父さんとの日常
母さんとリルムと一緒に家に帰ると父さんが帰ってきていた。
「おかえり。父さん」
「ただいま。クウガ」
父さんは俺の頭をワシャワシャと撫でて出迎えてくれる。
母さんが俺を迎えに行くために家を出る前に父さんは既に帰ってきていたらしく既に着替えが終わっていた。
金髪碧眼で中背だけどスラリとした体型に整った顔立ちの持ち主。
筋肉質を伺わせる引き締まった下腕に腰には短刀をこしらえている。
見るからに上等なもので、とても下っ端の冒険者とは思えない代物。
ともあれ、下っ端の銅級冒険者ということもあり、父さんはその日のうちに必ず家に帰ってくる。
それを見越して銅級冒険者であることを選んでるのだろうけれど、それは父さんが冒険者として出世することよりも家を大事にしたいという、そういうタイプだからなのかもしれない。
で、俺の頭を撫でる父さんの手はとても獣臭い。
クンカクンカと俺が鼻を鳴らしたら父さんがそれに気付いた父さんは言う。
「今日は仕事で良い獲物が獲れたんだ。しばらく美味い肉が食えるぞ。見せてやるよ」
父さんは俺を物置に連れて行った。
物置には解体された肉が大きな葉の上に無造作に置かれている。
気温が低いのですぐに腐ったりすることはないが、衛生的にどうなんだろうと思ってしまうのは前世の記憶があるからだ。
「凄い。これ、父さんがヤったの?」
「ああ、そうさ。
皮や骨などは素材として売ったらしい。
素直に「凄い……」と心の声が外に出てしまうほど。
父さんが家に肉を持って帰ってくることは滅多に無い。
特にお祝い事だってないのにすぐには食べ切れなさそうなほどの肉の塊。
うちじゃ持て余して腐らせちゃいそうだ。
「俺は明日からしばらく休みでさ。だから明日は日持ちの良い干し肉やベーコンを作るんだ」
「父さん、明日からずっといるの? やった!」
俺は子どもなので父親が家にいるのはとても嬉しく思った。
リルムは父さんよりも母さんにべったりだけど、父さんを疎ましく思うことはなかったし、きっと彼女も喜ぶだろう。
なにせ力いっぱい遊んでくれる親だからね。
晩ご飯は肉料理がメインになった。
薄めに切った生の肉に塩で味をつけて焼くだけだけど、この辺の平民の家ではとてもめずらしいことだ。
良い匂いを漂わせるから周囲の家の窓からチラチラと覗かれてしまうけど、近所の人たちにはたまにあるごちそうを食べていると思われたことだろう。
美味しいご飯を食べるとその日は気分良く眠れる。
父さん、美味しいお肉をありがとう。と、俺は感謝した。
翌朝。
目が覚めると肉を燻る良い匂いが狭い家の中に流れ込んでた。
一緒に寝ているリルムの姿は既に無く、俺は眠い眼を擦って家の外に出る。
すると、父さんがベーコンや干し肉を仕込んでいた。
「おはよう。クウガ」
「父さん、おはよう」
「良い匂いだろう。リルムがこの匂いで起きてきたんだよ」
リルムは父さんの膝の上で肉を燻る箱をじっと見ていた。
「パッパ。食べたい。これ、食べたい」
リルムも昨日、父さんが持って来た肉を美味しそうに食べてたからな。
美味しいものだと分かってるんだろう。
「ママに今焼いてもらってるから、もうすぐだよ」
リルムは朝から肉を所望らしい。
普段は朝から重いものを食べないのに、寝起きに肉料理とは珍しいことだ。
「あら、クウガも起きてきたね。おはよ」
「おはよう。母さん」
母さんの手には薄く切って焼いた肉を生地でで包んだものが乗った皿を持っている。
生地も焼き上げられて焦げ目が付いてる。これはきっと美味しいやつに違いない。
「今日はリルムが肉を食べたがったからね。クウガもお食べ」
出てきたのは二人分。
父さんと母さんは朝はそれほど食べない。それは今朝も同じらしい。
俺とリルムは肉を巻いた生地にかぶりついた。
こんなに美味しい肉料理が続けて食べられるなんて本当に幸せだ。
母さんの作った生地もとても美味しくて塩加減が堪らない。
「母さん、すごく美味しい!」
「リルも! マッマ、おいちいっ!」
リルムも食べるから柔らかめの生地に肉も噛むとホロホロと溶けていく食感。
甘い肉汁の香りが口の中で広がって、それに、思ってたよりお腹が重くならない。
「美味しく作れて良かった」
母さんはそう言うとニコリと微笑んだ。
父さんも嬉しそうに俺とリルムを見ていた。
朝食が一段落すると、家の前を通りかかった近所の女性が父さんに気がついて話しかける。
「おはよう。ロインさん。この時間にいるなんて珍しい」
「おはようございます。ええ。今日から暫くお暇をいただくことになったんです」
話しかけてきたのが女性だからか父さんの隣にすっと母さんが近寄った。
「おはようございます。水汲みです?」
