「時が来りて」(その3)

 思わぬ幸運もあったものだと、シーラ・ウィルソン上等兵は意気揚々としていた。


 あのナオミ・オハラに一勝した上に、続けて指導を受けられるとは幸運以外の何であろうか。母国、大合衆国で対戦や指導を待とうとすれば何年かかることか。

 

 そして何より、扶桑之國相手の重大な試合に推薦をもらえるとは思いもよらなかった。この二つの幸運、はるばる極東までやってきた甲斐があるというものだ。対戦本番まで勤務を免除された彼女は、帝都は西方の扶桑第一港に寄港する戦艦レイクランドにナオミを招いて特別訓練を受けていた。


 日々の練習でシーラ上等兵はナオミの格闘センスに感動する。


 彼女は銃剣術の「専門」という訳ではないが、こちらの技術をあっという間に吸収している。下手をすれば、一日の長があるこちらも圧倒されることになりかねないと、冷や冷やしながら練習に付き合ってもらっている。だが、こうでなければおもしろくないとシーラ上等兵は思っていた。こちらにだって不撓不屈の海軍魂がある。


 「シーラ上等兵。今日の練習、一つお願いがあるんだけど…」

  

 艦内体育館で練習を始めるところだったが、その前にナオミから一つ提案があった。何でも、当日に使用してほしい装備について、慣らしも兼ねて今日からの練習に導入したいとのことだった。


 「オハラ士官候補生、構いませんよ。それでやりましょう」


 これも思わぬ幸運だった。ナオミは、扶桑之國陸軍学校での技術交換のために、いくつか最新式の装備を預けられている。次期正式採用というよりも世界初となる自動小銃に、四十五口径の新型自動拳銃と短機関銃、シーラ上等兵はナオミが一体何を銃剣術という最古の戦闘術の訓練で提供してくれるのか興味があった。

 

 彼女が持参した鍵付きの鞄を取り出し鍵を開けると、いよいよその気になる中身が登場した。


 「確か、これは『兵員の戦闘Battleにおける強度Intencity維持keep)及び行動の|独立性《Independence確保と正常化Normalizeを目的とする接触面Interface』だったでしょうか? 完成していたのですね」

 「その長い名前、よく噛まずに言えるね」


 この新装備が二着、ナオミに預けられていた。実はこの装備に関しては、実戦に近い環境で能力を評価したいところがあり今回の機会を利用することとした。


 何より、この極東地域でも筆頭格である扶桑之國の武術を相手にデータを収集しておくことは、分析と改善を得意とする大合衆国陸軍にとっては当然のことだった。このやけに名前の長い装備だが、意匠そのものはシンプルであった。手足の間接を保護するプロテクタ、胸部と腰部の装備にあたるそれは、まるでのようであった。


 この基本装備に対し、戦況に合わせた接触面(Interface)を装備を追加することで、兵員が環境に左右されない戦闘活動を実現させるというのがコンセプトである。これが実現すれば兵士の育成はより短縮化され一人当たりの能力も大幅に向上、戦闘要員の削減可能になる。今後、大合衆国が盟主となる世界連盟は、世界の平和維持の責任を負うことになる。


 その時、求められるのは世界最強最高の軍隊であり兵員である。開発は大合衆国の科学力と経済力をフルに発揮した。開発当初は、弾丸や爆発からの保護を目的とし、扶桑之國や西方諸国に子来伝わる甲冑のように鉄板で覆ったような重装甲になってしまい、兵員の運動能力を著しく損なう結果となった。


 これでは本末転倒ということで、基本となる軽量装備に追加していく方式にしたのは先述の通りだが、そのためにこの基本装備には、基本的身体能力を向上させる役目がある。

 胸部と腰部を中心に、上半身と下半身の筋肉からの電気信号を各間接のプロテクタに伝達。これを受信することで、筋肉へ刺激を与えて身体能力を向上させるという仕組みで、これを通常の戦闘服の下に用いるという運用を検討している。


 軍需産業のみならず、民間企業もこぞって新素材の開発などに協力。この基本装備の開発だけでも、産業面で多大な成長をもたらしたというのだから、その国力は感嘆に値する。これを仮に泰西王国や西方諸国が行うとすれば十年、扶桑之國の国力なら五十年は必要になるだろう。


 「しかし随分長い名前ですよね。単純明快がモットーの、大合衆国らしくないといいますか。」

 「そこで主要な単語の頭文字を取って、BIKINIって略称にしてるらしいよ」


 シーラ上等兵の意見に、ナオミは全く同意であった。装備を軽量化する前に、名前をもっと短くできなかったのかと思う。どうも、我が国は変なところで見落としがあると二人は笑った。この略称になるほどとシーラ上等兵も思ったが、少し疑問があるようだった。何かを確認しているような顔をしている。


