昼食会

 城の食事だけあって、とても美味しいものばかりだ。

 俺や父さんは何だか場違いな感じで居た堪れず食の進みが遅いけれど、母さんやリルム、クレイは美味しい美味しいとナイフとフォークを器用に使って料理を口に運んでいた。


「クウガくん、食べないの? 美味しいよ?」


 緊張して食事がなかなか喉を通らない俺をレイナは気遣う。

 彼女が俺の家に居候してくれているから、リルムやクレイがナイフとフォークを使うことを身に着けた。

 それまでは手掴みだったり、スプーンで掬って料理を食べることが多かったけど、レイナが教えてくれたので、リルムやクレイもナイフとフォークの扱いを覚えられている。

 俺は前世の記憶というチートが働いてるから、ナイフとフォークの扱いは問題ない。この大陸に存在していない箸だって使えるくらいだからね。


「レイナさん、僕のを食べたいんです?」

「いや、私はそこまで大食漢じゃないからね」


 俺とレイナが話していることに気がつい領主のゴンドが、


「どうした? 口に合わないか?」


 と俺に訊く。


「いいえ、とても美味しく戴いております。なかなか食べられないものばかりですから味わって食べさせていただいてます」

「そうか。今日は特に我がセア家の自慢のコックが腕を存分に奮ったものだ。食事を楽しんでもらえると嬉しく思うよ」


 料理を楽しんでいることを伝えたら、ゴンドはニコリと笑顔を向けてくれた。

 それからゴンドは食卓に並んでいる料理の説明をする。

 どれも今回のために材料を取り寄せたものが多く、セア家では他の貴族たちを招いた食事会やお茶会でなければこういった料理を口にすることはないのだとか。

 とはいえ、彼らは辺境伯という侯爵に次ぐ上位の貴族。

 いくら俺たち平民に近い料理を食べるとしても、食材は安全で良いものを使うから、似て非なるものだ。

 目の前に置かれた料理は間違いなく安全で美味しいもの。

 ゴンドに声をかけられて口に食べ物を運ばないというのは、居心地が悪いので、ナイフとフォークを使って料理を口に運ぶ。

 すると、俺が食べる様子を見ていたゴンドが口を感心した表情で口を開く。


「それにしても、やはり、親が優秀なら子も優秀……。ラナのことはラナが孤児院にいた頃から知っているし、ラナの夫はさすがラナが選んだ男というだけはあった」


 ゴンドから聞いたところ、母さんはセア家が運営する孤児院で育った。

 ゴンドが十歳になると、前当主のガレス・イル・セアに孤児院随伴させられたその日が母さんとの初対面。

 その頃から見た目が良い母さんにゴンドは一目惚れ。

 それからこっそり家を抜け出して孤児院に通うゴンドは母さんにちょっかいをかけまくった。子どもにありがちな好きな子をイジメるあれだ。

 レイナと母さんとの出会いはその頃。ゴンドの後をつけたレイナが母さんをイジメる兄を見つけたのだ。


「あれは今でも覚えてるわ。あれが胸クソ悪くて私は貴族がだいっ嫌いになったんだよね」


 そう母さんが振り返ったのは、ゴンドが母さんから母さんの両親の形見のアンクレットを無理矢理奪って逃げたのだ。

 ここからはレイナの話が主体で進む。


「私もあれはやり過ぎだって思ったわ。けど、そのおかげでお姉さまの素晴らしい活躍を見ることができたのよねー」


 セア辺境伯領の領都セルムはファルタの南東にあり、やや内陸部に位置している。

 南東には湖があって、内壁を出ることができれば行きやすい場所に湖への出入り口があった。

 母さんのアンクレットを奪ったゴンドは湖畔の森に逃げ込んで母さんから身を隠す。

 ゴンドを別々に追いかけていた母さんとレイナ。

 レイナのほうがゴンドに近くて、ゴンドを捕捉できていたが、母さんはゴンドを見失って湖畔を探し回っていた。

 一方、護衛を付けてゴンドを追いかけていたレイナは、護衛の騎士が目の前で大きな獣に弾き飛ばされる。


「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーーッ」


 レイナは怖くて声にならない声で悲鳴を上げた。

 森の中の獣の臭いと少女の悲鳴。母さんはその声の方向に走る。

 レイナは腰を抜かし、小便を漏らして、その臭いに引き寄せられる獣たちに囲まれていた。

 彼女の近くには既に息絶えた護衛の騎士。


「た……たすけて……たすけてよぉ………しにたくないよぉ………」


 レイナをターゲットするヒュージ・ボアとその子たち。

 ヒュージ・ボアはレイナに狙いを定めて突進を始めたその時、母さんがヒュージ・ボアの目の前で炎を炸裂させて動きを止めた。

 それから続いて子ボアたちを母さんは魔法で次々と焼き殺していく。


「下がって!」


 母さんの声にレイナは立たない足腰で手を必死に使って後退る。

 子どもを殺されたヒュージ・ボアは母さんを狙って突進。

