだけ、あらゆる物を露わにしている。

 居た堪れない思いの使用人は彼らの痴態が目を反らしながらデムたちの用件を待つ。


「そうか。少し仕事をしないといけないか……」

「どうしたの? デム」


 デムがつぶやくとゼレーネが艷やかな声で反応してデムの頭に手を回した。

 名残惜しいが書状の内容はそれを許さないのかと、デムは感じたが、それ以前にゼレーネは中途半端に火照った状態を嫌ってデムにねだる仕草を見せる。

 デムも恋しい想いからゼレーネに応えることにした。


「ママ。ちょっとだけ仕事をするよ。だからこれを出したら一旦終わるね」

「ええ。わかったわ。デムの、ちょうだい」


 使用人はその最後までを──二人が果てるのを見届ける羽目になった。

 ゼレーネはデムのお掃除までを終えて、我が子の服を整えると傍らの女性使用人に声をかける。


「デムはお仕事だから、入り用だったら手伝ってあげなさい」

「かしこまりました」


 使用人は頭を下げる。


「では、いってらっしゃい。私のデム。私はここで待ってますから」

「うん。行ってくるよ。ママ」


 そうして二人は唇を重ねる。

 デムとゼレーネが名残惜しそうに身体を離すと、デムは使用人の横を通り過ぎて、


「ついてこい」


 と、捨てるように言葉を放つ。

 デムが使用人を伴って行った先はロマリー公爵領兵の控室。

 そこで兵長を数名、デムが呼びつけるとこう言った。


「七日後にセア辺境伯領を制圧するために出兵する。準備せよ」


 デムはこの七日の間で目眩がするほど駆け回って三万の兵士を徴集する。


 その頃、帝城でも勇者が皇帝の座について最初の戦争を始めようとしていた。

 帝国兵五万を従え、帝都から出発する。

 これほどまでの短期間で兵士が集ったのは英雄となった勇者への信奉と魔族領から帰還した帝国軍がまだ帝都に残っていたことによるもの。

 魔王を討伐した勇者、如月勇太。

 デム・イル・ロマリー公爵が調達した領兵三万、その他の貴族たちの友軍を合わせると十万を超える規模である。

 その大半を陸路を使った正規のルートを進行し、手始めにアスヴァルの砦を攻める。

 一方、異世界人を中心とした二千名ほどの精鋭部隊はセルム湖を船で渡る。

 この精鋭部隊の任務はレイナの奪還という名目で行なわれているが、実際はレイナとラナの強奪を目的としていた。

 それを知った大西おおにしなどを始めとした異世界人の女たちが「キッモ……」という言葉を口々に勇者たちと距離を置き、先だって離反した聖女たちを追いかける。

 男たちからも少数ながら離脱者が出たのはこの頃だった。

 とはいえ、大西は多くの拳銃やライフルを製造し、異世界人たちの手に渡っている。弾薬も当面不足する心配がないほどに準備をしたため、武力が削がれるといったことには繋がっていない。

 それに拳銃の類の知識を持ち込んだ木野山きのやまは帝国に留まっているため、金属を扱える恩恵を持った人間を確保できれば問題ないと残った者たちは考えた。


 帝国軍は二千人を湖の対岸に運ぶために、大量の筏を用意する。


「行くぞ」


 ギラギラした目つきの如月が十二年来の付き合いになるクラスメイトたちに指示を送る。


 一方、聖女の結凪は聖騎士の一条と魔女の柊を中心とした数名の女子たちで北へ北へと歩いていた。


結凪ゆいな、どこに行くの?」


 一条が訊く。


「私たちが行けるのは帝国領内だけだと思うから、魔族領に行こうかなって考えてた」

「でも、あっちは物騒じゃない? まだ、魔族の掃討が終わったわけじゃないんでしょ」

「私、魔族がそんなに危ういものだと思ってない。それに、魔族領の雪景色が綺麗だったし、温泉に入りたいし」

「あー、たしかに。私も温泉に浸かりたいッ! なら、魔族領以外の選択肢はないッ!」


 勇者一行として行動をしていた三人は魔族領にどんなものがあるのか当然知っている。

 温泉という単語に結凪に付いてきた女たちが反応した。


「ちょっと、温泉ずるいじゃん。なんであたしらは桶の水で我慢してる間にあんたたちは温泉なんて浸かってるの?」


 と、別の女が言えば──。


「魔族の男ってどんな感じかなー?」

「人間の男よりずっとマシじゃね?」


 などという声も上がった。

 どの言葉にも柊は小さな声で、


「一理ある」


 と、呟いていた。

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