お茶
調子に乗ってごめんなさい。
魔法が使えてテンションがバク上がりしてました。
台所にあったやかんに水を入れて俺の魔法で竈に火をつけた後、湯を沸かしてお茶を煎れた。
湯を沸かした後、竈の火は風をヒュッと流して消したんだけど、この何もかもが良くなかったようだ。
トイレから台所に行ってお茶を煎れた俺は、お茶を煎れたポットを持って台所から居間に戻った。
「クウガ、それどうしたの?」
「喉が乾いたからお茶を作ったの」
俺がお茶の準備をして煎れるというのは珍しくもなんともない。
ただ──、
「ねえ、火はどうしたの? お茶、あっついし」
と、母さんは俺を訝しむ。
浅はかだった。
魔法を使ってテンションが上がった俺は後先を全く考えずにただ母さんみたいにできるか試したくてやってしまった。
「それは──その……」
「私、火はそのままだったのかな? いつも消してるのに……」
母さんは自分が不始末をしでかしたのかと思いこんで「ちょっと台所に行ってくる」と客人を置いて台所を見に行く。
母さんが居ないので俺はポットのお茶を空いてるカップに注いで、俺は俺のカップでお茶を飲んだ。
「これはクウガくんが煎れたのかい?」
ゴンドが俺に訪ねる。
「はい。母さんがいつもしてるみたいにしてみたんです」
俺は普段から母さんの手伝いをしてるのもあってやり方はバッチリ。
「あら、上手に入ってるわね。ありがとう。美味しいわ」
セイラが俺が煎れたお茶を褒めてくれた。
「お褒めに与り光栄です」
セイラはとても綺麗な笑顔を向けてくれたから俺は嬉しく思う。
「どこでそんな言葉を覚えてきたんだよ」
と、父さんのツッコミがあったが。
もう一人、一休みしてそのお茶に口をつけたニコアが、
「へえ、やるじゃない。なかなかのものね」
と、四歳の女児が生意気なことを言う。
とはいえ、辺境伯家の一人娘だから、そんなものか。
やっぱり高飛車な女の子に育つのかなと思いつつ、お茶を啜るニコアの表情を伺った。
美味しそうに飲んでもらえてるから、まあ、良しとしよう。
しばらくして、母さんが居間に戻ってきたけど、何事もなかったかのように振る舞ってくれて俺は助かった──と、そう信じて疑わなかった。
領主一家が帰ると、母さんは台所で晩ご飯の準備を始める。
俺はその手伝いで食堂のテーブルを綺麗にしたり、母さんが必要なものを言ってくるのでそれを取りに行ったりした。
そのすがら──。
「ねえ、火を風で消せるって知ってた?」
と、母さんは俺に訊いた。
弱い火なら仰げば消えるよな。
だから俺は「うん」と肯定。
そしたら母さんは俺にこう注意を促した。
「そう………。クウガ、火を使うのは良いけど、火事になるから気をつけるのよ」
要するに台所で俺が火を起こして風で消したことを知ったんだ。
でも、どうして分かったんだろうか。
「──はい」
「風で火を仰ぐと火が広がることがあるからね。だから本当に気をつけてね。こんどやったらメッてするよ」
なお、母さんが火を消す時は水属性魔法を使う。
俺は風で火を消した。
つまり竈の中は嵐の後みたいに燃え滓が散らばっていたんだろう。
今、思えばうかつだった。
もう素直に謝るしかない。
「ごめんなさい」
「ふふふ。気をつけてくれてれば良いよ。何だか昔の私みたいでおかしくなっちゃってね」
母さんはそう言って俺を抱き寄せる。
「やー、私も同じことしたから嬉しくなっちゃってさー。もー、ほんとほんと」
俺の頭をわしゃわしゃと撫でるのはきっと何かの裏がある。
母さんにも仕出かした過去があるんだろう。
ゴンドが来てた時に色々話してたけど母さんと領主様の黒歴史を存分に語らっていたみたいだし。
「それにしても、クウガが煎れたお茶、私も飲みたかったなー。私にも今度煎れてくれたら嬉しいなー」
「うん。……頑張る」
「ま、私がお湯を作ったときだけね」
最後に釘をさして、母さんは晩ご飯の準備を続ける。
やー、怒られなくて良かった。
でも、今度勝手に火を使ったらメッてされるみたいだから気をつけないとな。
なお、俺が領主様を見たのはこの日だけで、それからずっと見かけることはあっても会ったりすることはなかった。
リルムと遊んでくれたニコアも会ってないしね。
俺は平民。あっちは辺境伯という上級貴族。どう考えたって生きる世界が違うのだ。
それから、父さんはあれよあれよという間に出世を果たし、一年ほどで銀級三階位の冒険者となった。
昇級したから仕事が忙しくなったのかといえばそうでもなく、夜になれば家にいるのは以前と変わらない。
ここは領都セルム。銀級であればだいたいここで仕事をすることが多い。
セルムから出ることもあるけれどそれは年に一度とか二度とかそういうレベル。
父さんは順調に仕事に励んでいるわけだけど金級への勧誘が結構あるらしい。
金級に昇格をすると帝国全土で最上位の仕事が回ってくるけれど家にほぼ寄り付かない生活になるのでそれを嫌って昇格はお断りしているそうだ。
父さんについては母さんの投資が充分に実った結果だと言えるね。
それから勇者御一行様はファルタに半年ほど滞在したがセア辺境伯の協力体制が解かれ、拠点を上流の森に移してから橋を作って渡り魔族領へと侵攻した。
勇者ユウタ・キサラギといえば帝国の英雄の一人で彼と共に戦う聖女ユイナ・シラハは相思相愛の英雄として民衆からの絶大な支持を受けている。
彼らの活躍は次々と帝国内に広まって帝国軍が如月の後に続いて魔族領内へと進軍。
