「もう一度彼女が行くところ」(その2)

 戦いを終え、日常に還ったのは戦士たちだけではない。


八重と伊織が先の戦いで用いた美騎爾ビキニ鈴寿すず環那かんなもまた戦場から帰還し、修繕という休息の時間を迎えていた。


 これには爾子こと清河大佐が立ち会っていた。


 美騎爾の伝承に着目し性能検証から使用許可まで取り付けたのは彼女であったので、これもまた一つの締めくくりと言えよう。しかし、千里眼や奇才と呼ばれる彼女だけに目的はそれだけではなかった。この保管と修繕を担った近衛師団付きの兵器研究所からの一報で、彼女が現地に赴く次第となった。


 「案外、古文書なども非科学的と侮れない」


 美騎爾には如何なる攻撃も無効に出来るような一種の霊力を持っていることは検証済みだが、これでもう一つの能力が発見された。


 防御力の他に自己修復する性質を思わせる記述が鈴寿と環那の由緒書きにあったが、これは例えば刀剣の類でも「蛍が集まった光」だとか「鶴の姫君が顕現した」という、よくあることと思っていたが先例があるために爾子は戦闘終了後から非常に気になっており、その後の損傷状態の確認にも立ち会ったほどだ。


 その時はこれといった変化が確認できなかったが、どうやら時間が経つとともに能力が発動したようだ。


 「これがその時の?」

 「清河大佐、その通りです」


 爾子の目の前には、鈴寿と環那を撮影した写真が時系列に沿って並べられべていた。損傷が特に激しかった箇所が、まるで人間が刀傷を縫ったように盛り上がっている。また、籠手や手甲などのへこみが段々と元の形に戻っているのが判る。形状記憶合金という代物も近頃はあるが、その比ではない。


 「具足師たちを招聘しても断るはずですよ」

 「どうやら、連中には周知の事実ということか…」


 扶桑八領、その名宝にまつわる神話を知らない具足師などはモグリもいいところだろう。寧ろ、それも知らずに持ちだした軍部の無知蒙昧、高慢さが笑われているだろう。


 「それで、二領は完全自動回復…というところかな?」

 「はい、今回の自己修復を経て、以前より硬度や密度が増しています」

 「その他には?」

 「はい。環那は鈴寿よりも修復速度が速く、それぞれ違う特性があるものと」

 「そうか」


 環那の修復速度が向上したというのは、対戦相手の猛攻を受けて一種の防衛機能が働いたということだろうか。園部八重に比べれば戦闘経験に雲泥の差がある月岡伊織、そんな彼女を保護するべく強く能力が発動したのかもしれない。


 「まるで意思を持っている金属…」


 爾子は驚きを隠せない、まるで近頃流行りの空想科学小説ではないか。ならばこの二領の原形となったという「東の大陸」のそれは如何ほどのものか研究してみたくなる。だがこれは旧王族が所有しており、取り寄せるには少々骨折りが要る。


 先の東の大陸での戦役は扶桑之國は勝利に終わったが、これが大陸に新たな風を吹かせた。


 敗戦と泰西王国の二枚舌に翻弄された王室は、遂に反王室の民主運動という大嵐の前に退場した。そして志士の中心人物だった司馬明明が「東華民国」の初代総裁として臨時政府が発足、今ではかつての志士たちも「元勲」としての栄誉を手にした故の慢心、徐々に草莽の志を忘れ内部での綻びも目立ち始めた。


 さらに地方の政治的混乱は続いており、王室を支持するによる一部の将兵たちもこれに乗じて内戦を企てていることは、現地諜報員から伝えており渡航自体がかなり危ういものになっている。


 ましてや陸軍が表立って旧王室に接近というのは、ますます難しい。


 「清河大佐、加えて一件報告が」


 技術士官がもう一つ報告しようとしたとき、爾子の思考は東の大陸に向いていたが、相手の言いたいことはもう察していた。


 「エマ・ジョーンズ伍長の装備にも、似た性質の金属が用いられている。だが、これはどうも人造だ。違うかな?」

 「流石です清河大佐…まったくその通りです」


 黒革に打ち付けられた鉄鋲が、どうもそうであるらしい。しかし、成分が極めて似ているが人為的であることが原因か、こちらの美騎爾の防御力には及ばないことと、自己修復も低速であるあることが彼らの研究で分かった。


 「さて、人造とわかれば後は製法なのだが…」


 出所があるとすれば、古来より金属の加工技術に抜きんでている東方連邦とうほうれんぽうそれも正確には東方帝国と呼ばれた時代、諸侯が群雄割拠する西方諸国に広まっていった。


 扶桑之國で言えば旧政府の統治が始まる前の時代あたりだから四百年ほど前に遡る。


 今日の東方連邦の優れた製錬技術や金属加工は、もちろん現代の科学による賜物である。しかし、その礎となったのはあちこちに居た鍛冶職人の技と知識、そして錬金術師のように魔法と科学の狭間に居た人間にたちの叡智によるものだ。


 軽量でありながら、防御力を保つという二律背反する要素を満たすのみならず、自己再生する金属。甲冑ビキニアーマーの素材としてうってつけの金属であり、その希少性から重代の宝となり得る存在。当然、武具として現存し続けることは「勝利」の象徴であり、所有する家柄や位を示すものである。


 ところで、これが泰西王国たいせいおうこくの産でないと踏んだのは、美術、手工業・工業の視点いずれから見ても、あの国独特のセンスから掛け離れたものであったからだ。加えて、あの国は他の国から優れたものを頂戴してくる悪癖がある。それは、今日も健在の泰西王国への反発などに見られるように歴史が幾つも例を持っている。


 「残念ながら、製造方式についてはまだまだといったところです」

 「ああ、それは惜しい」

 「ええ、まったく。この金属を量産することができれば、叙勲ものの功績になりますよ!」


 技術士官は口惜しそうな表情だった。


 爾子はこの甲冑や金属に興味は尽きないが、製造法などは解らず内心よかったと思う。


 技術士官達の科学的好奇心と熱意に免じて、今は少し落胆するふりをしてみせようと思った。叙勲ものの新発見という一言、なんと思慮や想像力を欠いた見解だろう。地獄の扉を開ける鍵をこの金属で作るつもりかと呆れてしまう。


 このような金属で兵器を作られたのであっては、それこそ人類が死滅するまでの戦争が可能になる。


 自己修復する金属を用いた兵器による永劫の戦い、その極致に至っては大合衆国で現在研究中の「光の爆弾」のような大量破壊兵器が通常兵器となる惨状しかない。そして、最後に地上に残るのはこの金属でできた兵器たちだけになるだろう。

 

 今は、この技術士官にどうのこうの思っても仕方がない。この美騎爾、そして金属の研究は一考の価値も意義もある。ならばどうするか、爾子は接触するべき人間が何人か思い浮かんでいた。


 「よし、すまないが分析した結果の写しを参謀府まで送ってくれ」

 「了解です」

 「ああ、それと修復の手間はかからないが、保管の手間は怠らないように」


 爾子の最後の依頼に、技術士官はクスと笑って敬礼で返した。

 

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