異世界人 三
異世界人の勇者、
地球からアステラに召喚されて十二年近く。
帝国の美姫、ミル・イル・コレット第一皇女が大規模召喚魔法で打ち立てた目標がようやっと達成されようとしている。
今、六人の異世界人が魔王城へと足を踏み入れる。
「ここまで長かったな……」
如月は心の声を言葉にする。
「魔王を倒したら俺たちは自由だ。日本に帰るのはもう諦めたけどよ」
剣聖の
いつでも戦える。
その姿勢を見せていた。
「俺はまだ帰ることを諦めてないんだけど」
賢者の
だが、以前ファルタで見かけたラナという女性に懸想して今も彼女を追いかけていた。
「くーちゃん……」
聖女の
彼女は灰になって消えた幼馴染を今もまだ追い求めていた。
もう叶わない。分かっていても、ファルタで見た少年のように、想い人だった
脳裏には天羽空翔と、そして、ファルタの少年のクウガがぐるぐると巡っている。
「私、どうなるのかな……」
この戦いが終わったらどうなるんだろう。
聖騎士の
戦っていれば戦っていることだけを考えられる。
けれど異世界人の自分は、この戦いの後に生き場所はあるんだろうか。
一条は何度も自問自答を繰り返す。
「……早く終わらせたい」
魔女の
戦場に身を置いているから何度も見る人の生き死にに柊は疲弊していた。
世界で唯一人、光属性と闇属性の両方を使える恩恵を持つ彼女。
戦いが終わったら消えてしまいたいと考えていた。
魔族領に入ってから、如月の活躍は見事なものだった。
特に指揮官から降りて前線に出る機会が増えたことで勇者の恩恵──その権能が魔族に対して強力に作用する。
それでも三年ほどかかったのは魔族の抵抗が予想よりも強く、また、魔族の個々の能力が高いことによるもの。
人間は魔族に比べると貧弱で本来なら善戦することすら不可能だというくらいの実力差がある。
それを覆したのは女神ニューイットの権能を利用した大規模召喚魔法だった。
異世界から召喚された人間には女神ニューイットから必ず一つの恩恵が与えられる。
異世界人の言語中枢を再構築するため、それと、異世界の魂をアステラというこの世界に定着させるためである。
アステラの人間で恩恵を授かっているものはそれほど多くない上に、その大半は戦闘に不向きだったり、その者の才能に合わない場合があった。
そんな背景があって、コレオ帝国の皇帝は大規模召喚魔法を実行を命じ、その中心人物にミル・イル・コレット第一皇女を登用。
魔族に打ち勝ちバレオン大陸の統一を果たすために、コレオ帝国第六代皇帝ダーム・イル・コレットは決断を下した。
異世界人たちにとって最後の戦いは実にあっけないものだった。
魔王には如月の勇者の恩恵が抜群の効果を発揮。
魔王からの激しい攻撃はあったものの即死しなければ瞬時に結凪が完全に治療する。
聖騎士の一条による防御バフも絶大な効果もあった。
柊の強烈な魔法攻撃により怯んだ魔王に止めを刺したのが勇者の如月。
その一撃で魔王は消え去った。
「何だか拍子抜けた……」
「魔王って言う割に弱かったな」
如月の感想に高野が続いた。
魔王の姿が塵と消えたことで倒した実感がなく、ただ、この戦いが終わったことで力が一気に抜ける。
主だった魔族を倒し、魔王を討伐したことで、魔族領の亜人たちは三々五々に逃走。
帝国軍が魔王城を制圧し、この日、帝国は魔族領を手中に収めた。
それからしばらく──。
異世界人一行は帝城に帰還。
皇帝、ダーム・イル・コレットへ謁見の間で報告。
「うむ。大儀であった。しばし休むが良い」
ダームは特別、何かの声をかけることなく勇者一行を下がらせた。
以前与えた個別の部屋に彼らは幽閉に近い状態で閉じ込められる。
ダームにすれば信用のおけない異世界人という評価は変わらない。
その理由は魔族に見紛う黒い髪と黒い瞳。
帝国にとって異世界人は利用するものであって、受け入れるつもりはサラサラ無い。用が済んだら帝国から遠ざけるつもりだった。
ダームは勇者一行を辺境に送り込む手筈を始める。
その頃、如月の部屋に大滝が訪ねていた。
如月と大滝が会うのは実に二年ぶりのことである。
「城の中は退屈だろ?」
「部屋から出してもらえなくてね。どうしたものか……」
「俺の恩恵のおかげでこうやってここに来れてるんだぜ? 俺の土産話でも聞かせてやろうか?」
大滝は高野にラナの捜索、如月にはレイナの捜索を依頼されていた。
居場所を突き止めてからは監視を送らせて適宜報告をさせるつもりだったのだが──。
