24日目(水曜日)

「姐さん。いくら姐さんでも、これだけは譲れねっス。覚悟するっス」

「上等だよ、弥吉。返り討ちにしてやる。本気でかかってきな」



 ピリピリとした空気があたり一面に漂っていた。

 10月の晴れ渡ったきれいな青空。


 そんな秋晴れの空の下で、弥吉さんとあかねさんがものすごい形相で睨み合っていた。


「あかねさん。落ち着いてください」


 僕は精一杯の勇気を奮い立たせてあかねさんに声をかける。

 今の彼女にとって僕の声など聞く気にもならないだろうが、それでも声をかけずにはいられなかった。


「轟沢くんも! 熱くなっちゃダメだよ!」


 対する弥吉さんには矢島さんが声をかけていた。


 弥吉さんは弥吉さんで、矢島さんの声に

「止めねえでくだせえ、矢島のあねさん。男、轟沢弥吉、この勝負に命かけやす!」

 とかなんとかわけのわからないことを言っている。


「あ、あかねさん……」


 心配して再度声をかけると、あかねさんは僕の方を見てニッコリと笑った。


「大丈夫だよ、翔平。あたいを信じな」


 不覚にもカッコイイと思ってしまった。

 こういうところが卑怯だと思う。

 そんなこと言われたら、黙って見守るしかないじゃないか。


 弥吉さんは息を大きく吸い込むと、ものすごい声量で叫んだ。


「オラ審判! 早く戦闘開始のゴングを鳴らせやああぁぁッ!!!!」

「ひいい! プレイボール!」



 こうして始まった。



 野球が。




「姐さん! いくら体育の授業とはいえ、手加減しねえっスよ!」

「望むところだよ、弥吉。あんたの球、ブラジルまでかっ飛ばしてやる」


 バッターボックスに立つのは野球経験があるのかまったくわからないあかねさん。

 そしてマウンドに立つのはこれまた野球経験があるのか皆目見当がつかない弥吉さん。


 野球とはいえ、二人の直接対決が観られるとあって、なぜか体育の授業なのに他のクラスの生徒たちが集まっていた。


「姐さーん! 頑張ってー!」


 男気溢れるあかねさんは男女問わずファンが多い。

 ここぞとばかりにあかねさんのファンが声援を送る。


「轟沢さん! 気合いっす、気合い!」


 弥吉さんも弥吉さんで、なぜか硬派な男子に人気があるようで、柔道着や空手着を着た生徒たちに声援を送られていた。


 っていうか、今、授業中だよね?

 まわりで声援を送ってる人たち、授業はいいの?


「いくっスよ、姐さん! あっしの第一球! 轟沢スペシャル・スーパー大魔球ボールうううぅぅぅッ!!!!」


 ダサッ!

 名前ダサッ!

 弥吉さんは片足を思いっきり高く上げて、名前の通りスーパーな球を放り投げた。

 弥吉さんの手から放たれた球はものすごい低空を進んだかと思うと、あかねさんの手前で一気に上昇した。


「ストラーイク!」


 す、すごい。

 地面すれすれだった球が、キャッチャーミットに納まる頃には頭上くらいの高さにまでホップしてる。

 投げるほうも投げるほうだけど、捕るほうも捕るほうだ。

 あかねさんはバットを構えたまま1㎜も動けないでいた。


「ナイスピッチだ、弥吉!」


 あ。

 よく見たらキャッチャー、野球部の3年生じゃん。

 ずるい。

 っていうか、なんで2年の体育の授業に3年生がいるんだ。


「へへ、あざーす。横山さん」


 どういうつながりかはわからないけど、どうやら弥吉さんがこの日のために連れて来たらしい。

 授業はいいのかな、横山パイセンさん。


「鷲尾あかね。詫びをいれるなら今のうちだぞ。今の弥吉あいつの球を見たろ。あんな球、うちの3年レギュラーでも打てないまさに魔球だ」


 横山パイセンさんが得意気になって話す。

 壊滅的なネーミングセンスはともかく、確かにあんな球、誰にも打てそうにない。


 これは勝負あったかな。


 と思いきや、あかねさんはバットを構えながら「フッ」と笑った。


「あたいを誰だと思ってるんだい。あんなスローボール、あくびしながらだって打てるよ」


 あかねさんはそう言うと、バットを高く掲げ、弥吉さんの後ろの先、フェンスの向こう側に先端を向けた。

 いわゆるホームラン予告だ。


「きゃあああ♡」

 とあかねさんのファン(おもに女子たち)が沸く。


「あ、姐さん……。そいつぁなんの冗談で?」


 弥吉さんは弥吉さんで、眉をピクピクさせながら静かに怒りをあらわにした。


「冗談なもんかい。弥吉、あんたの自信満々なそのつら、あたいの一発で崩してあげるよ」


 そう言ってバットを構えるあかねさん。

 どうやら本気でホームランを打つ気だ。


「くっ。弥吉、飲まれるな。どうせハッタリだ。この女にお前の球が打てるわけがない」

「わかってやす、横山さん! あっしの球の恐ろしさはあっしが一番わかってやす!」


 ……それは俗に言う自画自賛というやつではなかろうか。

 まあ、確かに怖い球だけど。


「いくっスよ、姐さん! 第二球! 轟沢スペシャル・スーパー大魔球ボールうううぅぅぅッ!!!!」


 弥吉さんの剛速球が炸裂する。

 野球ボールは吸い込まれるようにキャッチャーミットへ。


 しかし、その前にあかねさんのフルスイングが弥吉さんの轟沢なんとかボールを捉えていた。



 カキィーンという小気味よい音とともに、野球ボールは空高く舞い上がり、そしてフェンスの先へと消えて行く。



「きゃあああ♡」という女子たちの黄色い声。


 そして呆然とたたずむ弥吉さんと横山パイセンさん。


「ま、まじか……」

「そんな……。あっしの轟沢スペシャル・スーパー大魔球ボールが……」

「だから言ったろ。 あんたの球なんてあくびしながらでも打てるってね」


 さすがはあかねさんだ。

 あんな球をいとも簡単に打つなんて。しかもホームラン。


 黄色い声援を浴びながらベースを回るあかねさんは、ただただカッコよかった。



 試合は一方的に決まったかと思ったが。



 ……打つ方は完璧だったあかねさんは投げるほうは壊滅的で、フォアボールの押し出しの連続でまさかの1回戦コールド負けを喫してしまったのだった。


 人間、誰でも得手不得手はあるよね。


「……どんまいです、あかねさん」

「……ああ」



~告白されるまであと6日~

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