第二章
貴族街
セア辺境伯の当主の妹でどこぞの公爵家の嫡男のご夫人と俺は二人で貴族街の商業区を歩いている。
レイナから白い封筒をもらったのは昨日の話。
そして、領城に招待いただいたことを相談したというのに、
「良かったわね。お金を渡すからレイナと行っておいでよ」
と、母さんは俺がレイナと二人で行くことが決まっているかのように言ってのけた。
父さんは父さんで何故か行きたがらない。
「俺もラナも正装くらいは持ってるから、レイナ様の許しがあればレイナ様と行ってくると良い」
で、結局、レイナと二人で貴族街を歩いてる。
「やー、こうしてると昔、お姉さまと一緒に遊び歩いてたときのことを思い出すわー」
レイナは朝からテンションが高い。
「公爵家のご夫人の隣を歩く僕はそれどころじゃないですよ……」
「そんなことを気にしたって仕方ないよー。私、もう帰るつもりはサラサラないしねー」
「ですが、僕は平民の子ですよ。本来ならこうして隣を歩くどころかお話だって出来ませんし目も合わせられないですから」
「や、私、そういうのヤ。クウガくんは十歳の子どもらしく、大人しく大人の言うことを聞いてれば良いの」
そう言ってレイナは俺の手を取って俺を引き寄せる。
「ここにいる大人は私だけだし、クウガくんは子ども、ね?」
身体をぴったりとくっつけて両手でがっちりと俺を固定する。
歩きにくいったらありゃしない。
「そんなことで大人を振りかざさないでくださいってばー」
「大人じゃダメなの? じゃあ、私、貴族だから貴族の特権でっていうのはどうかな?」
「それもなんか違うんじゃないですか?」
「違うも何も、キミにはもう逃げ道がないんだから黙って私の言うことを聞いてれば良いの。悪いようにはしないんだからね」
「もう、仕方ない──けど、この手はもう良いですよー」
「だーめ。離したら逃げちゃいそうだもん。だってお姉さまの息子でしょう?」
「はあ……」
俺がため息を着いて観念すると、レイナがケラケラ笑って俺を引っ張った。
「やー、嬉しいなー。何だかお姉さまに勝ったみたいで爽快感が気持ち良いッ!」
一体何と戦っているのか。
母さんとレイナの間に何があったのかとても気になった。
「お姉さまと私の関係が気になったでしょ?」
俺の表情で何かを察したみたいでレイナは俺の顔を覗き込む。
顔が近いッ!と、息を継ぐ暇もなくレイナは言葉を続ける。
「お姉さまは私の
って、そんなことでわかった? なんて言われたってわかるはずがない。
いろいろとすっ飛ばしすぎだ。察しろということなら情報が少なすぎて推測できない。
「えー、わからないですよ」
「はははー。そうだよねー」
顔が元の位置に戻ったので俺の視界が確保された。
ここ、領都セルムも雪が降る。
貴族街の雪化粧はそれはそれで綺麗なものだ。
「そうそう。足下気をつけてね。この辺は雪が降ると滑りやすいの。さて、もうすぐ目的のお店に着くよ」
そう言う割にこの歩き難い体勢はそのまま。
レイナは俺を離さないまま仕立て屋に連れ込んだ。
「これはこれは。レイナ様。ようこそいらっしゃいました」
中から出てきたのは中年の女性。
身なりが綺麗で小綺麗に化粧を塗っている。
「お久しぶりね。今日はこの子に正装を見立ててほしいの」
「そうですか、では、こちらへ」
店の奥に個室があってそこに俺とレイナは入った。
「ふふ。ここはお店にとって上客を案内するプライベートなお部屋なの。私とクウガくん、訳ありだと思われたかしら?」
そりゃあ、俺の手を取ってピッタリと寄り添っているからレイナを知っている人から見たらお忍びかと思うだろう。
それがどんな訳ありでお忍びなのか、子どもの俺にはわからないことだ。
少しして店員が手に幾つかの生地を持ってきた。
「今はこう言った生地が流行りでして──」
それから、レイナが店員と生地や衣服の形状について細やかに相談。
俺の耳に入るのは何もかもがちんぷんかんぷんで暗号にしか聞こえない。
「──ではイメージに近いものをご用意いたしますから試着してみましょうか」