「セア辺境伯領での俺の調査なんだけどさ。俺の動きが勘付かれてさー。それからロマリーの倅を使って帝国軍を動かしてもらってるんだけど、これが芳しくなくてよ。セア辺境伯がレイナの護衛をラナの旦那のロインという男に依頼してから情報が全く上がってこなくなった」
「マジで? どうして?」
「そのロインがめっぽう効いているのか──情報が無いからわからねーんだ。だからロマリーや冒険者
「それでレイナがラナと一緒にいるってこと? けど、この国の身分制度で平民と貴族が一緒にいるってあり得るの?」
「普通はないだろうな。でも、一緒にいるってことは以前からの調査ではわかってるんだ」
「じゃあ、その平民に命じれば良いんじゃないの?」
「それがそうもいかねえんだ。ロマリーの倅がレイナの身柄を既に要求をしたけど断られてる。セア辺境伯家の当主のゴンドを介して離縁も申し込まれているが今はロマリー公爵が保留してる。んで、ゴンドの指名依頼でレイナの護衛をしているから、その嫁のラナもレイナ同様にゴンドに断られる可能性が高い」
大滝はその経緯を如月に説明。
レイナは身の危険を感じて実家に逃走。
ゴンド・イル・セアが如月を名指しで糾弾し、レイナを売ったロマリー家にも半ば争いを辞さずといった様子もあった。
セア家はゴンドの弟のレオルを使って証人を数名確保しているため、ロマリー公爵家や如月に不利な状況を作っている。
そのことに如月は落胆する。自分の名が出ているから罪にはならないが厳重な注意を受けることだろう。
そうなればレイナを手中に収めるどころではなくなってしまう。
「ということは、今の状況ではレイナに会うことすらできないのか」
如月は両手で頭を抱え、自分の行動を少しばかり悔やんだ。
それでも諦めることはできない。どうにか出来ないかと考える。
大滝はそんな如月に女一人でここまで身を崩すアホに効く薬はないものかと心の中で独り言ちた。
こんな話よりも──と次の話題に切り替える。
「そういうこと。それに、皇帝が俺たちを左遷させようとしてる」
「左遷?」
「南方の僻地に俺たちを追いやって帝国から遠ざけたがってるみたいなんだ」
「俺たちが邪魔ってことか?」
「そう。その証拠に帝国から戻ってきていたれりつくせりに扱ってもらってる割に魔王を倒したメンバーの顔を見てないだろ?」
「確かに……」
「お前らはたしかに強いけど、単独だったら帝国の騎士たちでかかれば始末をつけられると──それを見越してるんだよ」
「つまり、俺たちを殺すつもり?」
「お前らの存在が邪魔になれば、な」
「くそ……」
「で、俺から提案がある」
「…………」
如月はレイナの件で落胆を隠しきれないまま、皇帝の追い打ちに動揺を隠せない。
恐る恐る「どうするんだ?」と訊いたが予想はついていた。
「皇帝を殺すんだ」
「どうやって?」
「
大滝はそう言って胸の内側から拳銃を取り出して如月に見せる。
拳銃を受け取った如月は金属の冷たさと大滝の体温が残る生温かさ、それと金属特有の重量感にこれは本物じゃないかと感じた。
「拳銃って……作れたの?」
如月が拳銃を大滝に返して訊く。
「おう。
拳銃を受け取った大滝は胸の内ポケットに銃を仕舞った。
「マジか。アイツらヤるな!」
如月は同級生たちが拳銃を作っていたことを知らされていない。
ならば、帝国の人間も拳銃を知らないはず。
これなら確かに打ち取れる。これなら俺の恩恵で能力が落ちたとしても充分に戦える。
如月は思った。
それは拳銃の完成を見ている大滝も同じで、この武器があれば戦えると感じている。
状況的に今しかない。
如月と大滝の意見は一致する。
「俺たちはヤられる前にヤるしかない。だからここで皇族を討って乗っ取るんだ」
「でも、それで大丈夫なのか? 帝国民が黙っちゃいないのでは」
「俺たちには勇者と聖女がいるだろ。それに、これまでさんざん地球のものをこっちで再現してきたんだ。声を上げればこの国の王として認めてくれるさ」
「そうか………ヤるしかないんだよな?」
「死にたくないならヤるしかない。高野にもそう話してる」
「分かった。生産職組のみんなは知ってるのか?」
「もちろんだとも! 高野とも話したけど、俺たちが担がなきゃいけないのはお前だ。お前が皇帝を討ってこの国の皇帝になるしかないんだ」
大滝はそう言って如月の肩に手を置く。
「頼りにしてるぜ。委員長」
そう言って大滝は
如月の賛同を得られたことを高野に話してから、十年以上の付き合いになるクラスメイトたちに計画を実行に移せることを説明しに大部屋に戻る。
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