「あら、おはよう。ラナさん。水を汲みに井戸にと思ったら、ロインさんの姿が見えたので珍しくて、話しかけちゃった」
「そうよね。いつも朝が早いから見ることがめったに無いもんね」
「しばらく、家にいるんでしょう? やっぱり、勇者がこの町に滞在するからその影響でかな?」
「そうみたい。私はもう引退してるから、関係ないけどロインは銅級だからお暇を出されちゃったのよね」
「そう──。何もこの時期じゃなくても良いのにね」
「本当に。私のところにも
女性同士で会話が進んでいる間に父さんは燻製器を見に庭の奥に下がる。
母さんと近所のお姉さんの話によると、どうやら勇者が来るのは本当らしい。
俺がいない間に冒険者組合から人が来て母さんに町での警護の手伝いを頼みに来たみたいで、母さんは既に引退済みだということを理由に断った──ということだった。
母さんはラナという名で、俺ができるまでは冒険者として活動していた銀級二階位の魔道士だったそうだ。
で、父さんは銅級三階位の冒険者で
二人の話では銀級に上がると領主からの指名で依頼を受けることがあり、その日のうちに帰れない仕事が増えるそうだ。
父さんはそれを嫌って銀級への昇格を渋っているらしい。
それにしても、母さんと話している女性。会話の合間にチラチラと父さんに目を向けていた。
その目線をちょっとずつ妨害していた母さん。
母さんはとても綺麗で可愛いけど、父さんは背はそれほど高くないのにシュッとして見た目がとても良い。
近所のお姉さまたちからの人気があるのか、それを母さんはちょっとだけ気にしているみたいだ。
ぺちゃくちゃと会話が進んで、その間に俺とリルムは家の中に帰った。
それからはいつもと同じで午前中は家で母さんに字の読み書きを教わって、お昼を食べたらいつもの空き地に遊びに行くのだが──。
「俺も行くよ」
父さんは俺がどんな遊びをしているのか気になったのか、一緒に付いてきた。
しかも、仕事に行く服を着て。
カイルとキウロと合流すると、
「おー、クウガのパパ、かっけー」
「凄い! 本物の冒険者みたい!」
と、揃って驚いてくれた。
「いつも、どんな遊びをしてるんだい?」
父さんはカイルとキウロに聞くと、二人は、
「昨日は勇者ごっこ。その前は騎士ごっこ。その前は──」
「冒険者ごっことかもしたね」
と、答えた。
「じゃ、今日はおじさんも一緒に遊んでも良い?」
「「うん! 良いよ!」」
今日は珍しく子ども遊びに父さんが付き合ってくれることに。
まあ、チャンバラ合戦なんだけどね。
棒切れを持って剣の代わりにして、四人で打ち合う。
それからまるで父さんが俺たちに稽古をつけるみたいにわざと負けるふりをしながら少しずつ速さを上げてみたり当たらない程度に棒を振っていた。
カイルとキウロの動きがみるみるうちに良くなって、まるで一端の冒険者みたいに、身のこなしが洗練されていく。
「わー。カイルくん、キウロくん、強いなー」
「へっへっへー。見たか魔王! これが勇者カイル様の力だ! わっはっはー」
「クウガのパパ、すごくかっこいい」
胸を張って棒を構えるカイル。キウロはずっと父さんの動きを観察してて思うところがあったらしい。目がキラキラしてた。
実の息子の俺としては子どもの遊びに付き合ってくれて嬉しい反面、ちょっと恥ずかしい。
そんな心情を察してか、父さんは俺の頭をポンポンと撫でて「上達、早いな」と声をかけてくれた。
しばらく、そうして遊んでいるうちに夕暮れで空が赤らみ始めると、キウロのお母さんが迎えに来た。
「あら、え──と……」
「クウガの父のロインです。息子が世話になってます」
キウロのお母さんが顔が赤い。
そして、うっとりした表情で父さんの声に耳を傾けていた。
「キウロの母でキナです。キウロがいつもお世話になってて……」
もじもじした様子でキウロのお母さんが父さんに名を名乗った。
ちょうどその頃、母さんが俺たちを迎えに空き地に来ると、
「クウガー、ロイン、帰るよー」
と、いつもより声を大きくして俺たちを呼ぶ。
母さんの腕にはリルムが抱かれていたけど、わざわざリルムを父さんに預けて抱っこさせた。
それから、カイルのお母さんが来るのを待って、カイルの迎えが来ると、母さんは挨拶だけを済ませてそそくさと家路についた。
父さんはカイルのお母さんに挨拶をしなくても良かったのかな──と、俺は思ったけど、それを言葉にするのは何故か憚られる。
カイルのお母さんとキウロのお母さんに父さんは会釈をしてから家族四人で空き地から家に帰った。
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