2.くたばれ芸術フリマ

 深夜、芸術フリマに出すフリーペーパーの原稿をカタカタ打っていると、スマホの通知が鳴ったのでチラ見した。

『明日の芸術フリマでオフパコしてー』

 原稿と徹夜とエナジードリンクと精神薬で脳がバグっていた。くそつまんねーネタツイだと自覚しつつ限界投稿した呟きに、一ついいねがついてた。

 いいねしてきたアカウントは、俺のフォロワーの『まりか』だった。文学かぶれやネタツイッタラーの男をフォローして、よく俺の投稿にいいねして、ストローでストロングゼロを飲む指と唇だけの自撮りをアイコンにしていて、『酒カス』『酒ヤクザ』をよく自称する、ツートンウルフカットサブカルアラサー女子。

 貞操が緩そうで、飲みにいったらワンチャンあるんじゃないか。そんな感じがした。

 こ、これは、OKサインなのか……?

 なら、なんとしてもこのフリぺを完成させないと。俺は机の上のエナドリを一気飲みし、無我夢中で原稿を打った。でも、明日やるってことは、コンドームとか用意しないと。あれ、こういうのって普通はラブホに置いてあるんだっけ。つーか腋毛は剃った方がいいんだろうか。あ、やばい、頭まとまんなくなってきた……。

 その時、机の上に高く積まれたエナドリの空き缶が雪崩れて、俺の身体に直撃した。

 翌日。心臓の高まりを抑えつつ、俺は到着した芸術フリマのブースをセッティングする。

 開始時間になり、いつものように本が若干売れていく。どきどきしながら『まりか』を待った。

「あ、こんにちわー。白瀬淳先生ですよね。まりかです」

 ゆるく声をかけられて振り向くと、『まりか』と名乗った人物がぺこっと会釈した。

 か、かわいい……。

 この子と今からオフパコするのか。大丈夫、これは合意の上だ。ちゃんと夜食べに行く店は食べログで検索したし、行くラブホも選べるようにいくつか候補に入れてある。あ、やばい、緊張で胸が破裂しそ、

「新刊一冊ください。ありがとうございましたー」

 まりかは一冊分のお金を置くと、にこやかにそのまま立ち去った。そしてもちろん戻って来ることはなかった。





 いくつかの新刊の在庫をかかえながら自宅に帰った。部屋についた途端、俺はびりびりと衝動的に新刊を破り捨てた。

「この野郎! この野郎! この野郎!!」

 それを完膚なきまでにめちゃくちゃにすると、ぼろぼろ涙を流しながらその場に崩れ落ちる。

 あ、あの時、

「あの時いいねしてくれたのにっ……」

 Twitterを見ると、まりかはいつものように「芸術フリマでたくさん買っちゃった(⌒∇⌒) #芸術フリマ」と購入品の写真をアップロードしていた。その購入品には俺の新刊もすみっこに置いてあった。それだけだった。俺は舌打ちしながらスマホをぶん投げた。

 何が文学だよ。何が芸術フリマだよ。何が酒柱だよ。本当に女ってクソだな。アバズレ。ゴミ女。死ね。くたばれ。一生俺の目の前に現れるな。

 やがて泣き疲れたので、俺は布団の中に潜った。明日の大学は何限からだったか、そんなことを現実逃避気味に思いながら、俺は死んだように眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る