次々と届く吉報に帝国全土が湧き上がっていた。
そして──。
「お茶、入りました」
九歳になったばかりの俺は二人の女性にお茶を届けた。
「ありがとう。クウガ」
俺を十八歳で産んだ母さんは今、二十七歳。
相変わらず美人で綺麗な女性のままだ。
ちょっとお胸が薄いようだけどそこは気にするまい。
「レイナ様、どうぞ」
「クウガくん、いつもありがとう」
もうひとりの女性はここ数年、この家に入り浸ってる辺境伯家の当主の妹君のレイナ・イル・ロマリー。
母さんの二歳年下の美麗な女性でたわわに実る二つの果実がとても魅力的な女性。
前当主のガレス・イル・セアの一人娘で帝都のロマリー公爵家に嫁いだはずの女性でもある。
だけど、父さんが銀級三階位に昇位したときにその名が帝都にも広まって、その妻であるラナの名も挙がってしまったことでレイナの耳に入ることになった。
それから居ても立っても居られないとセア辺境伯領に戻っている。
「レイナ、あんた、毎日ここに入り浸ってるけど大丈夫なの?」
「それはもう。旦那よりも私はお姉さまのほうがずっと重要案件ですよ? 大丈夫に決まってるじゃないですか」
レイナは強烈な母さん信奉者。
毎日ここに居るし、何なら、夜もここで明かすことも多い──というか、ここで暮らしているに近い。
「旦那は良いの? ほっぽっといて」
「あいつ、極度のマザコンですげー気持ち悪いんですよー。私、もう無理ってなってるから」
「マザコンかー。私もロインも母親が居ないから全然わからないわ」
「お姉さまに例えたらクウガくんが未だにママーママーっておっぱいに吸い付くようなものよ」
酷い例えだ。
レイナは一口お茶を啜ると「わ、いつも、本当に美味しいわ。このお茶が出るだけでここに入り浸る価値があるよねー」と大げさに褒める。
「やー、居着いてもらっても困るんだけど、うち三人もこども居るのに、更におっきな子どもの面倒みるのヤだよ」
「えー、私、子ども扱いですー?」
「違うのー?」
「お姉さまの子になれるなら、私、めっちゃマザコンになっちゃいますよー」
レイナはそう言って母さんに抱きついてはしゃぐ。
大きなお胸が母さんの顔を塞ぎ、母さんは一瞬呼吸が困難になった。
「やめっ──て、本当に」
「はあー、もう、お姉さまが可愛すぎて、癒やされますー」
最近の我が家は賑やかだ。
俺は居間を出て五歳年下の弟の部屋に行く。
「あ、お兄ちゃん!」
部屋に入って最初に俺に反応をしたのは妹のリルム。
七歳になって更に可愛くなった。
父さんに似たリルムは母さんに引けを取らない可愛さで外に出ると注目の的になってしまう。
同じく父さんによく似た弟のクレイは紙を棒状にしたものを剣に見立ててぶんぶんと振っている。
「クレイ、家の中で物を振り回すのは良くないよ」
「えー、じゃあお兄ちゃん遊んでよ」
「良いよ。じゃあ、庭に出よう」
「ん、わかった」
俺が小さい頃にいたファルタとは違ってセルムでは同年代の子どもと遊ぶ機会がなかなかない。
いや、正確に言うとこの家が貴族街の直ぐ側で同じ年の子どもがいそうな平民が居ないというだけだな。
「じゃあ、リルもお外に行く! お兄ちゃん、私には魔法を教えてよ」
リルムは母親譲りの魔道士なのか俺が初めて魔法を使ったのと同じくらいの年から魔法を使い始めていた。
それも三属性。そして、母さんと同じく無詠唱。
リルムの将来はとても有望だ。
弟のクレイは魔法が苦手で使いたがらない。というか、使えない。
いつか使えるようになるかもしれないけど、どちらかというと、父さんのように武器をこしらえて冒険するほうが合ってそうな気がする。
で、庭に出ようとしたところ、レイナに呼び止められた。
「クウガくん、ちょっと待って」
「どうかしました?」
「これこれ、受け取って」
レイナは笑顔を見せてならが俺に白い封筒を差し出した。
「クウガくん、キミさ、入試で最上位だったんでしょ? だからお兄様からこの手紙を渡してくれって頼まれてたのよ」
「ありがとうございます」
封筒を受け取って俺は手紙を読む。
「これって領城に招待されてるって認識で良いんですよね?」
「そうよ。成績優秀者は私たちが晩餐に招待して歓待するって決まってるの。平民を迎えるというのは今回が初めてなのよ」
「それはどうも……」
「ということで、お城でご飯を食べるのに恥じない平民らしい服装を揃えないといけないね」
「それはそうでしょうね……」
「そんなわけで、ロインさんが帰ってきたらまた相談しましょう」
「はい、わかりました」
「うんうん。じゃあそういうことでー」
レイナはそれを俺に伝えに来ただけか。
俺は今度の春から学校に通うことが決まっている。
半年かけた入学試験の末に合格をしたものの、そこまでの成績を収めていただなんて知らなかった。
それにしてもお城……。
貴族街に入ったことはあったけど領城は初めて。
受験のために貴族街に入った時はとても怖かったけど、今回はそれ以上の緊張感だ。
ともあれ、レイナの言う通り、城に入るに恥ずかしくない服装は必要なんだろう。
父さんと母さんは良くも悪くも俺と同じ平民だからそういった服装規定的なものには疎い。
レイナが同行をしてくれるのはとてもありがたい。
きっと母さんもそう思っているはずだ。
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