 それを母さんが火属性魔法と水属性魔法の複合させて小さく調整した爆発を起こす。

 大きな音とともに頭が吹き飛んだヒュージ・ボアは絶命。


「もう大丈夫だけど、この人はもう駄目かもしれないね……」


 母さんはレイナに手を差し伸べた。


「あ……ありがとう……。ごめんなさい」

「あなたが私に謝る必要はある? 無いでしょう? この人は残念だったけどさ」


 自身の身への危険で酷く動転していたから状況がよく見えていなかったレイナ。

 腰が抜けて力が入らなかったが、母さんの手を取ると不思議と立ち上がることが出来、目の前の女の子の顔をよく見ることが出来た。


「涙でぐちゃぐちゃじゃない。拭くね」


 母さんはレイナの顔を服の袖で拭いて、レイナの尻についた泥をパンパンとはたき落とす。

 それから、レイナの視界の真正面に戻ってきた母さんに向かって呟いた。


「嗚呼……私のナイト様……」

「いや、そういうのは良いから。早く助けを呼ぼうよ。この人、私だけじゃ運べないからね」


 母さんはそう言ったものの、その後直ぐに母さんの魔法による爆発音を聞いて駆けつけた守衛に保護される。

 その時、母さんはレイナの護衛を殺害したという疑義にかけられたが、レイナがきちんと説明をして母さんは事なきを得た。

 その一方で母さんのアンクレットを奪ったゴンドは森の地面にアンクレットを埋めて家に帰ったところ、今は亡きガレスにこってりと絞られて、その後、厳しい処分を受ける。


「それから私は帝都で行儀見習いとして公爵家の小間使いをしながら帝都の学校に通って、ここに戻ってきたんだ」


 ということで、ゴンドはかなり厳しい環境に放り込まれたようだ。


「それからコイツがしつこくてさ。毎日、孤児院に来て私にひっついてくるんだよ。ナイト様、ナイト様ってさ。私、女だし、剣も盾も使えやしないのに」

「今、思い返すと懐かしいわ。お姉さまのおかげで私も魔法を詠唱しないで使えるようになったし」


 母さんがうざいものを思い出したといった表情をして、レイナは魔法で生成した水をコップに注いだ。

 レイナは水属性魔法を使う。


「それで良く、ゴンド様と今みたいに話せるようになったね?」

「それは私もゴンド様も大人になったってことだよ。私がまだ冒険者だったころだけど、仕事でセルムに滞在したときに謝ってもらったし、婚約を結んで貴族らしく生きることにしたみたいだからさ。なら私と関わることはもう無いだろうと思ったからね。それに、そのときにはロインがいたからさ」


 ちなみに母さんの異性へのアプローチは、ゴンドやレイナを参考にしたものらしい。

 父さん、大変だったろうな。

 なお、この話はセイラ様は知っていた。出会ったのが下働きにだされた公爵家ということだから当然といえば当然か。


 そんなわけで母さんはセルムではちょっとした有名人でもある。

 特にセルム城内でも母さんを知る人は少なくないのだそうだ。

 レイナを助けた母さんがモデルになった歌や劇がセルムにはあるほど。その物語の母さんはイケメンの男だけど。


 最後に、その時、ゴンドが埋めたアンクレットは今もまだ見つかっていない。

 母さんはアンクレットを探したかったが、ヒュージ・ボアが出たことで森への出入りが厳しくなり、探すのを諦めたのだそうだ。

 本当に酷い話だ。

 ともあれ、ゴンドはこうして辺境伯家を継いで当主になったのだから、ガレスに認められる契機があったんだろう。


 それから、しばらくくだらない話が続き、


「さて、もう時間も良い頃だし、昼食会はそろそろお開きにしよう」


 と、ゴンドが宴を〆る。


 昼食会が終わって、食事をしていた部屋から出ると、レイナが先導にして城内を歩き、送りの馬車に乗るんだけど、そこでレイナとお別れかと思っていたらレイナも普通についてきた。


「あれ、レイナ。良いの?」

「良いのって何が?」


 母さんがレイナに訊くとレイナは聞き返す。


「え、だって城に来たからそのまま──」

「や、ありえないから。だってお姉さまと居たいからセルムにいるし、私、クウガくんのお茶が大好きすぎてもうここから離れられないし」

「でも、クウガはもうすぐ学校じゃない? 家にいないよ?」

「いや、学校が終わったら家に帰ってくるでしょう?」

「そうだけどさー。子どもは親から旅立っていくものじゃない。いつまでもうちにいるわけじゃないって分かってる?」

「だからこそよ。今しか味わえない世界一美味しいクウガくんのお茶だよ。今の私はその一杯のために生きてるの。お姉さま分かってないなー」


 送りの馬車の中では俺を挟んで座る母さんとレイナがそんな感じでやり取りする。

 そんな女性陣の正面の席ではリルムとクレイが気持ち良さそうに父さんの膝を枕にして寝息を立てていた。


 我が家は今日も平和である。

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