「祭典の日」(その7)

 それはまさしく、陽光の如き鮮烈な光だった。陽王が放つ光は徐々に強まり、立会人の面々にもはっきりと視認できた。

 

 東の大陸に伝わる美騎爾にはその歴史に裏打ちされた幾つもの伝説がある。


 しかも、それらの一部が「現実」であることを天馬の一件で確認された。天馬は装備者を保護するために、これまで装備してきた拳法家の技を記憶してる。ならば、この陽王の伝説に関しては「光の剣を用いる」という記述があるものの、残された文書や碑文の拓本もまばらであり、それ以上の詳細は判らなかった。


 東の大陸で繰り返された戦乱、王朝の興亡の中で多くの記録が消失した憂き目を見ている。一度失われた歴史や文化を取り戻すことは困難であることは、いつの時代も同じだった。


 「陽王は、雪姉を認めたのか…」


 立会人の雹華は、姉の雪梅が見せた剣技の数々は鳳が翼を広げるのを目撃した心地だった。その技が、この陽王にも届いたのだ。


 ならば、この陽王が認めた剣士が見せるものは、その向こう側の領域になる。


 これを間近で体験できる相手が、姉の前に立つ鬼園部こと八重のみであることには嫉妬してしまう。だが、大陸中の盗賊や荒くれを相手に一度も後れを取らなかった雹華でさえ、雪梅をあの領域にまで連れて行くだけの技は持ち合わせていなかった。


 「輝きだけではない、アレは一体…?」


 雪梅と対峙する八重はさらに子細な変化を目撃していた。なんと美騎爾の表面を覆う金の装飾が、まるで根を張るように雪梅の双剣に伸びてきているではないか。おそらく気が付いていないのは雪梅だけだろう。


 再び彼女が剣を繰り出してきたとき、八重は立ち合いの疲労や暑さからか、雪梅の双剣が二重に見えるような気がした。だが、どうやらそれは八重だけではなかった。立会人もまた雪梅が振るう双剣が幾重にも見えていた。


 「陽王の光の剣というのは、発光現象を用いた幻術なのか?」


 美騎爾の研究を主導する清河大佐はそんなことを思ったが、それほど安直なものではないだろうとかぶりを振った。なにせ、大陸の美騎爾では最古の作であり歴代王朝の盛衰と戦乱を見届けているのだから、想像を超えたものがそこにあるはずだ。


 それを確かめるには、あすこにいる園部八重にすべてを託すほかは無い。


 「大丈夫、八重さんならきっと…」


 立会人の伊織は八重と雪梅の仕合に微塵の不安も抱いていない。


 伊織は彼女の剣をよく知っている。そして、仕合相手の雪梅の剣がそれとよく似た性格をしていると、遠巻きながらに感じている。


 あの二人は命の奪い合いをしているのではない。自分を形作る「剣術」が織り成す精神世界でもって、語り合っているのだ。二人の語らいは問いかけであり、必ずお互いが答えを示している。だからきっと八重ならば大丈夫だと、伊織は信じていた。


 雪梅が剣を振るうと、双剣に誘われるように光の剣が八重に襲い掛かる。


 しかし、これしきのことで動転するような八重ではなかった。すかさず斬撃の合間を狙って三段の突きを繰り出したが、この突きが捉えられてしまった。それも、双剣により防がれたという感触ではない。先ほどから見える光剣が一同に重なりこれを防いでいる。


 「この剣は幻術ではない!」


 しっかりと太刀が剣と触れ合うとき、しっかりとした重量を感じるではないか。


 あらゆる刀剣と対戦してきた八重でもすら経験したことのない未知の剣が、目の前にある。先ほどの攻撃をすんでのところで躱していたつもりだったが、身をひるがえした時に太刀の鞘を斬られたのに気づいた。どうやらあの光の剣は双剣を追尾して攻撃するだけではなく、別個に操作できるものと判断できる。幸いに背面を狙ったつもりが、手元が狂ったようだ。


