「あなたがここにいてほしい」(その6)

 美の神殿と呼ぶ相応しい鍛え抜いた肉体が、乙女の柔肌に重なっている。


 その肉体の主は碧眼で金髪、唇と頬の赤さが美しい。雌雄の蛇が交わるように、今まさにその柔肌を蹂躙している。ああ、と乙女が漏らす嬌声に優しいが猥雑な言葉を囁く。


 何が欲しいのか、どうしてほしいのかと。乙女が小さく求める声に「聞こえない」と、さらに羞恥心を煽る。この奥ゆかしい乙女の深奥にある欲望の解放を心待ちにする。決して自分から手を差し出さない。


 相手が懇願せざるを得ないまでに、別の快楽で責め立てる。此処か、こうかと。そして、深奥より来る懇願という快楽に身をぞくぞくさせてから、快楽の本当の底に蹴落としてやるのだ。相手はその清らかな肌に玉のような汗を体に滴らせ、身を振るわせている。これだ。この光景を待っていたと、自らも絶頂に近づく。


 何というグロテスクな趣味だろうか。この悪癖は、扶桑之國の泰西王国大使館内のみならず本国にも知れ渡っていた。寧ろ、本国では「いつものこと」と言われるほどであった。


 この駐在武官ときたら身の回りを世話する従卒のみならず、女中、庭師、出入りの御用聞き、これと思う乙女は一度、上院議員の孫娘に手を付けて大騒動になりかけたことがある。しかし、その騒動をまるで他人事のように言うのだった。

 

 「殿、互いに美しいまま済ませましたから」


 男という不潔で野蛮な生き物と同様にされては困る。美しい乙女の唇や肌を汚したいという欲で、床の上に誘うのではない。その美しさを、もっと深いものにしてやろうとしているのだ。


 床の上の行為はそのための手段に過ぎない。これは芸術であり創造だ。男のする蛮行とは大いに異なる。彼女の名はナンシー・フェルジ、階級は王立陸軍大佐。扶桑之國が東の大陸、北方の帝国と戦端を開く三年ほど前に派遣された。


 近頃は、陸軍学校の生徒がお気に入りで既に四人の「妹」が出来ている。


 乙女たちがつどう場所ということで、自然とそういう友情以上の絆や文化が芽生える。誘うのは簡単であった。目下、そんな黒髪の乙女を堪能している。時折、この大使館にも士官候補生たちが訪れる時がある。彼女はこうした機会に逃さず品定めして、があるのを見抜くと声をかける。理由は何でもいい。


 外語に興味はあるのか泰西王国式の喫茶を経験してみないかと、そんな文句で引っ掛ける。こうして、その気があるものは、執務室に設けた秘密の部屋へ誘う。そして、すべては前述の通りだ。この妹たちにはちょっとした共通点がある。学校内に心を寄せる存在があった。


 それも自分と同じく金髪に碧眼で美しい存在故に、海外の文化やそちらの方面にも興味津々というわけだ。大合衆国陸軍の留学生、ナオミ・オハラ。この春で十七歳。まさに乙女の黄金の時代を迎えようとしている。ナンシーと旧友の外交官、アリサ・スカーレットに一度紹介してもらったことがある。


 まさに美の神殿、十代の乙女でありながら、あの忌ま忌ましい男の「勇ましさ」がある。しかし、乙女という身体と精神のつくりから、まったく嫌悪することがなく、それは彼女の黄金のような魅力であった。あの学校で誰かの「妹」や「お姉様」になる前に、ここに誘いたい。いや、誘わなければならない。まして、男に抱かれるようになる前に。どんな衣装を着せてやろうか。やはり、そのままか。考えるだけで気持ちが高ぶる。


 「いけません。激し過ぎます」  


 いけない。高ぶりすぎた。「少し可愛がりすぎたようだ」とナンシーは手を止める。黒髪の乙女は、その身も心も蕩けている。その黒い瞳には、もうナンシーの姿もおぼろげにしか写っていないかもしれない。彼女は一言、快楽の底にある乙女に謝ると、自らも絶頂を越えて快楽の底に落ち着くのであった。事が済めば、まるで何事もないように彼女は執務に戻るのだった。


 こんな彼女にはひとつの憂慮があった。それは、父が自分の結婚相手を決めた。今年の春が終われば本国に戻り、これからは公爵婦人と呼ばれることになる。もうじき七十の老年に至るあの公爵との婚姻が、父の政治家としての出世と関連していることは間違いない。さすが、汚らわしい獣どもの考えだ。軽蔑を超えて、彼女は尊敬すらするのだった。


 女など、道具や飾りに過ぎないのだ。あらゆる形の支配欲を満たすための。汚らわしい、なんと汚らわしい獣たちの感性よ。ならば、その日が来るまでこの行為を止めることはしまいと、彼女は更に欲望をたぎらせていくのだった。陸軍学校の「妹たち」の話によれば、春からは学長に「希子様きこさま」などという彼女たちの憧れの的が就任するそうではないか。


 知っている。時山元帥の息女である時山希子だ。この國に赴任して、はじめて黒髪と黒い瞳を「美しい」と思わせたあの長身の女だ。身持ちが固いのか、、まだ男が寄り付いた話は聞いていない。彼女を「美しい」と思った感情は、例えばナオミ・オハラに抱いた共感の気持ちというよりは、敗北という屈辱に近かった。単なる美しさではない、あの忌々しい男の世界にあって凛として咲き、あまつさえ父親に「理解」されているということが何か許しがたい。


 あのしなやかな長い黒髪、黒曜石のような黒い瞳の光は鋭く、その体格に凛とした印象をさらに増している。手を触れれば、こちらが切られるような、そんな美しさだ。

 

 なんと美しい!

 

 何としてもあの女は、直接我が手で鳴かす必要がある。私のほうが美しいと、美しい体に教えてやる必要がある。美しいと言わせる必要がある。強く彼女はそう思うのであった。先に待つ汚らわしい未来への反発からか、焦りからか、彼女は、希子もまた蹂躙したいという気持ちで一杯になっていくのだった。 


 泰西王国からの大合衆国への提案が、先に前者を実現することになるだろう。後者は、それからだ。じきにどちらも実現してみせる。

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