30日目(火曜日)
「翔平、好き」
「翔平、愛してる」
「翔平、付き合ってくれ」
朝。
登校すると、門の近くであかねさんが何やら一人でブツブツつぶやいていた。
「うーん、どれもしっくりこないねえ」
「あかねさん、おはようございます」
声をかけると、あかねさんはビクッと一瞬肩を震わせながらもクールにこちらを振り向いて「おはよう」と答えてくれた。
「な、何をしてたんですか?」
「ん? 何をって?」
「なんか一人でブツブツつぶやいてましたけど……」
瞬間、ものすごい勢いでブロック塀を背に壁ドンされた。
「ひいっ!」
こ、怖い!
なになに?
これ、どうなってんの?
あかねさんは殺気立った目をしながら聞いてきた。
「……聞いてたのかい?」
「へ?」
「さっきのあたいのセリフ」
僕は超高速で首を振った。
「いえいえいえいえいえいえ! 聞いてません! っていうか、聞き取れませんでした!」
「本当かい?」
「本当です! 本当です!」
ぶっちゃけ、僕の名前が微かに聞こえた気がしたけど、黙っておいた。
本当に何をつぶやいてたのか知らないし。
するとあかねさんはスッと身体を離して「じゃあいいよ」と言ってくれた。
これ、実際聞こえてたら殺されてたんだろうか……。
ってか、なんて言ってたんだろう。
ところでもう一つ気になってることがあった。
「あかねさん。今日、弥吉さんは?」
「ああ、あいつ今日は休みだよ」
「休み? 何かあったんですか?」
「今朝ね、うちの庭の木に登ったまま泣いてる子猫を助けようとしたら落ちて骨折したのさ」
「こ、骨折!?」
ってか、子猫を助けようとして骨折って……。
骨折したことよりも子猫を助けようとしたことのほうが驚きだ。
弥吉さんって意外といい人なのかな。
「子猫は自力で降りられたから大丈夫だったけどね。ほんと、弥吉のヤツ文字通りの骨折り損だったワケだ」
ふふふ、とおかしそうに笑うあかねさん。
そこ笑うとこ?
「まあたいしたことないから安心おし」
「は、はあ」
心配もしてなかったけど。
「ところで翔平」
「はい?」
「今日の放課後、時間あるかい?」
「今日ですか?」
「体育館裏に一緒に来て欲しいんだよ。話があるんだ」
また体育館裏……。
昨日の今日でなんか怖いよ。
「でも今日は日直の仕事があるんで……」
「じゃあそれが終わってからでいいから」
今日は見たい番組があったんだけど。
でも断るともっと怖そうなので了承した。
「わかりました。日直の仕事が終わったら、体育館裏に行きます」
「待ってるよ」
そこへ学級委員長が目を真っ赤に腫らしながら登校してきた。
「おはよう、向井くん。それと……鷲尾さん」
「ああ、おはよう」
さっぱりとしたあかねさんの態度に学級委員長はホッとしたのか、ニッコリと笑って門の中に入って行った。
よかった、ギクシャクしたままじゃなくて。
「翔平、あたいたちも行こうか」
「はい」
僕もあかねさんとともに門をくぐって行った。
※
放課後。
日直の仕事をさっさと片付けて、言われた通り体育館裏に行った。
すると、あかねさんが両手にタオルを巻きつけながら立っていた。
「翔平、待ってたよ」
「あかねさん、話ってなんですか?」
あかねさんは僕に2枚の別のタオルを投げてきた。
「なんですか、これ」
「そいつを自分の両手に巻き付けな」
「?」
「翔平、あたいとタイマンはってほしい」
「は?」
聞き間違いだろうか。
今、タイマンと言ったのか?
「聞こえなかったのかい? タイマンだよ」
「た、たいまんって……」
あかねさんと?
あの弥吉さんを一声でおとなしくさせる、このあかねさんと?
「ど、どういうことですか?」
「どうもこうもないよ。あたいは今、翔平とタイマンをはりたいんだよ」
ええー……。
なにそれ。
僕、ケンカなんかしたことないのに。
っていうか、僕、あかねさんになんかしたっけ?
ま、まあ思い当たる節はないことはないけど……。
でもケンカを売られるほど恨みを買うようなこともしてないし。
と思っていると、あかねさんがしびれを切らして言ってきた。
「あたいのタイマン、受けるのか受けないのか。ハッキリしな!」
「よ、よーし、僕も男だ。あかねさんのタイマン、受けさせていただきます!」
きっとタオルを巻いてるのもあかねさんの優しさだろう。
素手での殴り合いだとお互いに……というか一方的に僕が怪我をしてしまうし。
僕はグルグルと自分の拳にタオルを巻いてあかねさんに言った。
「し、正直、なんでタイマンはられるのかわかりませんけど、本気でいきますからね!」
「上等だよ」
怖いくらいの笑みで見つめ返される。
ヤバい、あかねさんもかなり本気だ。
瞬間。
あかねさんの身体が一気に僕の懐へと潜り込んだ。
「は、速っ!」
目にもとまらぬ速さ。
そしてあかねさんの右こぶしが顔面に迫った。
その一瞬。
走馬灯を見た。
あかねさんが転校してきてからの3週間。
一緒に勉強したり、ご飯を食べたり、映画を観たり。
それらの楽しい思い出が一気に頭の中を駆けまわる。
殴られる!
