「扶桑八領」(その4)

 八重と伊織は昨夜の美しく力強い覚悟を伝えるために、陸軍省の庁舎へ向かうことにした。身支度を済ませて「いざ」というときに、トラブルが起きた。


 路面電車が夜間の事故から回復せず早朝から全線運休、そしてトラブルは単騎ではなく必ず数騎で押し寄せて来る。これを受けて、代替手段の人力車・馬車もすべて出払っていた。庁舎までは、路面電車を二度乗り換える程度の距離。この混雑の中を徒歩で行くとすれば正午までは間に合わない。

 

 「昨日、あれだけ真面目にやってたのに!」

 「仕方ないわ、いそぎましょう伊織…」


 仕方なく二人は昨夜の美しい決意をどうしてくれるのかと行き場のない怒りを抱えつつ、混雑の少ない道や裏道を韋駄天のように駆けて行った。時折、道行く人達が士官候補生たちの全力疾走を何事かと見ていた。遅れるわけにはいかないと、息を切らせて庁舎に到着したのは約束の正午五分前。庁舎の正門に清河中佐が立っていた。


 「申し訳ありません」


 すぐさま謝罪したが、息を整える暇も無いためか後の言葉が続かなかった。

 

 「ああ、路面電車の運休だろう。それより急ごう、時山大佐がお待ちかねだ。こちらは遅延できない」


 二人は清河中佐に案内されて、時山大佐の待つ部屋へ通された。ついに二人はやって来たのだ。


 「園部君、月岡君、この戦いは必ず勝利する。そのために、私も清河中佐も如何なる困難も一切厭わない」


 二人の返事を聞き届けた時山大佐こと希子は言った。相棒の清河中佐こと爾子もその言葉通りの心境だった。これは元帥大将の父から受け継いだ軍人としての心や覚悟ではなかった。この二人を、何としても護らねばならないという慈母の心であり、覚悟であった。


 「さて二人とも、時山大佐の言葉だけでは心もとないだろう。そのをご覧に入れよう。こちらへ」


 爾子の舌鋒は相変わらずで希子も苦笑したが、彼女がその骨折りした成果を二人に見せてやりたいのは確かだった。言葉や覚悟だけで、この二人を護れる筈がない。そこはやはり、軍人としての本分から希子も爾子も現実的であった。そんな希子と爾子に連れられて、八重と伊織は自動昇降機エレベーターに乗った。そこで奇妙なことが起きた。


 八重と伊織は故障かと思ったが、そこが目的地だった。軍用地下鉄のプラットフォームだ。


 これは陸海軍の庁舎、ならびに帝都内の各連隊や陸軍学校といった関連施設の地下に敷設されており、拠点間の安全かつ高速な移動を実現している。二人が陸軍学校を卒業する頃には、地上の鉄道も蒸気から一部この方式に置換されるという。この最新式の地下鉄道は、有事の際にしか稼働しない。すなわち、この扶桑之國の権益奪還が「作戦」として正式に認められ、彼女四人たちは特別部隊として承認された証だった。


 しかし、路面電車の遅延で韋駄天になることとなった八重と伊織にすれば、最初からこれを教えてほしかった。


 「すまないな。最初から教えれば良かったが、今朝まで部隊が正式に承認されなかったから利用できなかった」


 二人の表情から察したのか、爾子が事情を説明した。


 部隊として正式に承認させることは必要不可欠だった。あらゆる設備から装備まで、自由自在に扱えるように段取りをつけてきた。希子の持つ元帥大将の娘という背景と、奇才・千里眼と呼ばれる爾子の知恵でその無理を短期間で通せた。その充実ぶりについては扶桑之國陸軍最小の部隊に、最強最高のそれが割り当てられたと言っていい。


 そして何より、部隊と承認させることでこの二人が正式な「任務」に臨んだことから、責任逃れはさせない。ここは特に希子が憂慮したことだ。万が一の際に園部八重、月岡伊織が士官候補生が「陸軍学校の野外演習中に事故死」などと、勝手な記録とともにその勇気と覚悟を歴史から消されては困る。特に今回は、一般非公開の声明に対する行動ということもあり、その点に絡んだ問題は非常に大きかった。


 目的地に到着した。地上のように乗り換えなどの必要がないため、その移動時間は地上のそれより早い。希子と爾子の苦労話を、すべて明らかにするほどの時間もないほどだ。到着したといっても地下の匿名プラットフォームゆえに、どこに着いたかは八重も伊織も判別できなかった。そのまま地下の通路を進んでいくと、扶桑之國ふそうのくに陸軍の近衛師団専属の工廠と兵器研究所の格納庫だとわかった。


 ここは近衛師団の将校でも、ごく一部にのみ入室が許可されているほど厳重な取り扱いを受けている。


 「到着、ここに時山大佐のご尽力が格納されている。とくとご覧あれ」

 「これが今回、我々が都合してきた装備の全部だ。すべて使」  


 爾子がニヤリと笑うと、格納庫の扉は開かれた。希子の一言と照明によってその「ご尽力」の全容が明らかになったとき、八重と伊織は一体何だこれはという感想しかなかった。

 