 「ところで、この装備に用いられる単語の頭文字ではBIKINIとはならないような気がするのですが・・・」

 「いいよ、細かいことは。が大事なんだよ」


 なるほど確かに母国の文化はそういうところがあると、シーラは妙に納得した。これが陸軍で採用されれば、同様の装備を海軍も採用するだろう。きっとその時、この点を突っ込むにちがいない事あるごとに。そう、世界中のどこであっても。


 この装備を身につければ、自ずとその肉体をあらわにすることなるが、二人ともそのような羞恥はなく任務と訓練に臨む気持ちであった。しかし、流石は互いに鍛え抜いた肉体ということで美しかった。


 ナオミ・オハラは全く妥協のない体作りを同居人にも褒められるほどだが、シーラ上等兵の肉体も負けじと美しい。まさに水兵特有の船上で鍛えた筋肉は、ナオミと同じ背丈でありながらがっしりした印象を与える。そして、航海の余暇で海に親しんだと思われる日焼け跡が鮮やかであった。美しい肉体に汗が滴り、皮膚が紅潮する様を際立たせる。


 体育館に弾む息遣いと木銃がぶつかり合う音が聞こえる。


 時折、ナオミがシーラの銃剣の間合い飛び込み、手首を極めたり投げ技に持ち込む。銃剣の近間の弱点についても容赦なく攻撃するなど、かなり変化に富んでいた。それもこの「BIKINI」を装備してということで、二人とも互いに驚くほど身体反応が向上していたことも手伝っていた。


 だが、かなりこれは身体に負担をかけるようだった。ナオミは体作りを行っていたが、それでも不十分。どうもスタミナを使い果たしてしまったようで、自然と攻撃を止めてしまった。シーラ上等兵は、いつもの練習以上にペースを上げすぎたせいか、呼吸の乱れがいつもより激しい。全く、とんでもない装備を発明したものだ。今後はこれを扱うだけのトレーニング方法であるとか、負担軽減の薬剤などが研究されるだろう。


 二人は互いに握手をして練習を終え、一息つくことにした。ところが一息どころでは、呼吸は整いそうにない。互いに手にした水の瓶は、すでにぬるくなっていたが、それが冷たいと感じるほどに体も熱くなっていた。


 シーラ上等兵は汗に濡れたナオミを見て、その短い金髪と澄んだ碧眼に自分はこれほど美しい獣と戦っていたのかとハッとする。ナオミとてそれは同じであった。短いがツヤのある黒髪に吸い込まれそうなとび色の瞳、自分はこのような海の女神を相手にタックルをしかけたり、関節技に持ち込もうとしていたのかと、何か少し恥ずかしいような気持ちになった。


 要するに、二人ともお互いの美しさを誉めることもなく無我夢中で戦っていた。そして今、二人の間に流れる妙な気配と格闘することになった。


 「オハラ士官候補生… これは、驚きの性能ですね…」

 「ホントだよ。あまりこの機能に頼りきると、完全に持ってかれちゃうね…」


 この妙な気配を破るシーラ上等兵の一言に、ナオミも同じ意見だった。こんなシンプルな装備で、ここまでの性能を発揮するのであれば間違いなく例の試合は勝利できるだろう。ナオミは、シーラ上等兵に関して最早憂慮するところはなかった。扶桑之國の軍隊に、これほどの装備があるとは考えられない。なにせ、ようやく短機関銃の開発実用の段階、拳銃はまだ回転式ではないか。



 シーラ上等兵の顔に、やはり勝利への確信が見て取れた。頼り切るまでもなく、決着できるだろう。まるで映画の早回しのように、自分の手足を動かせたし、相手の攻撃を難無く回避できたのだから。


 「ところで、対戦相手は?」


 ナオミが唯一気にしていたのはここだった。一対一の対戦なら、間違いなく剣術で来るだろう。扶桑之國の剣術は自分の祖父が一番苦戦した武術、殊に重要な一戦にはこれを用いるとナオミも十分に知っている。


 「それが、何も公開してもらえないんですよ」

 「えっ、何だか妙だなぁ…」


 相手に出方を悟られまいと、ぎりぎりまで公開しないつもりだろうか。ナオミは任務扱いで、この選抜に関わっているがずっと違和感を感じている。特に大きな違和感は、なにせ、外交筋であるはずのアリサ・スカーレットさえもが首を突っ込んできた。


 単なる腕比べではなく、何か別の目的があるのではないかとも考えた。例えば、自分が表に出ないで、人を使って済まそうとかいう性格の曲がった目的があるのではないか。


 ナオミだけではなく、オハラ家の者は皆そうなのだが公平性を欠くことや卑怯な振る舞いを非常に嫌う。しかし、具体的な理由は見つけられず、ただの邪推や杞憂で終わってほしいと思うばかりだった。 


 「オハラ士官候補生、今度は艦のほうにも顔を出してください。みんなきっと喜びますよ」


 シーラ上等兵の屈託の無い笑顔を見て、なるほど今はそちらのほうを考えておこうと思った。

 

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