「美騎爾の導き」(その4)

 大合衆国側の立会人、アリサ・スカーレットは同じく立会人を務める希子の下へ通された。戦場と呼ぶにはあまりに美しすぎる景色、時山家の別邸は名園で名高いが、まったくその通りだと思う。しかし、庭に見とれている暇はない。戦艦レイクランドの火災に関するやり取りを、ぎりぎりまで対応せざるを得なかった。

 

 「時山少将、だいぶ遅れました。申し訳ありません」

 「いえ、スカーレット女史。それには及びません。件の事故については我々も把握しております」

 「ありがとうございます。幸いに、周辺地域や人的被害は無かったと聞いております」

 「それは何よりでした」


 アリサは、希子の隣に座って庭先に目をやる対戦相手に驚いた。


 というよりも、その装備に目を疑った。あの独特な女性用の甲冑、間違いない。あれは扶桑八領に数えられる美騎爾ビキニではないか。彼女は長い扶桑之國滞在で、かなり歴史と文化に精通している。そのため、扶桑八領の実物が実戦に出ていることに驚きを隠せない。何より、美騎爾は祭礼に用いられるもので、二人の姫君が戦場で用いたという記録は創作であると考えていたのだ。


 そして我々の美騎爾ことBIKINI<兵員の戦闘(Battle)における強度(Intensity)の維持(keep)及び行動の独立性(Independence)確保と正常化(Normalize)を目的とする接触面(Interface)>と対峙するとは、何という奇縁だろうか。しかし、こちらの装備については現代の戦争のデータや戦闘を反映させた最新鋭の装備だ。名前の一致や、意匠に似たところがあるのは偶然としても、その性能差は歴然としている。


 それでも現代の戦闘にあれを持ち出して来るとは、これは何か秘策があるのだろうか。


 「時山少将、あちらの甲冑は寿

 「さすがスカーレット女史、博識ですね。月岡君が装備しているのは環那の方です」

 「あれほど優美な甲冑を見たことがありません」


 このような場所ではなければ後学のために鑑賞をしたいという言葉が出る前に、アリサは言葉を止めた。希子の眼差しが既に戦場の軍人であることに気づいたからだ。彼女が、そしてあの代表が立つ場所を「このような」と言うことが非礼であることは、文官のアリサでも十分にわかった。


 そして伊織が待つ庭先に、ついに相手方も姿を現した。

 

 「大変お待たせしました。大合衆国陸軍士官学校、ナオミ・オハラ士官候補生です」


 短い金髪、碧眼。引き締まった体に大合衆国の新兵器「BIKINI」が装備されている。関節を保護する保護具プロテクタに、上下分離の戦闘服。これは現代の兵士というよりは、西方諸国に伝わる古代の剣闘士グラディエーターに通じるような意匠にも見えた。武具に於いて、用いる技術の進歩はあっても根本的な問題を解決する意匠は共通すると感じさせる。


 「一体、何の導きだというのだ…」


 対戦者の伊織と立会人の希子は、相手の装備を分析するよりも先にこの一言のが浮かんできた。

 伊織などは一昨日まで学校の宿舎で生活を共にしていた。そのナオミが手にしているのは撃鉄が内蔵された手動と自動の切替式の新型散弾銃を手に目の前に居る。


 あれは先日、陸軍学校の射撃訓練で全員に情報交換として紹介していた新型で、陸海軍の哨戒任務や暴徒鎮圧を目的に開発された試作品だと聞いている。彼女はぱっと、着剣ラグに銃剣を取り付けた。


 その間、驚く表情の伊織を見てナオミは昔読んだ小説の台詞を思い出した。


 「もしここにいる連中と、戦場こんなところでなんか出会わなければ、どっかで友達になれたかもしれない」


 何だか、くさい台詞だなと思ったが、今なら自分でもそんなことを言うかもしれない。目の前にいるのはその友達、ルームメイトではないか。どうやっても相手を敵と認識できないが、任務を放棄するわけにもいかない。最善を尽くすのが軍人の本懐だ。


 勝利条件が「相手の戦闘継続が困難になれば勝利」というなら、相手をダウンさせる他は無いかとナオミは考えていた。無論散弾などは用いずに極力短時間で、最低限の攻撃で勝利する。

 不謹慎だが、この番狂わせは自分にとって助けとなった。もし、当初の予定通りシーラ・ウィルソン上等兵が立ち合っていれば、伊織が死傷させて目的を達成する可能性もある。


 絶対に伊織に血は流させない。必ずあの日常に生還させる。


 「伊織さんには悪いけど… 一瞬だけひっくり返ってもらう」 


 一方で同じようなことを、伊織も当然考える。驚いたのは相手の装備、どこをどうやっても白刃が当たれば重傷を負わせてしまう。反射的に攻撃して傷つけるということもありえるし、何より相手の攻撃を回避するだけでは勝負がつかない。最悪、逃げ回り続けて自分が相手バテれば動けなくなるが、これは論外。互いに体力は自信がある上に、引き分けと判定されれば只の先延ばしにしかならない。


 「絶対に負けられないけど、絶対に勝ちたくない。どうしたらいいんだろう…」


 なにか道はないのかと考える。だが、答えは見えてこない。その判断ができるほど、彼女は軍人としても女性としても成熟していなかった。


 戦争とはその規模に依らず残酷な光景と選択の連続なのだ。頭の中でうじゃうじゃ考えていると、ナオミがつかつかと近づいてきた。まさか、この場で仕留めようというのかと思ったが、ナオミは作法に乗っ取って、薬室にも弾倉マガジンチューブにも一つも散弾ショットシェルが入っていないことを伊織に見せた。