「ええ、お願いするわ」
そして、俺は着せかえ人形に。
「見た目が良いからどの服もお似合いですね」
「そうでしょう? この子は私の自慢ですから」
また、そういう語弊を生みそうなことを言う。
ここに来てからレイナはそんな言動がとても多い。
店員もわかりますともみたいな顔で俺を見るのは
そんな俺の心の声はどこにも届かない。
「まあ、これはとても良くお似合いですね」
「そうね。これが良いわ」
「かしこまりました。では、採寸いたしましょう」
着せかえ人形からようやっと解放されて、今度は全身をくまなく計測される。
その様子をレイナは楽しそうに眺めていた。
正装の注文を済ませて代金を支払った。
もっと高いのかと思ったけど母さんからもらった金額でも充分でかなり余ったほど。
「いくら上級貴族だからってまだ大きくなる子どもの正装にそんなに上等なものは使わないし、そんなにお金をかけないものよ」
「そうなんですね。僕はもっとむしり取られるものだとばかり思ってました」
「そんな喧嘩を売るような商売をする商人はセルムにはいないよ」
店から出るとレイナはまた、俺の手を引いて俺の身体を引き寄せる。
「さあ、帰りましょう。クウガくんが煎れてくれた温かいお茶を飲みたいわ」
レイナは俺を離してくれなかった。
家に帰るとちょうど母さんとリルム、クレイが食堂でご飯を食べていた。
時間にして午後になったばかりのこと。
「ただいま戻りました」
「おかえり。ご飯、食べる?」
「ん。お腹空いた」
母さんは食事を中断して台所に取ってあった料理を持ってきた。
俺とレイナの二人分だ。
料理がテーブルに置かれると俺とレイナは席に座ってアステラの女神ニューイット様に感謝をしてから食事を始める。
「レイナもありがとう。助かったよ」
「やー、どういたしまして。クウガくんが良い子過ぎてやばい!」
「良い子でしょう? でも、あげないよ」
「分かってるよー。でも、お姉さまと居ればクウガくんも一緒でしょー? ここ、最高すぎじゃない?」
「ねー、私にウザ絡みするのは仕方ないとして、クウガにちょっかい駆け過ぎたらダメだからね?」
食事をしながらくだらない話を母さんとレイナは交わし合ってた。
料理がなくなったころに母さんは思い出したかのように正装の注文を確認。
「そういえば、正装はいつ仕上がるの?」
「一ヶ月後にはできるよ」
「そう。じゃあ、そのときもお願いして良い?」
「もちろん。クウガくんも一緒に来るんだよね?」
「それは当然!」
「やった! なら喜んで」
母さんとレイナが話し合ってる横で俺はリルムとクレイが食べ終わった食器を片付けている。
それからお茶の準備を始めていた。
「クウガも大変な人に好かれちゃって、あんたも苦労するタイプだね間違いなく」
大変な人というのはレイナのことだろう。
でも彼女は悪い人ではないんだよね。平民の母さんや俺に大事にしてくれている時点で間違いなく。
母さんとレイナ、リルムにクレイと五人分のお茶を煎れて配った。
「はあ……癒やされるぅ〜。この一杯のために生きてるんだよね〜」
たかがお茶だと言うのに、レイナのこの言いようは大げさだ。
なのにこのレイナの発言に母さんも続く。
「わかるなー。私、クウガが煎れたお茶を知るまで、人生を損してたって思ってるもの」
「お姉さま! それ、私も同感です!」
「ってあなた、貴族でしょう? もっと良いお茶を飲んでたんじゃないの?」
「そうだったら私、ここまでここに入り浸ってると思います? お姉さまがいて、クウガくんが居る。ここは凄いところだわ」
話は延々と続きそうだった。
「リルム、クレイ。遊ぼうか」
「「うん!」」
元気の良い返事が帰ってきたので俺は母さんとレイナに「庭で遊んでくるね」と伝えて飲み終わったカップを片付けてから庭に出た。
母さんとレイナの会話は──特に最近の話は俺のことばかりで居た堪れなさすぎる。
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