 「泰西王国が提示した“携行可能な得物“ということで、およそ条件に一致するものはすべて揃えたつもりだ」


 希子は言った。そう、確かに昨日聞いた話ではそうだ。見ればたしかにその条件を満たす装備が揃っている。


 問題はその数だ。戦うのは我々二人だと認識している。相手も同じ数のはずだというのに、揃えられた装備の数ときたら、まさに壁一面天井に届くまでといった具合だ。試作品を含めた最新式の拳銃に短機関銃。そして、火縄や火打の古式銃までの博物館さながらに陳列されている。さらに驚くのは所狭しと並んだ刀剣の数々だ。白鞘にかかれた由緒をチラと見れば、誰もが知る名刀がまるで数打ち刀のように転がっているではないか、同じく長刀や槍の名物もズラリと並んでおり、刀剣類に明るい八重にとっては宝物殿の如きであった。


 「特に刀剣については、決闘ということもあり匿名の有志から快く協力を頂いた。そして、鬼園部の眼鏡に叶いそうなものを都合した」


 希子が目をやった方向に、八重も目をやる。特別製とおぼしき刀箪笥がある。各々の引きだしに印された由緒をチラと見て驚く。刀剣の横綱ともいうべき「最上大業物」が下段に収まっており、その上段には金品に代えられず「無代」と認定された正真正銘の名刀の名が記されているではないか!


 なんだか却って出所が不安になってきた。これだけの名刀を集められるのは、匿名の有志、よもや華族や旧諸侯にまで協力を取り付けたと言うのだろうか。


 そんなことを八重が考えていると、伊織が無造作に刀箪笥を開けて、もっと無造作に鞘を払おうとしている。


 「伊織!?このお馬鹿さん!」

 「痛いッ! ちょっと、いきなり打たないでよ!」 

 「貴女、これを何だと思ってるの!?」

  

 八重は気が気でなかった。自由に使えとは言われたが、雑に扱って良いものではない。よりにもよって無代の名刀が収まる段というのは勘弁してほしい。


 「刀!」

 「そうじゃない!」


 伊織は自信満々に答えた。たしかに刀だ。少なくともそれ以外の何物でもないが、もっと由緒を気にしてほしい。一体その自信はどこから来るのかと八重はあきれる。そしてこの幼なじみが、進級ぎりぎりの学科試験の成績であることを思い出して「しょうがない」と自分を宥めた。


 「おいおい、こんな名物を並べておいて、漫才を披露しないでくれよ」


 爾子は二人のやり取りに爆笑した。一方で希子も笑いを堪えるのに必死な様子だった。鬼園部はその剣士としての性格があるとして、伊織がこれだけの武器武具それも最新鋭から銘品の数々に囲まれて怯まないとは確かに太い肝っ玉だと感心する。


 「得物は自由だが、防具はこちらが選んだものを装備してもらう。規定では、条件が同じ防具を着用することが了承されている」


 次は防具の登場かと八重と伊織は息をのんだ。これだけの潤沢な得物の数々、一体規定の防具とは想像もつかなかった。もはや透明になれる外套だの、完全防弾のそれが出てきても驚かない。


 「扶桑八領ふそうのはちりょうから鈴寿すず環那かんなを用いる許可を王室から頂戴している。これが君達に貸し与えられる」


 希子の言葉に、八重も伊織も耳を疑った。扶桑八領ふそうのはちりょうと、たしかに言った。


 「鈴寿と環那!?」


 八重は思わず声に出した。扶桑八領ふそうのはちりょう鈴寿すず環那かんなと聞いて驚かないものはいないだろう。扶桑八領ふそうのはちりょうとは、有史以来この扶桑之國ふそうのくにで用いられた甲冑具足の銘品をいにしえの帝が選りすぐった物ではないか。


 そして鈴寿すず環那かんなと言えば、その優美さは筆頭に挙げられるほど精密な作り込みであると口伝されている。


 殊に環那かんなについては「千年に一度現れる銘品中の銘品」と名高い。いずれも一般には非公開で、王室の祭事などに代々用いられていることのみ伝え聞いている。だが現代にあって美術、学術資料として価値はあるが防具としての実用価値があるとは到底思えない。

 伊織とて同じ気持ちだった。その名前は歴史の学科か昔話に出てくる類のものだ。たしか、その名前の姫君が大昔に外敵を打ち払うために用いたというのを、幼少の時分に聞いたことがある。それほどまでに長く、扶桑之國の女子に親しまれた神話であり伝説だ。二人の姫君の名前は、女性の武神として御守りなどの意匠にもなっている。まさかここに来てというのは、なんでも「ちょっと」と思わざるをえない。 


 「扶桑之國ふそうのくにが三百年の旧政府により統治される以前、乱世がそれ以上の間続いていたのは知っていると思う… 乱世に培った技術で作られた武具は、現代の我々の想像が及ばない力を有している」


 察しの良い爾子は、二人の表情からその疑念を察して解説を始めた。どうやら、この奇妙な甲冑には

 

 「そして、我々の祖先はこの様式の甲冑を美騎爾びきにと呼んだそうだ」

 「美騎爾びきに?」


 八重と伊織は、再び具足櫃に目をやった。そんな名称の甲冑具足は、一度も聞いたことがない。しかし、希子や爾子がかき集めた武器武具以上の価値と実力があるのだろう。一体どんな甲冑が収められているのか。そして、どんな歴史と「実力」を持っているというのか。 

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