29日目(月曜日)
「翔平。今日の放課後、暇かい?」
「き、今日の放課後ですか?」
いきなりそう尋ねられて、僕は身構えてしまった。
なんだろう。
嫌な予感しかしない。
この前みたいに映画とかだったらいいんだけど。
「暇といえば暇ですけど……」
「そいつぁよかったよ。ちょいと付き合って欲しいことがあるんだ」
「なにかあるんですか?」
「なに、たいした用事じゃないよ。ちょいと翔平に見届け人になって欲しくてね」
「見届け人?」
「これさ」
そう言って差し出してきたのは、一枚の手紙だった。
そこにはものすごく綺麗な文字で
『今日の放課後、体育館裏で待ってます』
と書かれている。
「こ、これって……」
もしかしてラブレターというやつではないだろうか。
好きな人を体育館裏に呼び出して告白するってやつ。
漫画とかでしか見たことないけど実際あるんだ、こういうの。
……っていうかこれ、僕、行く必要ある?
「あかねさん、これは僕行かないほうがいいんじゃ……」
「なんでだい?」
「だってこれ……アレですよね? 呼び出してアレするやつですよね?」
「ああ、そうだよ。だから翔平に見届けて欲しいのさ」
なんでだよ。
「なんたって、このあたいにケンカを売るくらいだからね。相当、腕力に自信があるやつと見た」
「ケ、ケンカ?」
ケンカってなに?
告白とかじゃないの?
「へへへ、姐さんに果たし状を叩きつけるなんざ、身の程を知らねえヤローだぜ」
弥吉さんまで変なことを言っている。
果たし状?
これ、本当に果たし状?
「ああ、翔平はこういうの知らないんだね。これはあたいらの世界で言うタイマンの申し込みってやつだよ」
「タ、タイマン!?」
ほんとに?
でもまあ、あかねさんを体育館裏に呼び出すなんて、普通の生徒じゃないっぽいけど。
あかねさんも弥吉さんも確信持ってるみたいだし。
「そういうわけだから、翔平にはあたいとこいつとのタイマンの見届け人になって欲しいんだ」
「ぼ、僕にできるでしょうか」
大丈夫だろうか。
タイマンの見届け人なんて、一度もやったことないぞ。
「弥吉さんじゃダメなんですか?」
「弥吉はダメさ。あたいのほうについてるからね。こういうのは忖度のない第三者の目が必要なのさ」
「そ、そうなんですか……」
そうなってくると、いよいよ僕でいいのか不安になってくる。
あかねさんは僕が不安になってるのを察してなのか、「ふふ」と笑った。
「心配いらないよ。要はどっちが最後まで立ってたか、それを見届けてくれればいいんだから」
それはそれでちょっと怖い。
「やっぱり、相手をノックダウンさせるまでやるんですか?」
「ああ、そうさ。それがタイマンってもんだもの。ふふふ、久々に血が騒ぐねえ。腕が鳴るよ」
ポキポキ拳を鳴らすあかねさんは、まさに獲物を見つけて喜ぶ猛獣のそれだった。
「……ちなみに、相手は誰なんですか?」
「相手?」
「タイマンの」
「ああ、こいつ」
そう言って手紙の最後に綴られた名前を見て、僕は絶句した。
そこに書かれていたのは、『染谷悟』。
このクラスの学級委員長だった。
あ、これ、告白だ。と僕は思った。
※
そんなこんなで放課後。
あかねさん、弥吉さんとともに体育館裏に行くと、そこには学級委員長が硬い表情で待っていた。
「来てやったよ、学級委員長」
「あ、あかねさん……。来てくれてありがとうございます」
「手紙で呼び出すなんて、古風じゃないか」
「すいません。他に手立てがなかったもので……」
「わかるよ。あたいも相手を誘う時はよくこうやって果たし状を送りつけてたもんさ」
「でも、来てくれて嬉しいです」
「こんな手紙までもらって逃げるわけにはいかないからね」
………。
なんだろう、たぶん微妙に会話がかみ合ってない。
学級委員長の呼び出しって、やっぱりアレのことだよね?