 これは雪梅の剣技が遂に鳳の翼、真の飛翔の瞬間に至ったことを八重は理解した。


 「大陸の美騎爾には、このような能力があるのか…」


 大抵の剣士であればここで「お見事、参った」というところであるが、この園部八重は全く違っていた。


 「全身全霊、是非に及ばず…!」


 八重の表情が曇るどころか、益々活き活きとしている。剣の鬼と呼ばれた乙女にとって、この未知の領域とは願ってもない事、まさしく千載一遇の機会なのだ。そんな八重の様子を見て、雪梅もまた嬉しくなった。


 「ここまでの境地へ誘ってくれたこと、ここまでの能力を発露するに至ったこと、心から感謝する…」


 雪梅はゆるりと双剣を回す。今度は光の剣が一挙に全方位へ展開され、双剣が繰り出されるのと同時に全周囲から八重に襲い掛かって来た。


 「躱しきれるか…!?」

 

 八重の脳裏に浮かんだのは、弓矢と異種仕合をしたときの光景だった。その仕合では、五人の射手から五月雨に射掛けせるというものだったが、八重はこの五本のうち四本は払い落し、最後のは回避して制している。


 こういう時は一点に集中するのではなく、ぼーっと脱力した眼で全体を眺める。


 多勢を相手にする応用で一か所に留まらない。この頭で自ら雪梅が繰り出す双剣と光の剣の中へ飛び込み、いずれの一撃もさばいて見せてた。数々の仕合で練り上げた胆力によって彼女の太刀も止むことはなく、さばき切れなかった一撃であっても一寸の間合いで見切って見せた。時折、光の剣を鈴寿で見事に受け流すときは、この世に存在する光とは思えない色鮮やかな火花が爆ぜる。


 「鬼園部、なんという覚悟! 技! まさしく鬼神ではないか…!」


 立会人は思わずその迫力に、いずれも身を乗り出してしまい神官に窘められた。


 攻撃の最中である雪梅とて、すぐにでもこの剣士を大音声で讃えたい気持であった。陽光のようにとらえることの出来ず、無尽蔵に降り注ぐ剣ということであれば、なるほど東の大陸における大規模な合戦ではまさしく一騎当千、古代の名人が用いたのであれば万人をも相手にできるだろう。


 だが彼女は、そんな大陸の神品名宝が持つ霊力をも凌ぐ剣士だ。


 「さすがにこればかりは… 無傷とは行かなかったか…」


 己が振るった伯耆高綱の太刀は切っ先から鍔元まで刃こぼれだらけとなり、受けきれなかった剣は装備する鈴寿の手甲や籠手に無数の爪痕を残し、胸部を護る一枚造りの胴へ真一文字を刻み付けているのがわかった。


 それでも八重の柔肌には一つの傷すらない。


 この神事を血で穢すこともなければ、雪梅との対話をやめるつもりもないという意志の顕れだった。鈴寿の防御力は、戦うたびに増すことが分かっており、その防御力は銃弾をもしのぐことは判っている。それでも、その防御力が遥かに及ばない威力だった。


 雪梅の双剣は陽王の能力によって、全く異質の武器となってしまっている。全身にまとわりつく攻撃の余波は、既に八重の体力も限界に至らしめていた。流石の八重もこれには勝てず、片膝をつき息を整えていた。全身全霊を余すことなく使い果たしたと、誰の目にも明らかだった。


 「躱すことはできた。だが、ここからでは、届かない… あの鳳には…!」


 自分が持ちうる限りの技術は、ここで出尽くした。あれ以上の動作が自分に存在しないことは、もう判り切っている。既に装備品も、もう一度あの攻撃を受けきるだけの余力は残ってはいない。


 「いや、まだ終わらせるわけにはいかない。私は自分の言葉を伝えていないではないか…!」


 それでも、この剣を通した対話を終わらせるものかと思った時、八重は再び太刀を正眼に構えた。そして再び、雪梅も構えを正して互いが先を取り合っている。誰もこの世界に侵入しようとはしなかった。次が正真正銘の最後となる。もう、時間はない。


 「何と美しい時間だろうか…」


 八重の心は、この一言に尽きた。


 叶うことならば時間よ止まれと、この瞬間を永久のものにしたいと八重はそればかりを思う。そして、踏み込みによって玉砂利の乱れる音を最後に、自分の周囲から音の消え失せて景色が真っ白に変わっていった。

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