28日目(日曜日)

 妹の美玖みくが突然「ケーキが食べたい」と言ってきたのは、日曜日の午後。


 宿題も終わって、さあこれから寝ようという時にわざわざ僕の部屋にやってきてそう言ったのである。


 もう殺意を抱いたね。


 ケーキなんて自分で買ってこいと言いたくなった。

 ってか、言ってやった。


「ケーキなんて自分で買って来いよ」

「ダメだよ。うちの学校、家族以外とは外出しちゃいけない決まりなんだから」


 妹は私立の女子中学だ。

 そこそこ頭のいいお嬢様学校で、校則もかなり厳しい。


 やれ男とはしゃべるなとか、やれスマホは持つなとか、やれマンガは読むなとか。

 昨今ブラック校則というのが流行ってるみたいだけど、まさにそれ。


 まさか外出制限まであるとは驚きだった。

 避難勧告とか出たらどうするんだろう。


「じゃああきらめろ」


 僕の言葉に妹はムスーッと頬を膨らませた。


「いいじゃんいいじゃん、ケーキくらい一緒に買いに行ってくれたって!」

「僕は別に食べたくないし」

「誰もお兄ちゃんにあげるなんて言ってないじゃん。私が食べたいの!」


 出た。

 自分さえよければいいという発想。


「お前なあ。人についてきてもらって自分の分だけ買うなんてひどすぎるぞ」

「だって、お小遣い300円しか残ってないし」


 ……毎月なにに使ってるんだよ。

 3000円くらいもらってるはずだぞ?


「だったら余計、僕が行く意味ないじゃん」

「あるある! ケーキ屋だよ? テンションあがるでしょ!」

「そりゃ、お前はテンションあがるだろうけど……」

「そういえばお兄ちゃん、毎日、空のお弁当箱持って帰ってるよね」


 ギクッ。


「お母さんに見られる前に、一人でキッチンで洗って部屋でかわかしてるよね」


 ギクギクッ。


「あれ、何かなー」


 そう。

 実はあかねさんから毎日もらっているお弁当。

 さすがにもらい続けてるのもアレなので、毎日洗って返しているのだ。


 職業・刑事の母に聞かれたら絶対誤魔化せないので、いつも隠れてコソコソ洗っている。

 まさか妹に見られていたなんて気づきもしなかった。


 僕は観念して言った。


「……わ、わかったよ。ケーキ屋だろ? ついてくよ」

「やったー! ついでにおごって!」

「は? おごって? バカなの?」


 ついてくのもめんどいのに、なんでおごらないといけないんだ。


「お兄ちゃんのお弁当箱の件、お母さんに言っちゃおうかなー」

「わかりました! おごらせていただきます!」


 こいつ、将来絶対ろくでもない女になるなと思った。



    ※



「翔平!? 翔平じゃないか!」


 巷で話題のスイーツショップ。

 そこに行くと、あろうことかあかねさんがいた。


 なんでいるの? と思った。

 ちょっと神出鬼没すぎません?


 あかねさんは特攻服やセーラー服ではなく、カジュアルな格好で弟くんを連れていた。

 ああ弟くん、今日も可愛いなあ。


「誰?」


 美玖が小声で話しかけてくる。

 そうか、妹はあかねさんの存在知らないんだっけ。


「鷲尾あかねさん。この前、うちのクラスに転校してきた人で、毎日僕に例のお弁当を作って来てくれる人だよ」

「ああ! この人が!」


 小声で教えてやると、あかねさんは怪訝な表情で妹を見た。

 うわぁ、警戒してる。

 めっちゃ警戒してる。


 そりゃ、女子中学生とスイーツショップに来てたら怪しむよね。


「翔平。誰だい、その子は?」

「僕の妹の美玖みくです。中学2年生です」


 紹介すると、あかねさんの怪訝な表情がパッと和らいだ。


「へえ、そうかい!」


 よ、よかった……。

 何だか知らないけど、機嫌がよくなった。


 あかねさんはニコニコしながら美玖の頭に手を置いた。


「翔平に妹がいたなんてね。知らなかったよ。美玖ちゃんっていうんだね。あたいはあかねってもんだ。よろしくね」

「は、はいいぃ! よろしくお願いしますですうぅ!」


 家では絶対見せない猫なで声で返事をする美玖。

 すると妹は僕の袖を引っ張って小声で叫んだ。


「ちょっとちょっと、お兄ちゃん! なによあれ! 超カッコいい人じゃない!」


 こらこら。初対面の人を指さすな。

 まあ超カッコいいは同意だけど。


 すると今度は弟くんのほうが声をかけてきた。


「あ、あの……」

「はい?」

「僕、鷲尾わしお夕太ゆうたといいます。よろしくお願いします……」

「は、はいいぃ! よろしくお願いしますううぅぅ!」


 またもや猫なで声で返事をする妹。

 壊れたカセットテープみたいだぞ、美玖。


「ちょっとちょっと、お兄ちゃん! なによあれ! 超可愛い子じゃない!」


 だから初対面の人を指さすな。

 でも超可愛いは激しく同意。


 僕はギャースカ叫ぶ妹の口を押え、あかねさんに尋ねた。


「あかねさんはどうしてここへ?」

「弟がどうしてもケーキが食べたいって言ってね。ついてきたんだよ」

「へ、へえ……」


 弟がケーキを食べたいからってついてきたのか。

 どんだけ弟想いなんだ、この人。

 僕とは正反対だ。


「翔平は?」

「僕も同じです。妹がどうしてもケーキが食べたいって……」

「そうかい、翔平も妹想いなんだね」

「はは……。まあ、一応。兄ですし」


 ジトーッと見てくる妹の視線は無視するに限る。


「それで? 美玖ちゃんは何が欲しいんだい?」

「え? 私ですか?」

「お近づきのしるしにおごってあげるよ」

「えーーーー? ホントですかーーー?」


 ……どこから声を出してるんだ、こいつは。

 猫かぶりが過ぎるぞ。


「わーい、嬉しいー!」

「遠慮せず言っとくれ」

「えーとね、えーとね、じゃあこのホールケーキで」

「ごっへえ!」


 僕の方が思わず変な声をあげてしまった。

 ほんとに遠慮ないな、こいつ!

 こういう時はショートケーキだろ!


 でもさすがというかなんというか、あかねさんは表情を変えることなく「あいよ」と言って一番高いホールケーキを買ってくれた。

 この人の器、ほんとにでかい。


「ありがとう、あかねさん!」

「翔平はいいのかい?」

「い、いえ。ホールケーキ買ってもらったので……」


 むしろ僕がおごってやるべきかもしれない。


「美玖ちゃん」

「は、はい!」

「今度、お兄ちゃんと一緒にウチにおいで。ご馳走してあげるよ」

「いいんですかーーーー? ありがとうございます! 絶対行きますぅ!」


 絶対行ったら後悔すると思います。

 とは言えなかった。


「じゃあね、翔平」

「ばいばい、お兄ちゃん」


 そう言って帰るあかねさん姉弟を見つめながら、妹は言った。


「はあー。すごいカッコよかったー。あんな人がお姉ちゃんで、あんな子が弟だったらいいのに……」


 縁起でもないこと言わないでください。



~告白されるまであと2日~

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