そう思って目をつむると、ふんわりと柔らかい何かが身体を包み込んだ。
「………?」
気が付くと、あかねさんは僕を殴るどころか、両腕を背中に回して抱き着いていた。
「あ、あれ? あかねさん?」
「翔平、好きだよ」
「え? え? なに?」
状況が読めずパニくる。
なに?
なにが起きてるの?
「あたいのタイマン、受けてくれてありがとう」
「こ、これ、ケンカじゃないんですか?」
「ケンカだよ、ケンカ。でもこれはあたい自身のケンカ。翔平がタイマンを受ければ告白する、受けなければ告白しないっていう賭けだったんだ」
ど、どういうこと?
僕がタイマンを受けなければ告白しなかったってこと?
っていうか、あかねさん、僕のこと好きだったの?
「それでこそあたいの見込んだ男さ」
「あ、あかねさん?」
「翔平、好きだよ」
あかねさんは抱き着いたまま、さらに力を入れてきた。
「ぐ、ぐえ……」
く、苦しいです……あかねさん……。
「翔平、ありがとう」
「は、はひ……」
「翔平と出会って、こんな気持ちになったのは初めてだ」
「ぼ、僕も……」
こんなに苦しいのは初めてです……。
「このままずっと一緒にいて欲しい」
ずっとどころか、今にも死にそうな男がここにいますー!
あ、お花畑が見える……。
「ねえ、翔平?」
ようやく身体が引き離された。
「ブハー! ハアー、ハアー……」
圧迫された肺に急いで空気を送り込む。
「どうしたんだい?」
「い、いえ。ちょっと臨死体験をしてまして……」
「そうかい。日常あるあるだね」
いや、ないでしょ。
どんだけ死と隣り合わせなんだ、この人。
「それで?」
「はい?」
「返事は?」
あ、返事。
ヤバい、死にかけてよく聞いてなかった。
「返事……ですか?」
「あたいと一緒に……」
「は、はい! タイマンですね!?」
「あ゛あ゛?」
ひいーっ!
めっちゃメンチ切られた!
「そうじゃなくて、ずっとあたいと一緒に……」
「は、はい! 舎弟になれってことですね!」
「あ゛あ゛?」
ひいーっ!
またメンチ切られた!
「人の話は最後まで聞きな」
「へ、へい、姐さん……」
弥吉さんみたいな返事をしてしまった。
姐さん……じゃなくてあかねさんは、そんな僕を見てクスリと笑った。
「まあ、こういうところが翔平らしくて可愛いんだけどね」
「か、可愛い……?」
「と、とにかく!」
あかねさんは顔を真っ赤に染めながら言った。
「あたいと付き合ってくれるのかい、付き合ってくれないのかい、どっちだい!」
ああ、ずっと一緒にってそういうこと。
って、改めて聞かされると胸がどきどきする。
僕、告白されたんだ、本当に。
そう思うと身体中が熱くなった。
顔が火照る。
もしかしたら湯気も出てるかもしれない。
あかねさんはそんな僕を見て「う……!」と胸をおさえた。
そして明後日の方を向いて
「だからそういうところが! そういうところが! 可愛くてたまんないんだよ!」
とかなんとか叫んでいる。
「あかねさん」
「あ゛?」
「ひいっ!」
だからメンチを切らないでください。
「こ、こんな僕でよければ……よろしくお願いします」
かろうじて、本当にかろうじてその言葉だけを伝えられた。
とたんにあかねさんの顔がパアッと明るくなる。
「ほ、ほんとに? ほんとにいいのかい?」
「はい。僕もあかねさんのこと、嫌いじゃないですし。お弁当も美味しいですし。ケーキもおごってもらったし」
なんだこの理由。
でも自分でも意外だったのだけど、僕には断るという選択肢は考えられなかった。
それはやっぱり、あかねさんに女性としての魅力を感じてるからだと思う。
「ああ、翔平!」
あかねさんはそう言って再度、僕を締め付けた。
「ぐえ!」
付き合う前に、こういう行動は禁止にさせないと。
僕の寿命が尽きる。
でも、今回だけは僕もあかねさんの背中に両手をまわして、思い切り抱きしめた。
30日前に出会った特攻服女。
その人は今、僕の彼女になった。
~告白されました~
僕が告白されるまでの30日間~特攻服を着た強面女がなぜか毎日僕に絡んでくるのですが~ たこす @takechi516
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