アレがアレしてアレすることだよね?
……僕、ここにいていいの?
「今日は翔平に見届け人になってもらうことにしたから」
学級委員長はチラッと僕の方を見て、「なんでいるの?」という顔をされた。
そうですよねー!
いちゃまずいですよねー!
「あ、あかねさん、やっぱ僕、帰ります」
「なんだい翔平。これからが面白いところじゃないか」
面白いとか言うなし。
学級委員長の覚悟めいた顔が引きつってますし。
「あのー、あかねさん。いまさらですけど、たぶんこれタイマンの申し込みじゃないです」
「あ?」
「きっとこれ……」
僕の声を遮るように、学級委員長が叫んだ。
「鷲尾あかねさん!」
「ん?」
「鷲尾あかねさんが転校してきて数週間ですが、僕……、僕……あかねさんのことが好きになりました!」
「……は?」
あかねさんはきょとんとした表情で学級委員長を見つめている。
弥吉さんも「へ?」という顔を見せている。
ほんとにこの二人、タイマンだと思ってたんだ……。
「あかねさん! 僕と付き合ってください!」
「ち、ちょいと待ちな! 誰がなんだって?」
焦ってる。
あのあかねさんが焦ってる。
「僕、ずっとずっと考えてたんです。この気持ちはなんだろうって。あかねさんのことを考えるだけで胸がどきどきするのはなんでだろうって。そしたら鳩のおじさんが教えてくれたんです、そいつぁ恋ってやつだポッポーって」
「ちょいと学級委員長! 待ちなって! 鳩のおじさん? ポッポー?」
あかねさんが動揺しすぎて訳の分からないところをツッコんでいる。
正直、僕もよくわからないけど。
どこから出てきた、鳩のおじさん。
「とにかく、僕、あかねさんに恋をしてしまいました! 好きです、付き合ってください!」
「………」
あかねさんは唖然としたまま、キリキリキリと顔だけを僕に向けた。
「し、翔平……ヘルプ……」
ヘルプきたああぁぁー!!!!
顔を真っ赤に染めてるあかねさんのヘルプきたああぁぁーー!!!!
ヤバい、ちょっと可愛い。
「返事だけしてあげてください」
「へ、返事っていっても……」
「これが学級委員長のタイマンです。逃げずに受け止めてあげてください」
「これが学級委員長のタイマン……」
あかねさんはしばらく考え込んだ後、「わかった」と頷いて学級委員長の元に歩み寄った。
「ありがとよ、学級委員長。こんなあたいに告白してくれて。生まれてこの方、誰かから好かれるなんて思ってもみなかったから嬉しいよ」
「あっしは姐さん大好きですぜ!」
KY・弥吉さん。
いつもこの人、空気読まないよね。
と思ったら、案の定あかねさんに殴られて吹っ飛んでいった。
「でもすまないね。あたいには好きな男がいるんだよ」
「……知ってます」
「え?」
「っていうか、気づいてます。クラスのみんな」
「え? え? 知ってる? う、うそつくんじゃないよ!」
「本当です。でもあかねさんの口から直接聞きたいです。その好きな人の名前」
学級委員長はチラッと僕の方を見て笑った。
っていうか、あかねさんって好きな人いたんだ。
初耳なんだけど。
しかもクラスのみんなが知ってるって……。
あれ?
もしかして僕、ハブられてる?
あかねさんはあかねさんでわなわな震えながらこちらを見た。
「あ、あたいの好きな人はだね……」
「はい」
「あたいの好きな人は……」
「はい」
「し、しょ……」
「………」
「しょう……」
「………」
瞬間、あかねさんは顔を真っ赤にしながら駆け出していた。
「そんなの、今ここで言えるわけないだろうー!」
え? え? なに?
叫びながらどっか行っちゃったんだけど。
ええー……。
~告白されるまであと1日~
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