 「伊織さん、この通り実包は入ってないから確認して」

 「あ、うん… 大丈夫。ありがとう…」


 伊織も作法に乗っ取って受け取り、銃の様子を確認した。


 その動作の意味を縁側から見る二人も理解していた。どうやら、銃撃による最悪の結末は無い。ナオミは戦闘だというのに「ありがとう」とは如何にも伊織らしいと思っていた。それに、こんな時でも彼女のまなざしや表情に憎悪や敵意はない。


 「それじゃ、やろうか」

 

 ナオミもまた普段の表情で返した。おそらくこれほど穏やかな開戦は、お互いの國の歴史を振り返っても存在しないだろう。


 さて、伊織はいよいよ本当に困った。八重より強いということはないと思っていたが、正直なところナオミ・オハラは拳闘や組み打ちに於いては親友の八重を凌駕しているし、自分も学科では何度も敗れている。


 仕合は始まった。


 二人の様子は正反対、伊織は正眼に上総介兼繁の大刀を構えじっとしている。一方でナオミは、拳闘の時のように軽快にフットワークを取りながら攻撃の機会を伺っている。


 「先ずは、あの構えを崩さないと…」 

 

 先にしかけたのはナオミだった。美騎爾の奇妙な意匠は観ての通りだが、甲冑としての防御力は健在と見た。それに、伊織の正眼の構えは美しい、全方位に気が満ちており立ち合いにおける精神的な駆け引きにも動じないのが見て取れる。


 ならば、手数で全方向から仕掛ける。構えを整える暇を与えることのない拳打と蹴り、陽動の中にある本命の一撃は、美騎爾の防御があっても伊織の身体にびりびりと伝わってくる。


 「まずい…! 圧されてる!」


 ここで伊織の構えが崩れた。あの正眼のおかげで、ナオミは急所の正中線は狙えなかったがそれが開かれた。怯んだところに銃剣による連続の突きが、まるで林のようになって迫る。だが、怖いのはここから。これは林のざわめきにすぎない。その林から動物が飛び出すように、銃床での殴打が伊織の胴を狙った。


 「ほら来た!」


 伊織は辛くもその本命の一撃を躱す。あのまま胴、鳩尾を直撃していればそれで勝負は決していた。ナオミが散弾を選んだのは、小銃よりも少し短いがその取り回しのよさだ。

 これは暴徒鎮圧における集団戦闘では必須の用件、格闘のモーションを次につなげるためにはうってつけの得物だった。この型式モデル羽のように軽いという宣伝文句キャッチコピーで有名だが、堅いウォルナット製の銃床でぶん殴る威力は当然大槌のように重い。


 「危ない危ない…」


 一方で伊織に余裕などはない。だいぶ不格好に回避したが、よくやった。なんだか、土壇場での回答が点数になったような気分だ。こんなところでも赤点ぎりぎりなんていうのは、ちょっと冗談じゃない。全世界に存在する槍という長柄武器は、対戦相手の得物として十分注意したいと、八重に手ほどきを受けた甲斐があった。さらに、槍術については憧れの希子様こと時山希子からも指導を受けており、この見切りと回避はその成果というものだ。どうやら銃剣の攻撃は、槍の穂先よりも変化に乏しい、そしてどうやらナオミは刺突による止めを狙っていない。


 「でも、簡単に勝たせてくれるってことは、なさそう…!」


 伊織が心の中で呟いたように、隙があれば伊織の腕を取り、組み打ちに持ち込もうとした。その拍子はまったく自然。伊織の影になったと思えば、いつのまにか腕固めを極めてくる。己の五体を使った格闘に関しては、ナオミの一族が統合した大合衆国の格闘術の集大成というもので、極めて手ごわい。


 しかし、伊織も一方的に関節を極められるだけではなく脱力と重心移動で、するりと抜けて見せる。また、ナオミの投げ技が決まっても自然な受け身でこれのダメージを軽減している。これは身のこなしに加えて、美騎爾の耐久性や甲冑の構造を利用したものだった。


 「なかなかやるね…」


 だが伊織の技術は、短期間にかなり向上させたものと推測できた。実戦を知る古流に残された動きや、秘伝と呼ばれる技について生兵法という段階ではなく、七割は身についている。例えば一つ一つの動作が「形だけ」になっているところがなく、しっかりと生きている。よほどの指導者がいるもので、その指導力たるや自分の父や兄、祖父に勝るとも劣らないだろうとナオミは考えた。


 「でも、実戦の経験値がまだまだだね…」


 何やらナオミが思考した瞬間を隙と捉えて伊織は打ち込んだ、がこの一手はうって変わって畑に鍬を振り下ろすように緩慢、初動が完全に読めた。この一撃は見事に散弾銃の先台をスライドさせたときの隙間で捕まえられてしまったではないか。


 「えっ!? 白刃取り!?」


 これには伊織も思わず声が出た。まるで十手術のように、散弾銃の機構メカニズムをこんな風に使うとは想像もできなかった。そして焦って引き抜こうとした瞬間、ナオミにとって打ち込むには十分すぎる時間ができた。すかさず彼女の拳打と蹴りが伊織を強襲する。その速さ、連続攻撃の滑らかさと速度は、玉砂利に影が写らないほどであった。それは美騎爾の上からでも痺れるほどの威力で四肢を痺れさせ、胴に入れば内臓を揺さぶられ鈍痛が走る。


 さすがの伊織も激痛に耐え兼ね、その場に膝を着いた。 

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